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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-79.古巣より、原初へと
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79-(4) 全の中の独り

 ──それは大きく、時を遡ること十日。

 その日はレナのお披露目があった翌日だった。対外的にも一仕事終わり、すっかり日が落

ちたルフグラン号船内では、クラン一同による酒盛りが始まろうとしていた。

「こちらですね。他の多くと同様、現状は使い所を見つけられない、空き部屋のような状態

になってしまっていますが……」

 そんな中、同じく船内にはアルスが訪れていた。イヨとリンファ、頭上でふよふよと浮か

ぶエトナを従え、航行時自身に宛がわれる予定の部屋を見学していたのだ。

 少なくとも、今いるホームの自室よりはずっと広い。

 何より一人部屋だ。隣は兄の部屋で、こちらには奥にスライドする大きな収納スペースと

本棚群がある。魔導書などの保管場所が欲しいというアルスのリクエストを受けて設けられ

たものだ。

「……」

 しかし当のアルスは、終始感情を抑え込んだかのように厳しい表情をしていた。

 仕上がりに不満がある訳ではない。寧ろこっち方面に関しては想像以上に広々としていて

驚いたくらいだ。……そちらではない。建造が始まった頃には自身も抱いてもいなかった、

もっと別のことである。

 移住。現在のホームの宿舎から、この飛行艇へと住処を移すこと。

 この船の概要が所々判ってきた時、アルスは理解した。これは自分達兄弟を、疫病神扱い

する街の人間から逃す為の箱舟なのだと。

 尤も、現状兄もイセルナ達もその意図については触れてこない。特務軍としての任務は始

まったばかりだし、おそらくは自分達が居られなくなるギリギリまで、彼女達は自分を学生

として存続させてあげたいと思っているのだろう。……解ってしまうからこそ、辛いのだ。

「お? アルスじゃねえか」

 そうして一通り部屋を見、転移装置のある設備棟に戻ろうとしていた時だった。

 宿舎内の多目的リビング。そこにジークやイセルナ、ダン、旅に出ていった仲間達の殆ど

が集まっていた。奥には対面式のシステムキッチンが備え付けてあり、一段下がった敷居の

先には食堂の席が広がっている。

「よう。そっちも来てたんだな」

「お前らも一緒に飲まねぇか? 聖都でのゴタゴタも片付いたし、今夜は祝い酒だ」

 つまみを広げ、ジークやダン、グノーシュといった面子はもう既に飲み食いを始めてしま

っている。兄に続き、ニカッと笑ってダンが手招きをしてきた。奥の厨房では料理するハロ

ルドをリュカやクレアが手伝い、ステラやマルタ、ミアが出来たずつから向こうないしこち

ら側の席へと皿を運んでゆく。

「……ダン、今夜は控えなよ? 明日、魔導学司アカデミアのお偉いさん方と会う予定なんだろう?」

「あー、分かってる分かってる。瓶一本ぐらいに収めとくよ。流石にそこは弁えてるって。

一回は手を貸してさえ貰ってるのに、顔を赤くして出向くのはなあ」

「瓶一本でも、充分飲んでると思うけど……」

 シフォンが羽目を外しそうなダンにそう釘を刺し、通りすがりにミアもぼそっと突っ込み

を入れて嘆息をついていた。アルスは苦笑わらう。ちらと視線を移せば、リビングの壁に背を預

けてリカルドが座っていた。戦いの傷なのかしんどそうだ。時折レナが話し掛け、水やタオル

を持ってきてあげている。

「僕は、遠慮しておきます。あまり飲めないし……」

「それもそうか。ならホームの皆にも声を掛けてやっておいてくれや。こういうのはパーッ

とやるのが一番いい」

「……はい」

 通り過ぎてしまう心算だったものの、結局アルス達は廊下から覗いた姿を認められ、仲間

達と話し込んでいた。リンファもイセルナと、イヨも料理を運ぶステラやマルタと時折談笑

を交わしながら朗らかに笑っている。

「その……兄さん。ニュース読んだよ。大変だったね。皆何とか無事そうでよかった」

「ああ。悪ぃな。あの後ゴタゴタしてて、きちんと話す暇も持てなくてよ」

「ううん、それは別にいいんだけど……。聞いたよ? “結社”の新しい敵が現れたって」

 故にアルスがジークに話し掛け、問うた時、嬉々とざわめく一同が静かになった。明らか

に場の空気が変わっている。それをアルス自身も理解しながら、それでも訊ねた瞬間、ばつ

が悪そうに視線を逸らした兄の表情かおを見逃さない。

「その敵って、誰だったの?」

「……」

 アルスは再度訊ねていた。ジークが困ったように眉根を寄せて黙っている。

 ちらり。イセルナと、場にいる皆へとジークは視線を向けていた。どうしたもんだろう?

