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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-78.真声にして侵すべからず
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78-(1) 学聖

「シゼル、さん?」

「何で……?」

 かざされた魔法陣が光の粒子になって消えてゆき、石畳の上に崩れ落ちたリザに駆け寄る

神官兵やエイテル。

 だがジーク達はそれ以上に、この目の前に現れた人物について驚愕していた。魔導の威力

を物語るように余波で揺れた白衣、靡いた白灰の長髪。

 シゼルだった。聖都市中で出会い、今回の二方面作戦に大きな貢献をしてくれたシゼルが

突如としてこの地下霊廟へと一人現れたのだ。

 ジークは、レナは目を丸くしている。イセルナやハロルドは先んじて武器に手を掛けなが

らも眉を顰めている。

 どういうことだ? 予定では確か、シフォン達と地下水洞を進んでいる筈なのに……。

「貴女、一体何者なの? 旅の学者というのは嘘だったのね。その空間転移わざ、もしかしなく

ても」

「ええ」

 確信はイセルナから問い質されたもう隠すつもりもないのだろう。シゼルはフッと小さく

微笑わらうと肯定し、そっと自身の胸元にその掌を当てる。

「改めて自己紹介を。私の名はシゼル・ライルフェルド。昔、魔獣と瘴気についての研究を

していました」

『なっ──?!』

 だからこそ、一同は更に愕然とした。その名前は同姓同名でなければ、自分達が知る限り

一人しかいないからだ。

「まさか、あの七十三号論文事件の……?」

「いや、あり得ない! ライルフェルド博士は騒動の折に暴漢に殺害された筈だろう!?

