表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-80.賢者の遺したもの(前編)
85/436

80-(0) 貴方の背中

※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2016.12/6

 遠く高く、果てしない空。

 遠く深く、底知れぬ足元。

 そこはあたかも無限であり、永遠と錯覚するようなセカイだった。ありとあらゆる最果て

から渦を巻いて流れ込む魔流ストリームの宙は、静かに刻一刻と七色にグラデーションを変えている。

「……」

 そんな濃密な空を見上げて、彼は一人佇んでいた。芥子からし色のフードを目深に被り、周囲に

幾つものホログラム画面と、翠色の粒子を漂わせている。

 だだっ広い半透明の石畳が広がっていた。手前にはドーム状の天井が複層的に連なってい

るが、彼の立っている周りは石柱が点在するだけのテラスのようだ。

「ここにおられましたか」

 そうしてじっと静かに佇んでいた最中、ふと建物群の方から一人の人物がこちらに向かっ

て歩いて来た。白衣を引っ掛けた人族ヒューネス女性──シゼルだ。その声色は気持ちトーンを落とし

てこそいるが穏やかで、目の前の彼との信頼を物語る。

「ただ今戻りました。既に“観て”おられたかもしれませんが」

 報告されたのは、言わずもがな聖都クロスティアでの騒動とその顛末。教団とジーク達の衝突という隙

を突き、彼女率いる“結社”の大隊がその聖浄器を奪うべく暗躍した一連の干渉。

「本当に、アイリスだったんだな」

 一通りの報告に耳を傾け、しかしフードの彼はこちらに振り返ることもないまま、ぽつり

とそう最初に言葉を零していた。

 アイリス・ラ=フォン・クリシェンヌ。かの“聖女”を彼は名で呼んでいた。それはかつ

ての友であり、今では忌々しい邪魔者となってしまった彼女を、改めて認識する一種の儀式

でもあるかのようであった。

「はい。聖教典エルヴィレーナも、彼女達の手に……。申し訳ございません」

「構わないさ。あそこで退いたのは賢明な判断だったと思う。僕達でも、あれだけの力と真

正面からやり合うのは骨が折れるからね。覚醒した瞬間、その現場でとなれば尚更だ。取り

戻せばいい。数ならたくさんある。確かに、質的にはロストだろうけど……」

 シゼルは頭を下げたが、彼は殊更に彼女を叱責しようとはしなかった。

 宙を見つめている。左右正面に浮かぶホログラム画面と、視界に映る魔流ストリーム達を同じ瞳の中

で捉えようとし、暫く彼は何かぼんやりと思案していた。シゼルはゆっくりとそんな彼に頭

を上げ、無言のまま次の言葉を待っている。

「……三対一、か」

 ぽつり。そうしてやがて彼の口から漏れたのは、そんな呟きだった。

 十中八九、手に入れた十二聖ゆかりの聖浄器の数だろう。皇国トナンでは告紫斬華、大都バベルロートでは

ディムスカリバー、今回の一件でジーク達がエルヴィレーナを確保し、更にもっと以前に──。

「嫌な傾向だな。どれだけ数を集めても、究極の一と等しくなるのは難しい。それに、測定

値がどんどん傾いてきている。状況は何も好転していない……」

 フードの彼の声色が若干、険しくなった。シゼルもそんな彼の背中をじっと見据え、眉間

に皺を寄せている。

 それはきっと、口にする彼本人への嫌悪ではない。

 もっと別の、もっと広い不特定多数の者達へと向けたそれ。無慮と無理解への怒り──。

「シゼル」

 名を呼んで、彼はようやく肩越しに彼女を見遣った。尤もそれでも目深のフードが被さっ

ていることには変わらず、その素顔は翠の粒子達も邪魔をして見えなかったが。

「皆に伝えてくれ。計画を少し巻きにするようにと」

「……承知致しました。仰せのままに」

 コクと頷いて、シゼルが軽く胸元に手を当て一礼する。白衣を翻して、彼女はそのまま再

び建物の方へと戻ってゆく。

「……」

 フードの彼は、また一人になった。だだっ広い半透明な石畳の上で、またこちらに背を向

けて黙り込む。渦巻く無数の魔流ストリームは、時折そんな彼の衣をばさばさと揺らしては過ぎ去って

ゆく。


 佇む彼の懐。

 じっと小脇に抱えられたその手の中には、とある一冊の魔導書が収まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