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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-69.羽捥げし、蒼染の鳥(ブルートバード)
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69-(6) 狙い来た者達

「な、何だ……?」

 セイオンとハロルドのやり取りから、今回のトラブルの内実が見えてきてから半刻ほどが

経った頃だった。陰気の類という点では変わりないが、この事ですっかり棘が取れて別の意

味で居た堪れなくなった留守番組がぱらぱらと集うホームの酒場を、軽くノックする音が聞

こえた。団員達が思わずビクンと身体を強張らせる。

 通りに面した此処の出入口は、カーテンを引いて中が見えないようにしているし、そもそ

もここ暫くはずっと「CLOSED」の札と諸事情により休業中との注意書きが貼り付けて

あるのだ。何より今は……トラブルの真っ只中でそれ所ではない。

 少なくとも、自分達の事情を大なり小なり知っている筈の──街の住民ではなさそうだ。

 ごくり。眉間に皺を寄せ、互いに顔を見合わせて、団員達はおずおずと掛けていた扉の鍵

を開けに近付く。

『……』

 店先に立っていたのは、茶色いフード付きのマントを目深に被った一団だった。

 旅人だろうか。道行く疎らな人々が時折その後ろでちらちらと視線を遣っている。しかし

この応対した団員達の直感が、彼らがそんなただの訳知らぬ素人であるという可能性をすぐ

さま否定してくる。

「あ、あの~……すみません。ちょっと酒場の方は休んでるんですよ~」

「ええ。分かっていますよ。そちらにも張り紙がありますし」

「そもそも私達は、客ではありません」

 すると直後、やんわりと追い返そうとした団員の言葉を遮り、一団はそのマントを一斉に

脱ぎ捨てた。

 その姿は揃いの黒衣。肩や胸当てといったどう見ても軽装ながらに防具、武装。

 そして何より──各々の胸元にあしらわれた三柱円架のピン。

「っ!? あんたら……!」

「申し遅れました。初めまして。私の名はリザ・マクスウェル──クリシェンヌ教団直属、

史の騎士団の団長を務めています」

 だからこそ、一同は激しく狼狽した。はたして教団関係者だったのだ。

 それも……史の騎士団のトップ。アッシュブロンドのミドルショートの髪をサラリと靡か

せて、同騎士団総長・リザは流麗な所作で挨拶をしてきた。背後には隊長格と思しき神官騎

士が三人と、更に兵卒な部下ら三十人弱。

 ……拙い。

 店先で応じた団員達と店内の団員達、リカルド隊士らがまるで錆び付いたブリキ人形のよ

うに互いに顔を見合わせ、サァッと冷や汗・脂汗を流し始めた。

 よりにもよって。

 よりにもよって、今一番現れてもらっては困る類の者達が押しかけて来た。

「そちらの、部下の隊より本部に報告がありました。事態の重大性を鑑み、私自らこうして

足を運ばせて貰った次第です」

「なっ……!?」

「て、てめぇら、何て事してくれやがったんだ!」

「やっぱお前らは俺達の敵なのか!?」

「え……? いや、ちょっと待て」

「そんなの聞いてないぞ!?」

「いや、そういや確かボーンズ辺りが教会に行っていたから、もしかすると……」

「……マジか」

「お、おい。どうするんだよ?! あの話が本当だったとしたら──」

「どうかなさいましたか」

 ざわめく団員達。慌てるリカルド隊達。

 やはり裏切ったのか? 一部の団員が彼ら隊士に掴みかかったが、当の本人達すら殆ど覚

えがない。辛うじて一部の隊士が勇んで報告が行ったかもしれない可能性を思い出し、双方

が再びざわつき……しかしてリザが、そこに割って入るように静かな声を差し挟む。