そもそも事件自体二百年も前の話だ。人族ヒューネスの彼女が生きている筈がない!」

「そうですね。あの時、私は死んだ筈でした。ですが私は直後“彼ら”によって生かされた

のです」

「……彼ら?」

 イセルナが、教団の幹部達が驚き、狼狽する。

 そうなのだ。いわゆる七十三号論文事件──魔獣や瘴気が世界にとっての“必要悪”だと

証明した彼女に、それまでの信仰や常識を揺るがされた人々が大挙して反発し、最後は暴走

した一人の男によって同氏が殺害されるというこの「真理の敗北」は、もう二百年以上も前

の出来事だ。仮に実は助かっていたとしても、とうに寿命を迎えている──こうも若々しい

ままでいられる筈はない。

 ジークが怪訝に呟いた。シゼルは確かに、そう何者かの存在を示唆していた。

「そして私は後に同志となる方々に出会いました。現在は“学聖”シゼル──そのような名

を拝命しています。ジーク皇子、ブルートバードの皆さん。貴方がたの活躍についてはかね

がね。ハザン殿より聞き及んでいますよ。……ああ。寧ろ“教主”殿と表現した方が分かり

易いのでしょうか」

 故に、その名前が出た瞬間、ジーク達の怪訝は確信に変わった。彼女もまた“結社”の中

枢に届く存在だったのだ。

 ギリッ……。ジークが奥歯を噛み締める。レナがそっと哀しげに胸を掻き抱く。

 ならば今さっきの空間転移も何ら不思議ではない。元々あれは彼らの技術なのだから。

「……騙してたのか。最初っから」

「状況からしてこれがベストだったというだけですよ。まさか貴方が保守同盟リストンの刺客を追い

払いに来てくれるとは想定外でした。感謝しますよ。私は、あまり戦闘は得意ではないので」

 静かに怒りを溜めるジーク。そんな彼に、シゼルは微笑わらっていた。胸元に手を当てたまま

僅かに小首を傾げ、自らに降りかかった僥倖を慈しむ。

「今回の目的はクリシェンヌの転生体でした。貴方達が聖教典エルヴィレーナの封印を解くのは分かってい

ましたから、私はその瞬間を待てばいい」

「……っ」

「てめえ……よくも、レナを……!」

 言いながらそっと手を伸ばす動作。だがちょうどそんな時だったのだ。フッとシゼルを覆

うように影が出来、彼女を覆う。

 背後から甲冑騎士ガーディアン達が襲い掛かろうとしていた。主と、聖浄器に迫る悪意を感知し、これ

を排除すべく一斉にその長剣を振り下ろす。

「おっと……。そうでしたね。貴方達はどこまでいっても十二聖の僕でした」

 しかし重い幾重の斬撃にも拘わらず、シゼルはこれを再度の空間転移で軽々とかわしてみ

せた。ガーディアン達が守っていた祭壇部屋の奥へ、突撃してきた彼らを潜りその後ろへ。

背後を取られたこの甲冑騎士らは、ギロリと振り返る一方、かつての主と同質であるレナを

庇おうとする。

「レナ!」

『……』

「あっ。だ、駄目! ジークさん達を攻撃しないで! この人達は、私の味方です!』

 故に思わず駆け寄ろうとしたジークやイセルナ、ハロルド達にもガーディアンらは警戒の

眼を向けて剣を持ち上げようとしたが、慌てて叫んだレナによって止められる。

 ある程度人語は理解できるらしい。或いは声色に込められた意思を読み取っているのか。

 それでもあくまでレナを守るようにして、彼らはずらりと並び直して構えた。その巨体に

応じた分厚い剛剣が横一列に立つ。

「ま、拙いぞ。このままでは聖教典エルヴィレーナを奪われる……!」

「させるかよっ! ぶった斬ってやらあ!」

「っ! 待つんだ、ジーク君! 彼女は──」

 そして先ず誰よりも早く、ジークが地面を蹴っていた。二刀を霞む速さで抜き放ち、同時

に刀身と全身にオーラを込め、先制の一閃を繰り出す。

「──」

 だが、直後ハロルドの察知した異変も間に合わず、シゼルは動いた。静かに彼女もまた全

身にオーラを込め、スッとかざした掌の前に小振りの障壁を作ったのである。

「っ!? ぐっ……!」

「いきなり斬り掛かるとはスマートではありませんね。言ったでしょう? 私はあまり戦い

が得意ではないのだと」

 謙遜する。だが実際の状況、力関係はまるで逆だった。ジークの刃はシゼルがかざした障

壁によって阻まれ、ぴくりとも動かすことができない。驚愕を含め、じわりとジークの額に

汗が滲む。

「──ガッ?!」

 そして、弾かれた。並みの防御では押し通してしまう筈のジークのパワーを、彼女は易々

と跳ね返してみせたのだ。

 しかも当のジークは弾き飛ばされながら白目を剥き、ダメージを受けている。まるで攻撃

がそのままそっくり自分に返ってきたかのような……。

「ジーク!」

「ジークさん!」

「……やはりか。気を付けろ! 彼女の色装は《反》──あらゆる攻撃のベクトルを反転さ

せて打ち返す能力だ!」

 はん、てん……? どうっと石畳に転がったジークが肩で息をしながら、周りの神官兵・

枢機卿達が目を丸くしながらこの裏切りの学者を見ていた。

 ゆらりとオーラが彼女の全身を覆っている。一見して静かだが、落ち着いて視ればそれに

込められた力の密度の尋常なさが否応なしに読み取れる。

「……何ですか、これは。あのオーラの量、尋常じゃない」

「もしかして、魔人メア? だから殺されても……」

「いや。彼女からは抱え込んだ瘴気は感じない。少なくとも、肉体的には正常だ」

 エイテルが見氣を凝らしながら絶句している。イセルナも剣を抜き、構えていたが、その

推測は直後肩の上に顕現したブルートが否定する。

「当然です。私達は、それよりも更に上の存在──選ばれし者なのですから」

 ……それはどういう? 眉を顰め、ジーク達が問い返す前に、シゼルは指をパチンと鳴ら

した。するとそれまで何もなかった空間から多彩に武装した黒衣のオートマタ兵達と、右半

身をより強固な装甲で覆った黒騎士が計五体、現れる。

「オートマタ兵と……狂化霊装ヴェルセーク!?」

 それはこの二年で改良が重ねられた、“結社”の汎用戦力達だった。

 一方は数。用途に応じて様々な武装を着脱できるよう設計を見直し、使いこなせるよう個

体自体の技量を強化し、白兵乱戦において更なる猛威となった黒衣の人形兵。

 一方は質。強い魔力を持つ人間を丸々生贄──核として用いる点は変わらずとも、かつて

弱点であった右胸を、更に強化した鱗状刃の外骨格で覆い、左手には使徒グノアのレーザー

砲も搭載する漆黒の狂化兵。

 ヴェルセーク達はそれぞれが先ず甲冑騎士なガーディアン達に襲い掛かった。数の上では

大きく劣る筈なのに、先手を打ったこともあってかぐいぐいと押していく。一方オートマタ

兵達はシゼルを、祭壇への入口を塞ぐように陣形を組む。

「くっ……」

「邪魔を、するなあァァァ!!」

 ジークが、イセルナが、ハロルドが地面を蹴ってそうはさせじとなだれ込む。次々と群が

ってくるオートマタ兵を叩き伏せ、二人の剣閃がシゼルに向かうが、彼女はまたしてもこれ

を自身の《反》でもって防御。傷一つ付かずに二度三度と弾き返してしまう。

「ひっ、ひいっ!」

「総員集まれーッ! 教皇様達をお守りしろォ!」

 枢機卿達が逃げ惑う。後続に置かれた神官兵達が、それでも猛スピードで頭を回転させ、

守るべき者らを地上に逃すべく円陣を組んでゆく。

「無駄ですよ」

「っ! また……」

「ああ、出口が塞がれた……。もうお終いだあ……!」

 しかし再びシゼルはオートマタ兵の一団を召喚し、これを地下の出入口の前に展開させて

立ち塞がらせた。元より戦場など無縁の枢機卿らの多くは狼狽し、泣き喚いた。圧倒的に数

で勝る敵を前に、神官兵らが苦渋のままに武器を取る。一体また一体と、ガーディアン達が

ヴェルセーク達によって破壊されていく。

「くそっ! 馬鹿みたいにわんさかと……」

「レナ、私達の後ろへ。離れないように」

「う、うん。でも……」

 地下空間という地理がここに来て不利に働き始めた。有り体に言って、ジーク達は絶対絶

命のピンチに追い遣られてしまったのである。

「──ガッ!?」

「グエッ!」

 だが、それでも彼らは諦めなかった。オートマタ兵の群れにシゼルとの距離を引き剥がさ

れる最中、ふと別の誰か──ジークやイセルナ達とそっくりの戦士達がこれを削り取るべく

加勢に入ってきたのだ。

「これは……」

「マクスウェル!」

「……数なら、何ともでなります。総員、全力で教皇様と枢機卿をお守りしなさい! 聖教

典は私達が、何としてでも確保します!」

 リザだった。一度は不意打ちの一撃を受け、倒れていたが、途中で介抱する部下を振り払

い、残る力を振り絞ってジーク達の“映し身”を作り出したのだ。

 しかしその胸元からはぼたぼたと血が滴っていた。ジーク達が、エイテル達がごくりと息

を呑んで彼女に眼を遣っている。

「……無茶をなさいますね」

 シゼルは小さく哂っていた。光り輝く祭壇を背に、黒く蠢く下僕達を従えながら。

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