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※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2016.2/5
飛行艇の便を急ぎ予約し、ジーク達は一路梟響の街のホームへと向かっていた。他人も多
い空の旅ではいつ“結社”に狙われるやもしれないとは考えたが、一旦は大会中に刺客──
と思しき者達も退けて抑止力も示してあるし、何より今はハロルド達の事を思うと少しでも
早く向こうに着きたかった。
魔界から顕界へ。
世界の層を越え、北方の大陸に着陸し、街へと続く街道を進む。
「ストーップ! ストップ、ストップ! 皆、あたしだよー!」
それは、いよいよ街の中心部に入る寸前の事だった。
郊外のまだ疎らな家屋。遠くに見えるのは、巨大な足場の骨組みと雨風を凌ぐ為のシート
に覆われつつも、時折ちらとその全体像が見える、目下最終調整の巨艇・ルフグラン号。
ジーク達が乗る鋼車の列に、はたと何者かがそう言って立ち塞がったのだ。
「……レジーナさん?」
いや、何者かではない。そこに立っていたのはレジーナと、エリウッド以下ルフグラン・
カンパニーの面々であったのだ。
慌てて運転手に停まるように頼み、ジーク達は何事だと頭に疑問符を浮かべて次々に鋼車
から降りた。彼女達が、わたわたと大層焦ったようにこちらへ駆け寄ってくる。
「一体、どうしたんです?」
「あんたらもホームから聞いてねぇのか? 今あっちは大変な事に──」
「それが更にややこしい事になってるんだってば。何か少し前、酒場の方に史の騎士団のお
偉いさん方がやって来て、ついさっきには正義の剣まで来てさぁ……」
ジークが、ダンが訊ね、こんな時間すら惜しいと言わんばかりに口を開こうとする。
だがレジーナが次の瞬間放った言葉に、一同は思わず途切れ、目を丸くした。
何……だって? にわかに緊迫した互いの表情を見合わせ、再びレジーナ達の方を見る。
少なくとも冗談などではない。この二年間、それ以前から一緒に力を合わせてきた仲間なの
だから。混乱している中、それでもホームの団員達が、何とか自分達に事の急を知らせよう
としたのだろう。
「……何か、あっちを出る前よりもややこしくなってねぇか?」
「それでハロルドは? リカルドさんは今どうなっているんです?」
仲間達は各々に戸惑い、そしてこの急を要する事態を把握しようと努めた。
レジーナら曰く、現在かねてよりホームに滞在していたセイオンと史の騎士団団長率いる
部隊、そこにヒュウガら率いる正義の剣の部隊までもが鉢合わせ、三つ巴の一触即発の状況
にあるという。
「うん。あたし達も導信だけ来たからよく分かんないんだけどさ? どうやら騎士団の方も
レナちゃんが目的っぽいのよねぇ……」
『……??』
更にセイオン、史の騎士団まで。
ヒュウガ達は十中八九、特務軍絡みの用事だろうが。はたしてジーク達は混乱していた。
ダンが向こうの団員達から受けた報告によれば、セイオンの目的はレナで、その為に養父
であるハロルドとの接触を図ろうとしていた。それだけでも「何故」は膨らんでいるのに、
そこに史の騎士団──リカルドの本籍まで加わってくるとなると……。
「またレナか……。どうなってんだ?」
「やっぱりあれかなあ? セイオンが訊いてきたっていう、レナの《慈》が関係してる?」
「うう。そ、そう言われても……」
「……史の騎士団」
「クリシェンヌ教団、教皇直属の……」
若干、頭からぷすぷす煙でも出てしまいそうだ。ステラも不安がる当のレナを優しく抱い
てやりながら、への字に唇を持ち上げて不満そうだった。
サフレやアルス、そしてリュカ。博識な部類の仲間達が、ぶつぶつとこの新たな来訪者と
その意味について思考を巡らし──そして互いにハッと、何やら一つの考えに至ったかのよ
うに見える。
「だがまぁ、このままぼさっと突っ立ったままって訳にもいかねぇだろうよ。急ごう。何は
ともあれ実際に確かめてみない事にはどうにもならねえよ」
一方でジークは一度ふるふると頭を振り、鋼車の列に戻り始めていた。
踵を返し、肩越しに仲間達に振り返り、そう尤もなことを言う。皆も概ね同意であった。
「──それは」
「暫し待って貰わねば困るな」
しかし、その直後だったのだ。ザリッと、車列に戻ろうとしたジークや見送ろうとしたレ
ジーナ達の背後──つまり街の方から、見知らぬ二人組が現れたのである。
「……何だ。てめぇら」
嗅ぎ取ったのは、害意。ジーク達は半ば本能的に身構え、中には腰や背の得物に手を伸ば
した者もいた。
隆々とした大柄の男と、これより一回りも二回りも小さく見える優男。
二人は共に、肩や胸当てといった防具を伴う黒衣に身を包んでいた。更にその胸元にあし
らわれているのは、三柱円架のピン。
何者かは言わずもがなだった。緊張が、高まる。
『……』
史の騎士団、隊長格の神官騎士が二人。
即ち先刻、リザ・マクスウェルが連れて来た、部下達だった。