「うちの部下がお世話になったようで……。ブルートバート幹部、ハロルド・エルリッシュ

殿はおられますか」

 リザはあくまで丁寧に喋っている。

 だが教団直属の騎士団長という肩書きが示す通り、彼女は間違いなく只者ではなかった。

 努めて冷静な振る舞い。しかしその背後には巨大で静かな威圧感が漂う。

「あ、いや……」

「そのぉ……」

「代われ。このまま立ち話という訳にもいかないだろう。……街の人達が見ている」

 躊躇う団員達。そうしていると騒ぎを聞き付けてアスレイやテンシン、ガラドルフといっ

たクランの隊長格達がやって来た。アスレイは神妙な面持ちで場を引き受けると、とりあえ

ず今この状況をこれ以上衆目に晒さない為にも、一旦彼女らを酒場の中に入れる事にする。

「その、ハロルド殿は……現在手が離せません」

「ではエルリッシュ隊長を出してください。事情を聞かねばなりません」

「……彼も出られません。負傷、しておりまして」

 臨時の代表となったアスレイとリザ、両者がテーブル席の一角に相対して座る。その背後

周りに団員やリカルド隊、史の騎士達がそれぞれの長を囲む。

 さりとてアスレイ自身にも明確な打開策がある訳ではなかった。ただ徒に荒事にしてしま

っては拙いという思考だけが大音量で赤色灯を鳴らしている。

 スッ……。しかし対するリザはその冷静な表情かおのまま、何処か精神的マウントを取るよう

に言ったのだった。

「ハロルド・エルリッシュに瀕死の重傷を負わされて、ですね」

「──っ」

「そんなに驚かないでください。報告を受けたと言ったでしょう? ……それに、何も本部

がこちらに対して持っているパイプはエルリッシュ隊長だけではないのですから」

 にこり。彼女はそう穏やかに笑っている。

 要するに密偵の類か。おそらくは大よその状況──今回の私闘の背景も、いや教団だから

こそ、既に把握済みだと考えてしまっていい。

 アスレイが、背後傍らのテンシンやガラドルフが渋面を浮かべていた。

 さて、そうなれば一体どれだけ「話し合い」が通じるのか。

 冷静に事が荒立たなければしめたものだが、場合によっては始めから……。

「例えば、二年前の貴方達の修行開始時、ハロルド・エルリッシュが娘・レナの色装習得に

難色を示していたこと。発現した彼女の色装が《慈》──我らが開祖、聖女クリシェンヌの

それと全く同じであるということ。現在、クラン幹部の殆どが地底武闘会マスコリーダ出場の為に不在──

同兄弟が秘密裏に接触を図るには絶好の機会だったこと」

『……』

 後者であった。私闘の件に留まらず、彼女らはレナの正体まで把握していたのだ。

 やはりそれも教団の密偵か。部外の協力者か。一体、何処のどいつだ……?

 だが、今はそこを突いている場合ではないだろう。実際教団の使者、リザ・マクスウェル

が部下達を引き連れてここまで迫って来ている。次の瞬間──恐れていた言葉を発する。

「──こちらの用件はただ一点のみです。ハロルド・エルリッシュ及びレナ・エルリッシュ

を我々に引き渡していただきます」

 団員達、リカルド隊達はそれこそ絶望のどん底に叩き付けられた気分だった。特に隊士達

にとっては一部の仲間の勇み足で起こった事態である。責任を感じない訳がなかった。この

二年間で我らが隊長は、血の繋がらないあの少女をかつてのようにとても可愛がっていた。

今ここでその彼女と、兄を連れ去られては、もう顔向けができない。

「……返事はどうしたのですか? まさか拒否するとは言いませんでしょうね」

「非はどう見たってお前らだろう? 一旦はリカルドの奴を懐に抱え込んでおいて、結局は

ボコボコにしやがった。落とし前とすりゃあ軽過ぎるくらいだ」

「まぁ、ただ私達は同志の要請があった通り、粛々と任務をこなすだけです」

 リザの背後に控えていた三人の隊長格も、其々さも当然と言わんばかりに言葉を紡ぐ。

(おいおい。これって拙いんじゃねーの?)

