79-(1) 次なる目標
“学聖”シゼルとの戦いから十日。イセルナ・ジークら北回りチームの面々は諸々の事後
処理を済ませ、ようやく次の目的地へと旅立とうとしていた。
即ち、教団との具体的な和解内容。その為の条件交渉である。
各種メディアが既に世界中に向けて報じたように、両者の対立自体はもう存続し続ける意
味を失った。これからは対“結社”という大きな目的の為に、より表向きに手を取り合う格
好となる。
当面、先ず教団から求められたのは、先の市中での交戦による物損補償だった。
東ルアークの古塔・通称『聖女の塔』周辺の店舗と、エルマ=ニシュ大聖堂に空いた穴。
特に二度目の残党ら蜂起に際した家屋の修復が聖都にとっては急務であった。
『ええ。元はと言えばこちらにも非があります。弁償させて頂きましょう。……予算なら、
特務軍就任に当たって統務院から降りていますしね』
少し茶目っ気ぽく快諾する会談の場のイセルナ。大都で悲鳴を上げる王や議員達の姿が目
に浮かぶようだ。
ジーク達としても、このまま戦い散らかしたままで街を去ってしまうのでは人々の心証は
決して良くはないと考えた。当然の、せめてもの誠意である。
もう一つは何より、両者の連携。この二年で一層世界に攻勢を強める“結社”と彼らが狙
う聖浄器についての密な情報交換である。
既に彼ら最大の目的──“大盟約”の破壊については勿論、当初首謀者と目されていた
“教主”以外、彼以上の存在が組織内にあるらしいことも、ジーク達は臭わせる。
十中八九、シゼルもその一人なのだろう。
かつて時の人となりながら、志半ばで亡くなった筈の人物……。
「──本当に、取り消さなくていいのですね?」
「そうだぞ? 今の内に謝っておきなさい」
「ま、まだ、今なら間に合うから……」
会談の場。そこにはハロルドとリカルド、エルリッシュ兄弟の両親が同席していた。
少なからぬ心労があったのだろう。二人ともその髪は随分と白く、やつれていた。片方は
十数年も前に出奔し、今度はまた急遽跡継ぎにと設えた次男までもが自分達の下から去ろう
としている。
教皇エイテルも玉座の上から改めて問い直し、返事を待っている。
しかし問われた当のリカルドは、曇りなく答えていた。ニッと少し口元に弧を描いてすら
おり、その後ろには彼に従うと誓った元部下達が顔を揃える。
「ええ。俺達は今回の一件をもって、史の騎士団及びクリシェンヌ教団を抜けます。もう貴
方達の下で働く必要はなくなった。本当に守りたかったものが、はっきりしましたから」
「でもご安心を。こちらでの戦いやら何やらの情報は、随時報告しますので」
「正式に協力することになったんですし、もうスパイみたいなコソコソした真似をする意味
もなくなりましたしね」
リカルドとその元隊士達の、クラン・ブルートバードへの正式加入。めいめいの服装も史
の騎士団指定の黒衣ではなく、黒を基調とした傭兵姿に変わっている。
屈託のない返事に、両親は眩暈するように絶望していた。どれだけ円満な所属換えだと言
っても、二人にとっては組織からの離反という認識に変わりはないのだから。
「……教皇。二人の処遇ですが」
「ええ、約束しましょう。不利益がないよう善処します」
そして、それまで言葉少なかったハロルドからの発言に、エイテルは勿論と言った風に小
さく頷いて答えた。取り巻きの枢機卿達も少々苦々しい表情ながら、露骨なそれがあればま
た突かれる元になることぐらいは解っている。
(善処、か……。まあリカルドはともかく、私にとってはもう縁の切れた相手だ)
すっかり老いた両親を、さりとてハロルドは今更庇い立てする気も起きなかった。一度は
弟も含め全て切り捨ててでも養娘を守ろうとした身だ。寧ろ、この程度の軟着陸で終わった
ことにこそ感謝すべきであると考える。
息子達が遠くに行ってしまった。今更になって、二人の涙の意味が変わり始める。
リカルドは晴れ晴れとしていた。ずっと騙し続けていた自分の気持ちが解放され、これで
ようやく本当の意味で生きることができる。戦うことができる。
ハロルドも、弟ほどではないが安堵したようにみえた。相変わらず眼鏡の奥は気難しい複
雑な気色を宿しているが、或いは単純に照れ臭いだけとも取れる。「~~♪」そんな父達を
見て、レナも嬉しそうだった。他ならぬ自身が遠因であった故に、彼女もまた解放された気
分になっていたのだろう。
「……それで? これから次は何処へ向かう予定なのですか?」
「……北上を。クリスヴェイルに向かおうと思っています。元より私達はダン達と二手に分
かれて聖浄器を回収するつもりでした。現在所在のはっきりしている物は四つです」
「聖教典と連邦朝の王器。ダン達には南のマルセイユ侯を訪ねて貰っているし、その後には
王国……かな?」
「ハウゼン王に、今回の事件についても詳しく奏上するつもりです。一応大まかな報告は統
務院には送っていますが、何分書面だけのことだったので」
「……。そうですか」
イセルナとシフォン、再び彼女が次の目的地を話したことで、エイテルや枢機卿達は少し
ホッとしたようだ。また彼女達が手元から離れ、分からなくなってしまうことを恐れたのか
もしれない。
「で、それも終わってアトスの聖浄器も預かれば、その後は古界かな? 前々から話にあっ
たシフォンの伯父さん──クレアの親父さん達にも会ってみたいし」
「……そうだね。僕自身は、入れて貰えないかもしれないけど」
更にジークが椅子の上で両手を後ろに回したまま口にしたが、その話題はデリケードだっ
たと反省する。数席隣のシフォンがフッと少し横顔に影を差した。イセルナ達経由で、何か
昔、年寄らに故郷を追い出されたという話を以前に聞いた事がある。
「とにかく今は、できる限り多くの場所を巡ってみる方がよいでしょう。十二聖ゆかりの聖
浄器は、その所在全てが明らかになっている訳ではありません。足で稼ぐしかないですね」
「もし困った事があれば、連絡せよ。我々の力で出来ることならば協力しよう」
「その代わり……」
「ああ。分かっているさ。聖浄器や結社の情報が出てくれば、随時そちらとも共有する」
「──聖女様とジーク皇子、クラン・ブルートバードの旅路に幸あれ!」
『幸あれ!』
そして詰めの会談を済ませ、署名も交わし、ジーク達北回りチームはいよいよ聖都を出発
する時を迎えた。街の正門前には多くの関係者や市民が集まり、一行へと、そう誰からとも
ない見送りの諸手上げや掛け声が唱和される。
(……来た時とはまるで違う対応だな。ま、しょうがないか)
何ともあからさまな掌返し。
しかしジークは小さく哂いながらも、決してその顔を彼らに見せはしなかった。各々に旅
荷を担いで歩いてゆく仲間達に交ざりながらも、その苦笑いは必ずしも不快感とイコールで
はなかったのだから。




