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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-78.真声にして侵すべからず
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78-(5) 負重速(ゼロヌス)

 時は更に遡る。

 当初、シフォン達はシゼルの案内で地下水洞を進んでいたが、その最深部と思しき地点に

差し掛かった頃、絶体絶命のピンチを迎えてしまう。

 言わずもがな、シゼルの裏切りであった。

『──どういう……ことだ……?』

 鍾乳洞内が下り坂から上り坂へ。足元の感触が出口への期待を呼び起こした時、先頭を行

くシゼルが「光なんてありませんよ」と呟いたのだ。

 えっ? シフォンが短く反応する。すると次の瞬間、彼女はこちらに振り向くと、かざし

た掌の魔法陣から一条の光を放って攻撃してきたのだった。

 寸前、シフォンは身体をよじって避けようとする。それでも脇腹を抉られ、どうっと大き

く膝をついた。突然の事に、後ろをついて来ていた仲間達も驚愕に引き攣り、駆け寄る。

『言葉の通りですよ。確かにこの地下水洞は方角的には教団本部の中庭に繋がっています。

ですがこの地下の岩盤を貫いて、本当に地上に穴が空いていると思いますか? もしそんな

抜け穴が敷地内にあったら、とうに埋め立てるなどの対策を取っている筈でしょうに』

 陰の差した哂い。豹変した彼女に呆然となるも、一行には確かなことがあった。


 騙された──。


 脇腹を押さえて肩で息をしているシフォン、そんな彼に駆け寄っていたクレア。いきなり

何でこんな事をするのか混乱する隊士達と、ギリッと唇を噛んで腰のホルスターに手を伸ば

そうとするリカルド。

『止めておいた方がいいですよ。貴方達では私には勝てません』

『うるせぇ! よくも、よくも……!』

 ジークの厚意を。

 二重速トワイスクロック! 最初に飛び出していたのはリカルドだった。背中に彫った霊装の力で加速し、

至近距離からの銃殺を狙う。

 だが、それは叶わなかった。突撃する直前、シゼルが全身に纏わせたオーラがぐんと膜の

ように広がり、彼の放った銃弾を弾き返したからである。

『ぎゃっ?!』

『えっ……? 弾かれ──』

 そしてその“反転”した銃弾は、運悪く隊士の一人の肩に。

 リカルドは目を丸くして肩越しにそれを振り返っていた。中空で跳んだまま、シゼルに隙

をみせたままで。

『がっ?!』

 二度目の、シゼルの魔導攻撃が彼を貫いていた。胸元を光線で射抜かれ、短い悲鳴を上げ

ながらリカルドはどうっと地面の上に倒れる。リカルド! 手負いのシフォンが、クレアに

支えられながら叫んだ。一方、彼が傷付けられたことで、他の隊士達がいきり立つ。

『このアマぁ!』

『よくもリカルドさんを!』

『っ、止すんだ! さっきの能力──』

 剣を抜き、銃を手に取り、彼らはシゼルに襲い掛かる。シフォンはその激情が危険だと知

っていた。だが、そう叫んだ時には既に遅く──直後、彼女の《反》が、彼らの攻撃の全て

を彼ら自身に打ち返していた。

 白目を剥き、次々に倒れ込む隊士達。シフォンは、仰向けに息を切らすリカルドは、この

奇妙な能力を前に為す術がない。

『君は、一体……?』

『私ですか。そうですね……改めて名乗っておきましょうか。私の名はシゼル・ライルフェ

ルド。“学聖”の二つ名を賜っています。貴方達のことは、ハザン殿からもしばしば伺って

おりました』

 ハザン──。そしてその名を聞いて、シフォン達が更に目を丸くする。

 確か、それは“教主”の真名ではなかったか? いつかクロムが“結社”の内情について

色々と話してくれた際、語ってくれた筈だとこの二年の記憶を呼び起こす。

『何てこった……。よりにもよって結社れんちゅうの手先かよ……』

『いえ。寧ろ彼らが私達の部下なのですが──まぁ、それはいいでしょう』

 そしてシゼルはゆっくりと倒れた隊士達に近付いていき、ふとその腕から零れ落ちた腕輪

に目を留めた。転送リングである。拾い上げるその隙を見計らい、他の隊士達が逃げようと

するも、結局誰も発動できなかった。自分一人だけが逃げることに、呵責があったからだ。

『これは……。なるほど。こちらの転移網を模倣したのですね。危ない所でした』

 故に退路を塞がれる。少し検めただけで、彼女はその用途と出所を瞬く間に理解していた

のだった。

 シフォン達に手をかざし、呪文を唱える。攻撃か!? 身構えるも、動けない。

 だがそれは攻撃ではなかったのだ。寧ろ単純にいたぶるよりも残酷なこと。一行の周りを

ぐるりと覆うように、翠色の丸い結界が出現したのだった。

『……さて。貴方達にはここで足止めを食らって貰います。ここは知っての通り地下水洞、

その一番底に当たる部分です。時が来れば地下水が満ち、貴方達は溺死する事になります。

