78-(7) 一つの終息
今後こそ、聖都を覆う暗雲は晴れた。
尤も、ここまで持ち直す為に払った犠牲は決して少なくはない。今はまだ勝利を祝い、皆
口にこそ出さないが、内心では「何故」という苛立ちが燻っている筈だ。
「それでは聖女様。壇上へ」
「は、はいっ」
騒動から翌々日。教団側の急ピッチの調整のお陰で、この日ジーク達は開放された教団本
部の一角でその催しを観ることができた。本棟に向かう正面庭に設えられたステージ上に、
リザに促されたレナが緊張した面持ちで上がってゆく。壇上には既に教皇エイテルが待って
いて、周辺国の要人や報道各社、噂を聞いて集まった聖都の市民らが写姿器を構え、見守る
中、二人は互いにしっかりと手を握り合う。
言わずもがな、これは教団とジーク達の和解を演出する為の場だ。神王ゼクセム──天上
の神格種達の介入により、エイテル達もこれ以上事を荒げる訳にはいかない。
握手が交わされた瞬間、方々で激しく写姿器のストロボが焚かれた。わああと市民達の歓
声と拍手が上がる。
ジーク達はステージ袖から彼女の勇姿を見守っていた。市中に現れた“結社”残党を防ぎ
に駆けつけてくれたダン達、絶体絶命のピンチから脱出したシフォン達も合流している。
「……」
レナは輝きを失い、一見してただの古書となった聖教典を胸元に抱えたまま、最初数秒固
まっていた。人々の視線が一様に真っ直ぐにこちらを見ている。
ごくり。つい最近まで、いち信徒として暮らしてきた少女にとっては、やはりそう簡単に
物ともしないとはいかぬプレッシャーなのだろう。レナはちらっと肩越しに仲間達の方を見
てきた。皆が大丈夫と頷く。ジークも、その例に漏れずに笑みを向けてやって背中を押す。
だからか、そんな仲間達の励ましを──ジークの見守りを受け、彼女は訥々と話し出す。
「えっと……。み、皆さま。初めまして。レナ・エルリッシュと申します。既に報道などで
ご存知の事とは思いますが、畏れ多くも私がかのクリシェンヌ様の生まれ変わり……だそう
です。私自身、つい最近まで知らず、ただ魔力の性質が当時の彼女と同じだということが判
ってこういう事になってしまい……」
わたわた。先ずは自己紹介と、謝罪のつもりだった。
もっと別の道があったのではないか? 最初の段階でもっと自分がしっかりしていれば、
これほどの事件が起こることもなかったし、犠牲者が出ることだってなかった……。
エルヴィレーナを抱えたまま、ぺこりと低く頭を下げる。だが対する人々の反応はざわざ
わとやや困惑に近いものだった。考えていなかった訳ではないが、実際にこうして発端とな
った本人の──見た限りまだ歳若く可愛らしい少女の恐縮をみて、期せずして険を潜めざる
を得なくなったらしい。
ふぁさっと長い金髪が地面に向かって垂れた。背中の白い翼が時折秋風に揺られている。
たっぷりと十数秒。その後、そっと顔を上げる。唖然としていた人々、記者達だったが、
再び写姿器のストロボが焚かれ始めた。キュッと唇を結んで正面を見つめ、エルヴィレーナ
を抱えたその姿が画になると判断したからだろう。レナは暫くされるがままにされていた。
そしてストロボの光が止んできた所で、口上を続ける。
「正直言って、今も私がクリシェンヌ様だということにはまだ実感が持てません。クリシェ
ンヌ様だった頃の記憶だってありませんし……。でも、この力が、二年の修行で得たこの力
がそうだというのなら、私はただ一人安全な所で待っているのではなく、一番苦しんでいる
人達の為に使いたい。ジークさ──ブルートバードの皆と一緒に戦いたい。ずっと一緒にい
て欲しい家族だから。皆を、皆さんを“結社”の魔の手から守りたい……」
お願いします! 再び深く下げられた頭。それは紛れもなく懇願だった。
これからも彼らと一緒に──。それがレナの願いだった。養父のそれだからというだけで
はなく、自らの意思でそう望む。現代の聖女として過保護に守られるより、多くの苦楽を彼
らと共にする。それができなくて、何が象徴か──。
ざわっ。しかしそれは直後ピタリと止む。
人々は息を呑んでいたのだ。彼女の真っ直ぐな想いに、詳しい内情を知らずとも心打たれ
るものがあったからだった。
「それが、貴女様のご意思ならば。我々教団としても最大限の助力を惜しまないでしょう。
ジーク皇子。クラン・ブルートバードの皆さん。どうか聖女様を宜しくお願いします」
加えて、このタイミングを待っていたかのようにエイテルが再びレナの手を取り、袖にい
たジーク達にそう念押しを掛ける。勿論──。彼らの誰もが、その返事に臆することなどな
かった。元よりそのつもりだ。彼女達の方はまだ神託御座直々の命が故に託したに過ぎない
のかもしれないが、自分達は始めから、そのつもりで此処にやって来た。
「はい。必ず」
「任せといてくれ。何があっても、守ってみせる」
お……おぉぉぉ!! その刹那、ステージの周りを囲む人々が一斉に歓声を上げた。大き
く両手を挙げ、万歳を叫ぶ。
「聖女様、どうかご無事で!」「お守りください!」様々な叫びが飛ぶ。中には一心に両手
を擦り合わせ「ありがたや、ありがたや……」と熱心に祈り始めるお年寄りも少なくない。
「……何とか、丸く収まったな」
「ええ。一時はどうなるかと思ったけど……」
「全くだぜ。本当、調子のいい連中だ」
轟く歓声に紛れて、ダンやイセルナ、仲間達が安堵の呟きを漏らしていた。ジークもそう
人々の掌返しに皮肉っぽい言葉を零すが、内心はそれ以上にホッとした思いが勝っている。
「……」
壇上で、レナは優しく笑っていた。あまりに人々が熱狂するものだから、少々気圧されて
苦笑している節もあったが。
破顔するその横顔が眩しかった。
金糸のような長髪が揺れ、白鳥系鳥翼族──綺麗な白い翼が気持ちその喜色に合わせて
はためくかのように。
ジークは見守っていた。仲間達も、同じくステージの袖に立っていた。
深まってゆく秋の微風は、火照る心を適度に慰め、空を清々しいほどの青に染め上げる。




