78-(6) 聖女再臨
「紅梅……三分咲!」
「ブルート!」
二体の狂化霊装に、ジークとイセルナが挑みかかる。
《爆》で強化されたオーラの斬撃を、精霊融合──攻撃特化の蒼鎧態から繰り出す冷気の
半月剣で一刺しを。二人の渾身の一撃が、より堅固に強化されたヴェルセーク達の装甲を貫
いていた。
鱗状刃の右腕が、肩ごと斬り剥がされる。
内側から膨張した氷刃が、右半身を砕き飛ばした。
断面から見えたのは、ヴェルセークの中身だった。使い潰され、真っ白になった生身の人
間が一人ずつ、虚ろな瞳で収まっている。二人はそれを確認すると、彼らをむんずと掴んで
引っ張り出した。だがどうっと、動力源にされていた彼らは倒れ込んだが、床に転がれば転
がったままで目を覚ます様子はない。
「あらあら……流石にやりますね。ここまで盛り返してくるとは」
五体いた狂化霊装は残り一体まで減っていた。それでもシゼルは不敵に笑いながらパチ
パチと拍手をし、この残す一体が彼女を庇い守るように立ちはだかる。
『──』
そんな彼女を、リザの操る人形達が狙い続けている。
《反》の色装という強力なカウンター能力を持つシゼルには、これ以上生身の残存兵力を
ぶつける訳にはいかない。実際それに気付けず、神官兵の側が大分返り討ちに遭ってしまっ
た。今はハロルドを軸にオートマタ兵を一掃し、教皇や枢機卿達、そしてリザに治癒魔導を
かけ続けているレナを守りながら上階への出口を確保しようとしている。
「……しつこいですね」
しかし、ジークやイセルナ、リザの姿を模した人形達は、やはりこの《反》の防御壁の前
に一撃すら入れられていなかった。振り下ろした攻撃が弾かれ、反転して己に襲い掛かり、
また一体また一体と消滅してゆく。
「まだ……まだです。私の色装なら、貴女を足止めすることぐらいはできる!」
「り、リザさん落ち着いて。無茶ですよう。そんなに力んだら傷口が開いちゃう……」
レナの《慈》による回復を受けながら、それでもリザは《鏡》の色装で分身を作り出し、
攻め続けさせることを止めなかった。
あと一体だ。あと一体、二人が破壊できれば、あの女から聖教典を守れる……。
「ふむ。あまり悠長に構えていてはいけませんね……。そろそろ遊びも終わりにしないと」
だからからか、少しずつ押し返されてきた状況を眺め、シゼルが呟いた。残り一体のヴェ
ルセークを祭壇部屋の前を塞ぐように配置し、踵を返そうとする。
「くそっ! 間に合わねぇ!」
「仕方ないわね。史跡のど真ん中だけど、足止めを──」
だが、ジークやイセルナ達が立ち塞がるヴェルセーク越しに左右を抜けようとし、或いは
霊廟の崩落覚悟で魔導を撃とうとした、次の瞬間だったのだ。
「ッ?!」
撃たれた。それよりも先に背を向けかけていたシゼルが、突然何者かに後頭部を撃ち抜か
れて吹き飛んだのだ。
ジーク達が目を丸くする。やっと反応して振り向けたのは、彼女が吹き飛んで自分達の後
ろまで大きく転がり込んでからだった。
何が……起きた?
しかし周りを見渡せど彼女を撃ったらしい味方はいない。そもそも、ヴェルセークを挟ん
で向こう側にいた彼女を背後から撃ち抜くなんてことは物理的に不可能な筈だ。
「──レナ!」
だが、今はそんな事どうでもいい。ジークは叫んでいた。ビクッと、当のレナが小さく身
体を震わせてこちらを見る。
「今の内に聖浄器を! あれはお前のモンだ!」
千載一遇のチャンス。ジークの咄嗟の判断だった。レナは数拍硬直し、しかし弾かれたよ
うに立ち上がると、後ろの養父の援護を受け走り出した。出口付近に篭城するオートマタ兵
が一抜け二抜けしようとするが、彼の魔導や、この期を逃すなと奮い立った神官兵達がこれ
を薙ぎ払った。うつ伏せのままのシゼルの横を抜け、ジーク達の方へ。ヴェルセークが眼光
を光らせたが、これをジークは真正面から止めに掛かる。
「させる……かよっ!」
迫り出した刃で繰り出す右腕を、ジークは二刀を交差させてがしりと受け止めた。踏ん張
った地面に大きな窪みができる。だがそれにもめげず、ジークは耐え続ける。イセルナも、
瞬時にこれを見て冷気の剣をヴェルセークの足元に向けて一閃した。瞬く間に両脚が凍り付
き、その身動きを封じる。
「はあっ、はあっ……!」
レナが息を切らせながら後ろを通り過ぎていった。期せずしてがら空きになった祭壇部屋
への道がようやく開き、一人中へと突入しようとする。
「──」
「ぬんッ!!」
