79-(5) 魔導学司(アカデミア)
夜も明けて日が昇り、導都の市内は日中の姿を取り戻しつつあった。
会談当日。ダン達南回りチームは身支度を整えて合流し、一路魔導学司本部へと向かう。
街の中心部へ近付けば近付くほどに大きくなる、六角形に延びる建造物。
魔導学司──ここ顕界だけに留まらず、全世界における魔導の聖地、その最高学府だ。
少しずつ足元の段が坂でもって上がってゆき、それにつれてすれ違う人々もその大部分が
学士風の者達ばかりになる。
ちらり。案の定、訝しげな眼を投げられた。
それでもすぐに通報されなかっただけ、マシだったのかもしれない。或いは先方が既に話
を通してあるのか。……昨日の今日だ。学士と喧嘩になるのは御免被る。
するとややあって、石畳からして敷地が変わったと思った頃、六角形の建物の正門らしき
場所に行き着いた。そこには既に、守衛に加えて数名の魔導師達が待ち構えている。
「……クラン・ブルートバードの皆様ですね?」
その大半が白み掛かった銀髪と円錐帽。眞法族だ。
確認するように訊ねられ、ダン達は頷いた。念の為レギオンカードを提示し、嘘偽りがな
いことを証明してみる。
警戒と緊張。ロゼッタの言っていた、サムトリア領内であって自治区──異国のような街
だという言葉を思い出す。
「ようこそ、魔導学司へ」
「お待ちしておりました。では早速、ご案内致します」
なのに。
次の瞬間、彼らはフッと相好を崩すと一行を促す。
本部内は、まるで蜂の巣のように部屋だらけであった。
とにかく長く真っ直ぐ延びる廊下の左右に、びっしり研究室らしき部屋と、時折資料室や
給湯室が点在し、途中で別の棟に接続する為の大きくカーブした横道が視界の左右に現れる。
「……何か、殺風景だね」
「しっ。ステラちゃん、あまりそういう事は……」
「元々見世物な場所じゃないからね。基本、研究施設なんだろう」
何度か階段を上り、棟の端へは行かずに中央を。
道中、この内部を奥に手前に眺めていたステラが思わず呟いていたが、先を行く案内役の
魔導師らは特に反応しているようではなかった。
寧ろ、気にしているのは彼女と、一行の中に交じるクロム──魔人が二人もいるというこ
の状況に対してであろう。
時々、肩越しにちらと窺うように視線を向けられている。こと元使徒のクロムに関しては
既にクランの一員となった経緯は知られていることと思うが、やはりなまじ魔力が視える分、
その尋常なさが気になってしまうようだ。
「心配すんな。どっちも、俺達の仲間だ」
故にダンも、そんな彼らの不安に気付いていた。肩越しの眼にわざと映るように自ら声を
投げ、二人が危害を加えることはないと保証する。
文句あるか──? 或いは、そんな風に少し凄みを利かせて。
いえ……。そう小さく呟きが返ってきて、以降様子を窺う視線は途絶えた。尤も心から恐
れなくなった訳ではあるまい。エリートであればあるほど、彼らは“常識”に囚われる。
「着きました。こちらです。議長以下皆様方がお待ちかねです」
そして中央棟のやや上階、六方に延びる棟の根本にそれは在った。
扉横に下げられたプレートには『賢老会議議場』と書かれている。リュカやサフレに視線
を向けるとコクリと首肯が返ってきた。確か、魔導学司における最高意思決定機関だった筈だ。
「失礼します。ダン・マーフィ殿以下、クラン・ブルートバードの皆様をお連れしました」
立ちぼうけになるより前に、案内役の魔導師の一人がそう扉をノックし、声を張った。
うむ。入りなさい──中から声がする。彼らはその応答にスッと半身を返し、扉を開いて
一行を中へと促す。
『…………』
部屋の中、議場には既にずらりと、同学府の有力者達が揃い踏みしていた。
特に印象的なのは、その中央最上段に座する眞法族の老人だ。
ヨハン・オーニール議長。現在の魔導学司におけるトップ、即ち全魔導師の頂点に君臨する
人物である。
ダン達は、暫くその圧迫感と存在感に気圧され、立ち尽くしていた。
じいっと彼らの品定めするような眼が四方から向けられる。ゴクリと、マルタやステラが
緊張のあまり喉を鳴らした。
「……ふぉふぉ。そうあまり緊張せんでいい。よくぞ参られた。儂はオーニール、この学府
の長を任されておる者じゃ」
「……ブルートバード副団長、ダン・マーフィだ。今回は会談に応じてくれて感謝する」
先ずはそれぞれの代表が挨拶を。正門の時もそうだったが、一見厳しそうなオーニール以
下幹部達も、いざ話し始めるとふっと相好を崩す。ダンはそんなさまに内心違和感を覚えて
いた。或いは元から意地悪い人間達ではないのか……?