ああ、一応言っておきますが、その結界は中からは壊せませんよ? 魔導も通らないように

作ってありますで』

 この結界を見上げるシフォン達。早速叩くが、びくともしない強度。

 シゼルはご丁寧にも説明をしてやりながら言った。くすくすと笑う。笑い、そのまま白衣

を翻して転移の光に包まれて消えていってしまう。

『ではごきげんよう。これから私は、聖教典エルヴィレーナを手に入れて来なければいけませんので』


「──くそっ! 全然ビクともしない!」

「連絡は!? 団長さん達に連絡は!?」

「駄目だ、繋がらない! 魔導が掻き消されるってことは、魔流ストリームも遮断されてるってことじゃ

ないのか?」

「うおおお! どーすんだよォ!? 水、水上がって来たぞ!? ほ、本当にこのままじゃ

あ俺達、溺れ死んで……」

 拳で叩こうとも、剣で砕こうとも、魔導を撃ち込もうとも、結界は壊れなかった。

 それでも尚、隊士達やクレアは何度も何度もシゼルに閉じ込められたこれを何とかしよう

ともがいていた。だが封印の効果も併せ持つそれは、度重なる衝撃にもビクともしない。

「おおお、落ち着いてください! な、何か方法がある筈ですっ! 何か……」

 クレアがそう自身も動揺を隠せないまま叫んでいた。透き通って、結界越しに鍾乳洞のさ

まは見えているのに、届かない。その一方でシゼルが言い残したように、気付けばこの最深

部に向かって徐々に地下水が溜まりつつあった。水位は時間と共に増し、今や膝下ほどまで

の高さに達している。

「……お、おじさ~ん……」

「……ごめん。正直、僕もお手上げだ。魔導にしろ物理的攻撃にしろ、こう限定された空間

を作られてしまえば迂闊に高威力の技も出せない。そもそもオーラ依存の攻撃が封殺されて

しまう以上、もう……」

 縋るような眼でクレアがこちらを見てくる。シフォンは非常に険しい顔を崩せず、ただ彼

女に謝るしかなかった。

 あの時サッと出現させたようで、かなり頑丈で狡猾な設計だ。

 それでも、何かある筈だ。少なくとも水は内部に染み込んでいる。つまりはそれくらい細

かい粒子であれば通るということ。問題は、それを今魔導以外の手段で以って試せるのかと

いう点なのだが。

「……」

 悩むシフォン。そんな仲間達の横顔を眺めながら、リカルドは考えていた。

 正直言ってこの状況はもう詰んでいる。時間だってあまり多くはない筈だ。今更シゼルの

策略に嵌ったことを悔いてみても仕方がない。ここが水没する前に、脱出しなければ。

(……なりふり構ってらんねぇか。もう、あれしかない)

 この状況は詰んでいる。そう、この“今”の時点では。

 仮の止血で踏み止まった身体で、どこまでもつか……。ぎゅっと、リカルドは胸元を押さ

えながら大きく息を吸い込んだ。仲間達には、直前まで悟られてはいけない。

調刻霊装アクセリオ──負重速ゼロヌスクロックッ!!)

 その刹那だった。背中に彫った刻の呪文ルーンが起動し、しかしその文様に光が点る順番は逆に

なる。

 ガクンと猛烈な負荷が全身に掛かった。世界がモノクロのスローモーションになり、直後

後ろへ後ろへ線を引きながら遠退いていく。

 負重速ゼロヌス。それは自身の時間を早めて加速するのではなく、遅延させることで時間流を過去

へと押し戻す──即ちタイムスリップさせる技である。

 だが巻き戻していられる時間は少ない。何よりも通常の加速よりも更に負荷が増す。

 禁じ手に近い、奥の手だった。だがこれしかなかった。絶体絶命の不利を覆し、あの裏切

り女に一発ぶちかましてやる為には。

(ぐぅ……ッ! 流石に……ダメージが……)

 線を引きながら遠退いていく世界が、程なくして緩まった。そこには先程まで結界の中で

もがいていたシフォン達の姿はなく、代わりにモノクロの世界の中でシゼルに先手を打たれ

て膝をつき、手負いのまま相対する彼らの姿があった。

 戻れた。先ずは第一関門。

 だが異なる空間への移動という効果は、既にリカルドの全身に猛烈で痛切な悲鳴を上げさ

せていた。一歩一歩が恐ろしく重い。一方で、シゼルが手に取った転送リングを片手に、掌

をかざして結界を作り出そうとしている。先刻の再現だった。リカルドはまるで超重力にで

も押し潰されるかのような鈍重と戦い、シゼルの後ろへと回った。震える手でホルスターに

手を掛け、銃を抜き、その口を彼女の後頭部へと押し当てる。

(これで……っ!)

 彼女を止めれば、結界に閉じ込められるという現在みらいは掻き消される筈だ。

 再び線を引きながら世界が移動してゆく。元に繋がろうとしているのだ。リカルドはモノ

クロが薄れていく世界の中で、仲間達に向かって叫んだ。

「に……逃げろおッ! 船に……戻れェ!!」

 そして同時、彼はその引き金を、最後の力を振り絞って引いて──。

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