(……ああ。街の人達に見えぬようにしただけで、何も変わっちゃいないからね)

(そもそも相手が大き過ぎる。ここで抵抗すれば、それこそ教団という巨大組織を敵に回す

事になるぞ)

 ひそひそとテンシンに応えてアスレイが、平時三割増しの顰めっ面でガラドルフが。

 勿論、彼女達はその威圧効果を充分解っていて訪ねて来た筈だ。団長や殆どの幹部が不在

な今、その中でも唯一の指揮官役であった筈のハロルドが出られない今、そもそも自分達に

クランの行く末を左右する程の決定など出来る訳がないのだから。

「待ってください……! 総隊長!」

 だがそんな時だったのだ。はたと背後、酒場の奥の方から、残りの神官騎士らに支えて貰

いながらリカルドが歩いて来た。

 目が覚めたのか。しかし未だ怪我のダメージは少なくなく、頭も身体のあちこちも包帯だ

らけで、見るからに痛々しい。

「エルリッシュ隊長。無事……とは、少し言い切れませんね」

「それは教団の意思ですか? 教皇様からの勅命ですか? 待ってください。つい部下達が

先走ってしまいましたが、これには事情がありまして──」

 リザのあくまで沈着冷静な第一声が飛ぶ。部下達に支えられながらリカルドが訴える。

 兄貴とレナちゃんを連行する? させては駄目だ。教団やつらの為に二人が“犠牲”になる。そう

なったらもう取り返しがつかない。

 ……やっとなんだ。やっと、解ったんだ。

 実際に兄貴と戦って話して貰えて、ようやく知る事ができた。守るべきものは昔からすぐ

近くにあったんだ。もう、間違えない。間違えたくない……。

「どういう事でしょうか? エルリッシュ隊長」

「まさか──我々を裏切るお心算ですか」

「……っ」

 しかしそんな庇い立てはやはりリザに、そして背後の三人の内、唯一女性の隊長格の騎士

に疑われる。いや、おそらく──兄弟という関係を知っている分──予想した上でここに来

ているのだろう。

 リカルドは思わず喉を詰まらせた。

 でも、どうすればいい……?

「余計な気を回すな。リカルド」

 しかしである。次の瞬間同じくして現れたのは、薄汚くやつれてしかし静かな怒りを瞳に

宿したハロルドであった。傍らにはセイオンがおり、視界に映った場の面々をざっと見渡し

てからリザ達を見遣る。

「私からも異議を申し上げる。こちらも彼女らに用があって訪ねて来たのだ。そちらの一方

的な通告には了承しかねる」

「“青龍公”……。これはこれは、七星の一角が直々に。それはどのようなご用件ですか?

やはりレナ・エルリッシュの正体に関する事でしょうか?」

 片や、世界屈指の信者数を誇る教団が従える騎士団長。

 片や、世界屈指の実力を持つ冒険者達の頂点。最強の空戦団長。

 静かに、両者の間に火花が散り始めていた。アスレイらを含む団員達が、リカルドや部下

の神官騎士達がその迫力に思わず身じろぎ、息を呑む。

(兄貴……)

 しかし中でも尚、リカルドはまた少し違った感慨を抱いていた。

 他ならぬハロルドの態度、先程の言葉である。

 まだなのか? まだ自分達を許してはくれないのか……?

 この状況にあっても未だ頑ななままの兄の姿が、まるで未だ責め続けられているようで、

リカルドは胸が再び塞がる思いだったのだ。

「──これは参ったね。随分と多いじゃないか」

 だが、更にである。

 またしても次の瞬間、今度は酒場の扉から入って来た者達がいた。

 王冠と天秤、宝剣と長盾のエムブレム──統務院の肩章と揃いの軍服に身を包んだヒュウ

ガ・サーディスとグレン、ライナのサーディス三兄妹及び、配下の手勢達。

 統務院直属懲罰軍。通称“正義の剣カリバー”の面々であった。

 リカルドもハロルドも、団員達もリカルド隊も、リザやセイオン達も。

 場にいた者達の殆ど全てが、再三の予期せぬ来客に面を食らっていた。またしても外の通

りでは街の往来が──人々がざわめき、野次馬を形成しながら覗き込み始めている。

「でも一番の先約は俺達だ。……知ってるだろ?」

『……』

 クラン対リザから始まり、リザ、セイオンと──ヒュウガ達。

 気付けば三つの勢力が散らし始めた静かな火花に、団員達は思わず震え上がるのだった。

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