「話はロゼッタ大統領から聞いておる。特務軍の一員として、十二聖ゆかりの聖浄器を確保
する旅をしておるそうだな? その上で、ディノグラード公より“賢者”リュノーの書庫を
訪ねよと」
「ええ」
あの女首長、結構色々喋ったんだな……。ダンは少し疑心を持ったが、ちらと横目に肩を
竦めるグノーシュを見て、顰めるのは止めにする。どのみちこちらの大よそは話さないと前
には進めないのだ。予め把握して貰っていると考えればいい。
「第三者たる儂らが言う台詞ではないかもしれぬが、大儀よの。ジーク・アルス両皇子の護
衛に加え、かの“結社”との戦いの矢面にも立たされるとは……。大師ヴァレンティノを始
め、よくぞ今日まで守り続けられた」
「──っ!?」
『?』
だから次の瞬間、急にリュカが身を硬くしたのを見て、ダンやグノーシュ、ミアといった
仲間達は頭に疑問符を浮かべた。
「い、いえ、そんな。私は何も……」
妙に畏まっているというか、緊張しているというか。何せ急に様子が変わったのである。
「……先生さん、いきなりどうしたんだ? つーかさっき」
「大師──魔導師への最大級の尊称ですよ。それを魔導学司のトップから掛けられた。リュカ
さんにとってはこの上ない光栄の筈です」
「ふ~ん……?」
だがその理由は、程なくして視線を投げられたサフレが答えてくれる。
恐縮していたのだ。本来ずっと目上の大魔導師に尊称で呼ばれ、さしもの彼女も驚いてし
まったらしい。
(ああ、そういう事か。アルスっていう逸材を、師匠の方から丸め込んで唾をつけとこうっ
て魂胆か。それならさっきからの、俺達への妙に丁寧な態度も頷ける……)
サフレから教えて貰った知識はさておき。ようやくダンは合点がいった。別にロゼッタの
評が間違っていた訳ではない。既に駆け引きは始まっていたのだ。
「私は……ただあの子の興味を伸ばしてあげただけです。確かに彼は天才ですが、それ以上
に努力の天才ですので」
「ふぉふぉふぉ。中々謙遜するのう」
「……悪いが議長、先生さんとの話はまた後にしてくれ。それよりも俺達は、あんた達に訊
きたいことがある」
「ここ導都は、その昔“精霊王”ユヴァンが聖浄器を手に入れた街だと聞きました。何か詳
しい話は伝わっていませんか? 少しでも自分達は、手掛かりが欲しいんです」
一見穏やかなリュカとオーニールの会話。そこへダンは仕方なしと割って入った。グノー
シュもぼちぼち本題をと、ロゼッタから聞き及んだ話を持ち出して訊ねてみる。
案の定というべきか、オーニールや周りの上級魔導師達が仏頂面になった。ダンの目測は
正しいようだ。たっぷりと蓄えた白い顎鬚を擦り、この魔導師達のトップは答える。
「……確かに、かつてこの魔導学司にはとある聖浄器が保管されていた。名を『執理典スコ
アラム』──記録によれば因果を操る魔導書という。お主らが言うユヴァンゆかりの聖浄器
とは、十中八九それじゃろう」
「スコアラム……」
「ん? でも今“されていた”って……」
「然様。わざわざ足を運んで貰って申し訳ないが、現在スコアラムは存在しない。何せかの
男は解放戦争時に我らが至宝を借り受けたまま、帰らぬ人となってしまったからの……」
あ……。神妙そうに呟くオーニールに、思わずダン達は言葉を詰まらせた。
そうだった。確か歴史では、ユヴァンは皇帝オディウスとの最終決戦の際に刺し違え、命
を落としたとされている。つまり彼の使っていた聖浄器・スコアラムも──。
「返却されなかったんですね?」
「うむ。当人戦死のままうやむやとなり、今となってはその所在すら定かではない。代々の
議長が過去何度か捜索を命じたが、見つかっておらん。何処ぞ人知れぬ場所に埋もれておる
か、或いはとうに戦火で燃えてしもうたか……」