その後ろ姿を、ヴェルセークが眼で追っていた。もう片方の左腕から、レーザーを溜めて
攻撃しようとする。だがジークは目敏くこれに反応し、交差を解いた瞬間に蒼桜の斬撃を飛
ばした。レナに照準を合わせようとした左腕が、綺麗にスパッと弾け飛ぶ。
「はあっ……! っ……!」
侵入者との乱戦があっても、変わらず燭台は灯り続け、中央の石棺の上には金色の輝きを
纏う魔導書が佇んでいる。
「……これが、聖教典」
んっ。そんな時だった。地面に突っ伏していたシゼルがむくりと起き上がったのは。
ひっ?! 枢機卿や、神官兵達が思わず身じろいだ。こいつ……不死身か? 何者かは分
からないが、確かに後頭部を撃ち抜かれていた筈なのに。
「……やれやれ。とんだ邪魔が入りました。……ふむ、なるほど。異相からの介入ですか。
お陰で取られてしまいました。任務失敗です」
「何が取られただ。元からお前らのモンじゃねぇよ」
「そういう貴方達の物でもないと思いますが。それにあれは、もう武器として使われるべき
代物でもない」
「……何?」
まるで逆再生するかのように後頭部の傷口が塞がってゆき、血まで綺麗に見えなくなって
いった。白灰の髪をぽりぽりと掻き、数拍何処か遠く別の所に眼を向けるようにして何やら
一人で納得している。
ジークが苛立ち、言った。その後ろでは他の四体と同様、右半身を引き剥がされたヴェル
セークから生身の人間がぐったりと転がり出ており、イセルナもブルートと融合した姿のま
ま殺気を放っている。
シゼルは哂い、言い返していた。更にその言葉は奇しくも、以前ヨーハンが呟いたそれと
酷似するものだった。
「お前ら、一体何を知ってる? 何でお前らは“大盟約”を壊そうなんて──」
しかしそんな時だった。疑問が疑問を呼び、ジークが直接彼女に問い質そうとした次の瞬
間、祭壇の方から眩い光が吐き出されてきたのだ。
な、何だ……? 思わずジーク達やリザ、エイテルに枢機卿、神官兵達が振り返り、眩し
げに目を細めてそれを目撃する。
『──』
レナだった。いや、何だか様子がおかしい。文字通りに眩しいその佇まいが、急に神々し
くなったというか……。
「……レナ?」
「いえ。何だか様子がおかしいわ。まるで人が変わったみたいに……」
「それってまさか。クリシェンヌ?」
「そのまさかのようだな。どうやら生前に、自身の記憶をコピーしていたらしい」
ジーク達が唖然とする。そのさまを視界にこそ映せど、ゆっくりと進み出したその歩みの
先には、シゼルがいた。彼女は他の面々とは打って変わってさして驚きもせず、寧ろ挑戦的
な風に立っている。
『随分と私の墓所で暴れてくれましたね。立ち去りなさい。この力はもう彼らの物です』
「アイリス・ラ=フォン・クリシェンヌの残留思念……。憎らしいですね。そこまでして今
の世界の人々を守ろうというのですか。この世界の人々“だけ”を」
『ええ。分かっています。それでも私は、私達が人である以上、人であることを諦めたくは
ないのです』
「……矮小な。それを人は、業と呼ぶのですよ」
レナの身体を借りたクリシェンヌとシゼル、二人の人物が距離を取って相対していた。
所々言葉の意味が分からない。だが少なくともこの両者が決定的に隔絶していることだけ
は何となく分かった気がした。
ジーク達が息を呑む。暫くの間、二人はじっと見つめ合っている。
だがそうした末に、先に動いたのはクリシェンヌだった。金色の光を纏うエルヴィレーナ
を手にしたまま、ざっとその手を大きく高く掲げる。
──有り体に言うのならば、奇跡だった。
次の瞬間、彼女の手から膨大な光が漏れ、地下を貫いて地上へ──聖都全体へと溢れてい
った。見上げる人々、市中で戦っていたダン達や神官兵。空高く昇った光の塊は、直後無数
の雨となって降り注いだ。それらは一条一条が強力な浄化の力を纏い、市中に増殖し続けて
いたオートマタ兵を無に還した。中庭のそれも、ヴェルセークも、この光を浴びて忽然と消
え去り、或いは機能を停止して崩れ落ちる。
そしてそれは、何も地上だけの話ではない。ジーク達のいた地下霊廟も同じだった。残存
していたオートマタ兵は無に還り、引き剥がして地面に転がっていた真っ白な人々も何処か
穏やかな表情で眠り始めたような気がする。
呆然と、ジーク達は見ていた。レナなのか、クリシェンヌなのか。
少なくとも、今自分達は奇跡を──“聖女”の力、その一端を見ている……。
「……仕方ありませんね。退き時、ですか」