まるでそう窺いを立てているような眼だ。暫し仲間達は逡巡するようだったが、そんな皆を

代表して、料理の手を止めたハロルドが口を開く。

「シゼルだよ。シゼル・ライルフェルド──彼女は自らをそう名乗った」

 ぽりぽりと頬を掻き、視線を合わそうにも合わせられずにジーク達は黙っている。ちらと

眼を遣って、イセルナの首肯を受けたハロルドは事の詳細を話し始めた。

 聖都探索中に出会った旅の学者・シゼル。彼女の提案で実行した教団本部潜入計画。

 だが全ては彼女の罠だったのだ。“学聖”シゼル。そう自らを名乗った彼女は、始祖霊廟

にてジーク達と対峙する。一時は劣勢の中、聖浄器を奪われる寸前までいったが、他ならぬ

レナが聖教典エルヴィレーナを奪取。僅かな隙を縫って逆転を果たした顛末までを。

「その後のことは、メディアで色んな映像が流れているから知っていると思う。ともあれ、

事件は解決した。もう心配は要らない」

「……」

 しかしそう言われて、はいそうですかと頷けるアルスではなかった。

 ライルフェルド──その名を小さく呟き、目を細める。暗澹とした感情が、込み上げる。

「やっぱり……」

「うん? アルス、お前、知ってたのか?」

「知ってたというか、女の学者さんでシゼルって聞いて、同じ名前だなって思ったんだよ。

二百年も前の人だから、まさか本人だとまでは思わなかったけど……」

 兄の衝いて出た言葉に応えるアルス。

 場の一同は、少なからず重苦しく黙りこくっていた。皆とて、何も全く省みなかったこと

ではない。

「ま、まあいいじゃねえか。もう終わったことなんだし」

「そうそう。実際、肝心の聖教典エルヴィレーナはレナちゃんの手の中。めでたしめでたしってね」

「アルスがそう思うのも無理ねぇよ。そんな顔するなって」

「ほらほら、こっち来いよ。飲もうぜ? 酒が苦手なら茶やジュースでもいいんだしさ」

 明らかに、仲間達が気を遣ってくれていることが分かった。慰め、無理からぬことだった

と過去の事にし、とにかく今は“勝利”を祝おうと席を勧めてくる。

「そうだな。そんなシケた顔すんなって。俺達はこうして無事なんだから。な?」

「……」

 しかしアルスは動かない。兄もまた努めて笑顔を向けてくれるが、そのさまが余計に辛か

った。気を取り直してと言わんばかりに始まる宴に、アルスだけは独り取り残されたような

心地だった。

「アルス……?」

 皆は敢えて口には出さないが、兄は騙されたのだ。そして自分もシゼルという名を聞きな

がら、最悪の事態を予想しなかった。信じようとした、疑わなかった兄を気遣って、あの導

話越しに二の句を継げなかったのだ。

 ……許せない。相棒エトナが逸早くこちらの異変に勘付いて訝しむも、アルスは何も応えずただ

その場に立っていた。……許せない。自分が一言放っていれば、シゼルの策略も防げたかも

しれない。始祖霊廟での戦いも、避けられたかもしれないのに。

 皆を、大切な人達を守りたい。

 その為にずっと頑張ってきたのに、自分はそれを“しなかった”。

 にも拘わらず、他の団員達は兄を責めてもいない。怒りはなかったのか? ……いや、そ

んな彼の甘さも全て含めて、共に歩もうと決めている。

 温度差を感じた。自分の小ささを、届かないこの手の無力さを感じた。

 考えの甘かった自分が許せない。良くも悪くもその人の良さ──ある種の甘さが兄だとす

るなら、自分ができることは? ……兄の分まで、自らが「鬼」になることか?

 目の前では、兄や仲間達が宴の口火を切っていた。或いは差し向かい、杯を片手に今後の

探索ルートなどの対応を検討している。

「どうした、アルス。そんな怖い顔して」

「……何でもないよ」

 結局皆の宴席に加わることはなかった。騙されたと知った後も尚、笑っていられる兄のお

人好しさ──底知れぬ強さを想い、今度はアルスがまともに目を合わせられなくなった。

 不安げな相棒エトナを余所に、アルスは一人踵を返してゆく。イヨとリンファが、その挙動に気

付き、心苦しいといった様子でこの後を追う。


 アルスの表情かおには、影が差していた。

 自分の未熟さが、憎らしくて堪らない。

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