『……』
故に、ダン達はすぐに二の句を継ぐことはできなかった。貴重な当てが一つ外れてしまっ
たのだから。そうだよな……ダン達は思う。もう千年も前の代物なのだ。必ずしも現存して
いるとは限らない。
「力になれなくてすまない。ロゼッタ大統領には悪いが、件のディノグラード公の助言に従
った方がまだ残されたものがあると儂は思うがの」
「そう、ですね」
「……」
落胆。だからこそ最初、ダン達は気付けなかった。オーニール達に相対して並ぶ仲間達の
中で、一人クロムはじっと別の意図をもってこの上級魔導師達を見つめていたのを。
「大師オーニール」
はたと、両者の発言が立ち消えた隙を縫うようにして、クロムが口を開いた。彼らがダン
達が、何だろうとその視線を一斉に向けている。
「“大盟約”とは何なのですか?」
「? クロム、何を──」
「“結社”の最終目的は、“大盟約”の完全消滅です」
ダン達が止める暇もなかった。クロムが実質独断で、そう事の核心に迫ろうとする。
『──ッ! ……?!』
少なくとも、オーニール達は酷く驚愕し、戦慄していた。正真正銘魔導の専門家である。
その意味、もし失われた際にこの世界が受けるダメージの甚大さは、他の誰よりもよく理解
している筈なのだから。
「知っているのですね。彼らはその為に、世界各地の聖浄器を欲している」
『……』
オーニール以下、上級魔導師達はおしなべて黙り込んでしまっていた。下手に喋ればボロ
が出ると解り切っているような表情だ。
それでもクロムは問う眼差しを止めなかった。ダン達も彼らの返事が気になり、振り返っ
てじっと待っている。
長い、間があった。大きく嘆息をつき、やがてオーニールがその重い口を開く。
「……お主は、元使徒級の魔人だったな。お主が“結社”内で何処まで見てきたのかは知ら
んが、確かにそうだ。“大盟約”はただのぼんやりとした概念、約束事ではなく、れっきと
した“モノ”じゃよ」
『えっ──?』
「それは世界樹の奥深く、設置されていると云われている。尤も成立以来数千年、実際に確
かめた者は誰もいないが……」
ダン達は目を丸くして暫し固まり、そして後ろのクロムをまじまじと見つめる。
彼は黙っていた。白状したオーニールらを見つめ、じっと何か読み取れない思考を、自身
の中で繰り返しているかのようだった。
「……聖浄器が作られ始めた時期は、魔導開放の頃と一致します。それは魔導の普及によっ
て増大するであろう瘴気──魔獣の脅威に対抗する為だったとの見方が自然だ」
「ああ。しかし逆にその“消滅”というニュアンスが解せぬな。何故その為に聖浄器が必要
になる? モノであれば他の兵器などでも破壊することは可能な筈だが……。少なくとも何
かしらの関係が在る筈じゃ」
もしゃもしゃと顎鬚を触り、オーニールは苦悶していた。彼ほどの頭脳、知り得る立場に
あっても分からないというのか。
「……驚いたの。“結社”とはそこまで事実を把握しているというのか。やはりただのテロ
集団と括るには無理がある……。儂らからも勧めよう、急ぎマルセイユ領へ向かうがよい。
賢者の残した膨大な資料、その中にこれの答えもあるやもしれぬ……」
大きく嘆息、呼吸を整え、やがてオーニールは言う。実際ここに執理典が無い以上、得ら
れる情報には限界があった。
「重要な話を聞かせて貰った。目的が目的じゃ、いざという時は協力を惜しまんよ。統務院
にもそう伝えてくれ」
「……ええ。ありがとうございました」
ダン以下、一行は深く頭を下げる。当初崩した相好は逆転し、もうどちらが上か下かも分
からなくなった。そもそも、そこに拘る意味すらなく、些末だった。
収穫あり。
一応の礼は欠かさず、かくしてダン達は魔導学司との会談を後にする。




