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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-80.賢者の遺したもの(前編)
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80-(1) 翠風の町(セレナス)

 マルセイユ侯爵領・翠風の町セレナス

 南方の盟主サムトリア共和国の北西端、隣国エスナ王国と山を挟んで相対し、霊海越しに

はヴァルドー南端をも臨むことができる辺境の町だ。

 即ち、田舎である。かの“賢者”リュノーが賜った領地と聞いてどんな所だろうとダン達

南回りチームは思っていたが、何度か森を抜け、丘を登り下りしている内にそんな期待は正

直言って外れたと言っていい。

 一行が出た枯れ草揺れる丘の上。その眼下に広がっていたのは、大よそ楕円形に分布する

集落とのどかな田園風景だった。三方を丘陵に囲まれているという立地上、土地も限られて

いるのか、山際には切り拓いた棚田も少なからず見受けられる。

「ここが……翠風の町セレナス?」

「何ていうか、地味だね」

「しっ。あまり口に出すものじゃないわよ」

「まぁ仕方ねえさ。少なくとも都市部じゃねえんだし」

 戸惑いはあったが、地図で確認しても間違いはない。

 ダン達はとにかく町に降りてみることにした。集落の中はとても穏やかで、外界に比べて

ゆっくりとした時間が流れているかのように感じる。

 歩きながら、ちらちらと周囲を見渡しているミアに対し、ステラもついそう実直な感想を

口にしてしまっていた。リュカは口元に指を立てて注意しつつ平静を繕い、されど先頭を行

くダンもむべなるかなと肩を竦ませている。

「遁世の地、だからな。静かな環境を選んだのだろう」

 一方でクロムが淡々と応えていた。確かに史料では、ゴルガニア戦役の後、リュノーはこ

の辺境の地に落ち着いたという。

 尤も紆余曲折の一つや二つはあったのだろう。何せこと当時は、人々を帝国の圧政から救

った英雄達の一人だったのだから。仮に本人が静かな余生を望んでも、周りがそれを放って

おかなかっただろう。実際、戦後も多くの人々や国に請われて、その頭脳を振るったという

エピソードが各地に残っている。

「隠居ねえ……」

 町の人々は、滅多に訪れないダン達旅人を物珍しそうに見遣っていた。

 かといってその眼差しは都会ほど辛辣ではない。流石に個々人が腹の中で何を思っている

のかまでは量りかねるが、基本的に善人なのだろう。警戒心より、好奇心の方が上回ってい

るといった様子だ。実際小さな子供達が時折トコトコと駆けて来ては「おじさんだーれ?」

と無邪気に見上げてきたりする。

「何でまた、そこまでしてリタイアを選んだろうな?」

「分かりません。よっぽど嫌な思いをした……のかも?」

「まぁ戦争だからな」

「そういうもんか? 頭良かったんだろ? 分かってて参加してたんじゃねえのか?」

 マルタが、サフレがめいめいに呟く。そんな二人の応答に、根っからの傭兵であるグノー

シュは半信半疑といった様子だ。

「……なまじ頭が良かったからこそ、だったんじゃねえの?」

 本人はもうこの世にはいない。今や本当の理由など分からない。

 だがダンは数拍間を置き、言った。やや眉間に皺を寄せて難しい表情。その言葉に、肩越

しの後ろを歩くリュカも静かな首肯を打っていた。

(隠居の為に“偶々”ここを選んだってーのは何か違う気がするな。ここは首都クーフじゃなく、

導都ウィルホルムに近い。まさか魔導学司アカデミアを──ユヴァンを捉えておきたかった……?)

 晴れない疑問。それもかの子孫に話を訊けば分かるのだろうか。

 ダン達は見物がてら、ぶらりと町中を歩いて、一路小高い丘の上の方に見える執政館へと

向かった。ゆっくりとした時間が流れている。ふと白咆の街(グラーダ=マハル)道中の、天上層の質素な人々を

思い出していた。彼らから感じた温度のようなもの──冷たさまではここでは感じないが、

それでも忙しなくきな臭い世俗から離れた場所という点では、両者はとても似通っているよ

うに思える。

「……お?」

「どうやら、お迎えが来たみたいだ」

 そして人々の物珍しい眼差しの中に、自分達がブルートバードだと気付いた者達の忌避と

困惑が交じっているのをはっきりと読み取り始めた頃、道向こうから一台の馬車が近付いて

来るのが見えた。

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