79-(3) 過去からの攻撃
ジーク達とちょうど入れ違い。一行が出発してから、三日目のこと。
まだ擾乱の傷跡残る聖都に、とある軍隊がやって来た。事前に風の噂で聞き及び、動かな
い筈はなかろうと思考はしていても、いざ痛んだ心のまま目の当たりにすると人々の眼差し
は強張ったものになってしまう。
『──』
王貴統務院直属警護軍・正義の盾の一部隊だった。
盾と剣、秤と冠の画を組み合わせた文様の肩章を巻き、揃いの軍服に身を包んだ彼らは、
同副長官エレンツァ・ピューネに率いられ、街のメインストリートを通過。切り崩した山中
に嵌め込まれた形の教団本部正面入口にてずらりと整列する。
「お待ちしておりました。史の騎士団団長、リザ・マクスウェルです」
「同じく一番隊隊長、ミュゼ・オルトーです」
出迎えたのは、数名の枢機卿達と、やはり彼らを守るように整列するリザ・ミュゼ以下史
の騎士団の神官騎士達だった。
気丈に振る舞う受け答え。だが二人とも、その頭や腕には包帯が巻かれ、先の戦いでの傷
がまだ癒えていないことを物語る。
しかしエレンツァは一瞥こそせど、そこに切り込む事はなかった。ただ淡々と、与えられ
た任務が全てであるとでも言うように敬礼に敬礼を返し、早速本題に入る。
「正義の盾『四陣』次席、エレンツァ・ピューネ……。ご苦労様です。先の騒動に関わった
容疑者達を移送しに参りました」
彼女の目的は、今回の擾乱に関わった“結社”達の身柄を拘束・連行すること。
手早く事務手続きを済ませ、引渡しは速やかに行われた。統務院と教団、お互い腹に思う
ことこそあれど、今このタイミングでまたトラブルでも起きようものならその収拾には更な
る労苦を強いられることになるだろう。
(信徒級が十七名と、信者級が五百七十五名。破壊されたオートマタ兵八百九十体に加え、
狂化霊装が六体。核にされた人間は……全員死亡。流石に使徒級が混じっている筈はありま
せんか。予め用意された兵力とみえる……)
封印術式を刻んだ錠を一人一人手足に嵌めさせ、配下の兵達が強化装甲の大型鋼車にこの
“結社”達を次々に車内へ放り込んでいく。エレンツァは事前に教団側から作成して貰って
いたリストに目を通しながら、今回起こった事件──“結社”の作戦とやらを頭の中で想像
してみる。
(……少なくとも衝動的に集まった訳ではありませんね。奇襲とはいえ、ここまで正規軍を
苦戦させるほどの立ち回りをした。間違いなく作戦の全体を立案・扇動した何者かがいる。
使徒級の者でしょうか? それとも長官が危惧していた、更に上の……?)
暫く引渡しが進むのを監視しながら、エレンツァはふと同じく立ち会うリザとミュゼを見
遣った。二人はまだ残る怪我を押して教皇の名代に立ったようだ。こちらがトップを直々に
出すのを見送ったように、向こうも様子を窺いながらの。
「一つお聞きしたいのですが、報告では“聖女”の墓所にて“結社”の新手が立ち塞がった
と聞いています。その者は、一体……?」
「……それは、総隊長がお詳しいでしょう。現場にいましたから」
「その話は、皇子達からでしょうか。ええ、確かに聖教典を目の前にして突如現れ、一度は
私を魔導で貫きました。……シゼル・ライルフェルド。本人はそう名乗っています」
隠すつもりはないが、訊かれなければべらべらとは答えない。
問われて、エレンツァに負けず劣らず仏頂面のミュゼがそう傍らの上司を仰いだ。小さく
嘆息をつきつつ、リザが仕方ないといった様子で答える。
「ライル、フェルド……」
思わずエレンツァは深く眉間に皺を寄せていた。一瞬何の冗談かと思ったが、当然この場
はそんな雰囲気ではない。
自称? しかし本物……?
シゼル・ライルフェルド。かの七十三号論文事件で非業の死を遂げた女性研究者だ。その
筈だ。彼女が、生きている? もう二百年も前の話なのに。
「しかも頭を撃ち抜かれても、すぐに再生していました。ですが魔人でないことはあの場に
いた私達が確認済みです。“蒼鳥”の持ち霊も口にしていましたが、彼女からは抱え込んだ
瘴気塊は視えなかった。もしかしたら何かしらの手段で見えなくしてあったのかもしれませ
んが……」
そしてそんな思考を先回りするように、更にリザは言う。
少なくとも魔人ではなかった。本人は戦闘は本分ではないと語っていたが、身に秘めたそ
の力は彼らすら遥かに凌駕する。リザの補足と推測に、エレンツァはじっと黙って耳を傾け
ていた。
出発前、ダグラスが密かに懸念していたこと。
どうやらあの人の予感は、当たってしまったらしい。
「ただ“結社”の者であることは確かです。これは私の予想ですが、“教主”の側近か何か
ではないかと」
「……」
三人目だ。そう、エレンツァは思った。
教主、フードの男、そしてライルフェルド。かの統務院総会では、その裏で暗躍し、部下
達の命を奪ったフードの男が名乗った名に戦慄した。それが今回も、二年後にまた現れた。
全く別の名を以って。
“結社”は、やはり当初思っていた以上に巨大な組織であるようだ。魔人達を幹部に据え
て何百年と暗躍していた事実も然り、首謀者は“教主”ではないのかもしれない。
そしてフードの男も、今回現れた刺客も、かつての偉人の名を名乗っているという共通点
がある。本当に当人なのか、何故今になって現れ、我々と敵対するのかは依然不明だが、こ
れではまるで“過去”に攻撃されているようではないか。
(……長官)
迷う。本当に自分達は、このまま突き進むべきなのか?
気弱だともう一人の自分が詰った。だがエレンツァは、この時ようやく、ダグラスがしば
しば己が任務に思い悩むその理由を解った気がした。