やがて次に、シゼルが大きく嘆息をついた。片手を白衣のポケットに突っ込み、やれやれ
と言った風に壊滅した自身の手勢らの跡を見る。
「ではまたいつか。今度会えた時には」
「あっ、ちょっ──!」
ハッと我に返って追おうにも既に遅し。次の瞬間彼女は、空間転移の光に包まれながら消
え去っていってしまう。
『……』
「レナ、ちゃん? それとも“聖女”クリシェンヌ様でしょうか?」
『はい。ですが私は原典ではありません。その司祭殿の見立ての通り、彼女がいざという時
の為にこれに遺した、記憶と人格のコピーです』
レナの身体を借りたクリシェンヌがゆっくりと歩いてくる。穏やかな金色の輝きを纏い、
優しい笑みでこちらに近付いて来る。
面食らう一同の中、イセルナが意を決して誰何した。ジークやエイテル達がちらっとハロ
ルドの方を見た。当の彼は、養女に取り憑いたこの英雄をじっと見つめている。
『断片的ではありますが、事の一部始終は見させて貰いました。悪しき者達の手からこれを
守っていただき、本当にありがとうございます』
「あ、いや……とんでもないッス」
目の前にいるのはレナ、互いに知り尽くした仲間の少女だ。
なのに何故だろう。今の彼女は、本当に直視することすら気後れするほど美しい……。
『貴方は……シキ殿の末裔ですね? どうやら半分のようではありますが』
「あ、ああ」
にも拘わらず、レナの身体を借りたクリシェンヌはジークのすぐ前までやって来て優しく
微笑む。ぼうっとして生返事を返すしかなかった。半分とは、ジーク(とアルス)の血筋が
彼の妹の系譜から延びていることを言いたいのだろう。
『今更こんなことを言ってもどうしようもないとは思いますが……ごめんなさい。当時の私
達がもっとしっかりしなかったせいで、後世の貴方達にこんなにも過酷な運命を背負わせて
しまった』
「あ、いや。別にそれはいいんだけどさ……」
正真正銘、本物の“聖女”。
ジーク達は勿論、後ろで辛うじて生き残った神官兵やリザ、エイテル、そして枢機卿達は
かなりの衝撃を受けていたようだ。中にはその後光に当てられ、平身低頭でぶつぶつと祈り
と感謝を捧げている者もいる。
「一つ訊いていいだろうか? 先程、貴女はこの力は彼らの物だと言った。それはこのエル
ヴィレーナを、私達が所有してもいいという理解でいいのだろうか?」
『ええ。貴方達に預けます。この娘の記憶から必要な情報は得ました。かの“結社”との戦
いにおいて、私達がかつて使った力の死守は絶対の急務でしょう』
うむ。眼鏡の奥を光らせて、ハロルドは頷いた。当人から許可が出たのだから、もうこれ
以上揉めることは無いし、許されない──ちらと横目でエイテル達を見たのは、そんな確認
と牽制の意味を込めていたのだろうか。
『ジーク・レノヴィン皇子』
「は、はいっ!」
そして、レナの身体を借りたクリシェンヌはジークの目の前で言った。とても穏やかで慈
しむような眼で。或いは何処となく、くすりと笑って試すような眼で。
『この娘の事を……宜しくお願いします』
「? はい。そりゃあ勿論……」
そこまでだった。直後それまでエルヴィレーナとレナの身体が纏っていた金の光は消え、
ぐらりと彼女がこちらに倒れ込んできたのだった。
「おっと……」
思わず反射的にジークはレナを抱き止める。ふわりとした感触と、女の子の匂い。どうや
ら気を失ってしまっているようだ。だらんと全身の力が抜け、全てをジークに預けている。
「──連中が消えた。やったんだな」
消滅したオートマタ兵。突然眠ってしまった信徒達。市中のダン達は突然の事ながらも仲
間がやり遂げたことに安堵し、空を見上げる。
「──何だったんだ? あれは」
「さあ……。だがとても安心する光だった。もしかすると……」
北の中庭、霊廟前ではボロボロになりながらも敵の拡散を防ぎ切ったダーレンとヴェスタ
以下神官兵一同がぐったりと座り込んでいた。荒ぶる呼吸を整え、空を見上げる。相棒から
の問いかけに、ヴェスタはちらっと此処からは見えない、地下の秘宝のことを想った。
「……終わったのですね。今度こそ本当に」
「ああ」
たっぷりと間を置いてエイテルが言う。ジークも駆け寄って来たイセルナとハロルドに囲
まれ、穏やかに眠り続けるレナを見守っていた。
「……よくやった。レナ」
フッと慈しむように笑う。彼女の頭をそっと撫でてやった。片膝をついたままのリザも安
堵の表情を浮かべ、イセルナやハロルドもふいっと頬を緩め始める。
終わったのだ。
ようやく、やっと。




