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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-79.古巣より、原初へと
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79-(6) かつてと現在(いま)

 その夜のこと。ダンとミアはハーヴェンス家に泊まっていた。すっかり夜は更け、二階の

寝室ではアリアとミアが布団の中で寝息を立てるサーシャをゆっくりトントンと撫でながら

寝かしつけている。

「──そうですか。会談は上手くいったんですね」

「ああ。腹に抱えてるモンさえ分かれば何とでもなる」

 一方のダンは、ロイドと庭先のテラスで酒を酌み交わしていた。秋の朧月はやんわりと庭

と照らし、程よい明るみを与えてくれる。尤もこんな景色も、季節の移ろいと共にあまり長

くは続かないのだろうが。

 流石に任務の詳しい中身までは話せない。だが、魔導学司アカデミアとの会談は収穫のあるものだっ

たと、結果だけは酒の肴にしがてら打ち明ける。

「オーニールの爺さんにも勧められたよ。だから、明日にでも俺達はここを発つ。聖都の方

はイセルナが後始末をしてくれてるし、早いとこ翠風の町セレナスでの用事に掛かった方がいい」

「急ですね。もう少しゆっくりしてたって……」

「悪ぃな。ただでさえ世話になってんだ。あんまり長居はしてらんねぇよ」

「……そうですか。大事なお仕事、ですものね」

 木製テーブルの上。グラスに注いだ酒はちびちびと減っていた。

 カランと、机上に置く度に原液なかだちを失った氷が鳴る。ロイドが穏やかに慰留してはくれたが、

ダンが漏らした言葉は二重の意味で本心だ。

「……」

 くい。残りの酒を飲み干す。飲み干して、手酌でまたもう一杯入れる。

 ダンは軽く片眉を上げて、この元妻の今の夫を見ていた。そうだ、自分は前の夫だ。普通

に考えて本来こう穏やかに飲み合える仲じゃない。

「なあ」

「? はい」

「何であんたは……その、俺に優しくするんだ。嫌わないのか?」

「その話は最初にしたじゃないですか。ファンなんですよ、貴方達の。それに当時のアリア

を守ってくれた、恩人でもあります」

「いや、それはそうなんだがよ。何つーか……」

 ボリボリと髪を掻く。

 確かに理屈はそうなのだろう。だがそれだけで人は生きられないし、往々にしてもう片方

の為にそれを捻じ込んでしまうことはよくある。

「嫌だろ、普通。元とはいえ、自分の女の前の男だぞ? 一度は別れたってのに今になって

ノコノコ訪ねて来た。まぁ、そうさせたのは俺じゃなくてグノだけど……」

「らしいですね。ですが何度も言うように、私は貴方を嫌いません。理由もない」

 もう慣れただろうと、一人そそくさ道連れから宿に帰っていった相棒を思い、ダンは改め

て口にしていた。いや、気にしていたと言った方が正しいか。なのに対するロイドはやはり

同じ返事ばかりを寄越す。にっこりと、酔いが回ってきたのか少し顔が赤い。

「以前、アリアからも断片的にですが聞いていました。お二人が別れることになったのは特

段の不仲ではなかったと。冒険者と一般人、その違いがどうしようもなく、それぞれの幸せ

の為に身を引いただけだと」

「……あいつ、そこまで話してたのか」

「それだけ行く末を心配していたってことですよ。それに、サーシャもあんなに懐いてしま

いましたしね。ミアちゃんにとっても、アリアは実の母なんだから」

「……むう」

 どうにもばつが悪い。気恥ずかしい。

 ロイドのそれに倣い、ダンも二階にいるであろうアリアとミア、サーシャの母子三人の姿

を想った。サーシャ自身、まだ幼くて理解すらしていないのだろうが、それでも半分同じ血

を受け継いでいるという共通点を何処かで感じ取っているのかもしれない。

「だから、ちょっと意外でした」

「うん?」

「冒険者と聞いていたから、もっと荒っぽい──不器用な方なのかなと思っていたけれど、

こうして実際に会ってみるとずっとお優しい方だったから」

「なっ!? そ、そういうのじゃ……」

「やはり娘さんが出来たことで丸くなられたんですかね?」

「……さてな。確かに色々ありはしたが……」

 尤もそれら外堀を差し引いても、やはりダンはこの手の人間は苦手だなと思った。自身の

みてくれにも動じず、真っ直ぐに中身をくり抜いてくるような心根。決して悪い人間ではな

いとは解っているものの、どうもやり辛い。

(ま、アリアにはいい旦那なんだろう。そう考えりゃあ、離婚したのも、やっぱり互いにと

っていい選択だったんだろうぜ……)

 ダンは思う。彼は、いい人過ぎる。しかしナヨっとこそしているが、こうして他人の本質

を見抜くことができるのだ。それをして良い距離と良くない距離を解っているのだ。

 ……こいつなら大丈夫だ。任せられる。

「アリアを、宜しく頼む」

「はい。勿論です」

 照れ臭さがいっぱいで、それでも今ここで口に出さなければ駄目だと思って。

 なのに、対するロイドは一切の澱みなく答えた。にっこりと朧月の下で笑い、言葉少ない

中に込められた想いをしっかりと受け取る。

「私だって貴方と同じくらい、彼女を愛していますので」

「ふん。言うじゃねぇか」

 カチン。付け加えて、笑い合って、二人は互いのグラスを打ち合わせた。小気味良い音が

鳴って酒と氷が揺れる。そんな二人のやり取りを、物陰で聞いていたグノーシュがフッと小

さく笑ってから立ち去る。


「──いってらっしゃ~い! おじちゃーん、お姉ちゃーん、また来てね~!」

 そして翌朝、ダン達南回りチームは、街の入口でハーヴェンス親子に見送られながら旅立

った。向かうは一路、賢者遁世の地・翠風の町セレナスである。

 時を前後して、ジーク達北回りチームも、擾乱の事後処理を終えると聖都を後にして北上

を続けていた。向かうは一路、北方最大の都市・王都クリスヴェイルである。


「……お? あれか……?」

 北と南、二手に分かれたクラン・ブルートバード──対結社特務軍・聖浄器回収チームは

それぞれ次なる目的地へと進む。

 実にそれは、導都ウィルホルムを出発してから八日目のことだった。

 紅葉の森や枯れ草の丘を抜け、ダン達はようやくその眼下に、広がる集落とのどかな田園

風景を見た。

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