77-(7) 天啓そして
クリシェンヌ教団と続いていた一連の諍いは、思いもよらぬ鶴の一声で解決した。
何せ「神」直々の命令なのである。こと信仰の徒にとっては絶対の言葉であるのだろう。
聖都を舞台とする捕物帳は終止符を告げ、程なくして市中で暴れていた傭兵達も“結社”の
手先であることが判明した。
『そもそも、天上の神々がこうも具体的にお言葉を述べるケースは少ないのです』
団員を騙る彼らが拘束され、連行されてゆくさまを眺めながらエイテルは言った。曰く天
上層の神格種達は、人々に“語られる”ことで半不滅の存在となっている。故に不用意に何
かに肩入れし、不興を買ってしまえば自身の消滅にも繋がってしまうのだと。
ジーク達は思い出していた。地底武闘会本選でのことだ。
確かあの時、自分達を狙ったレダリウスという神も、世界中に放送されている中で名を明
かされ、目の前で消滅してしまった。……もしかしたら今回は、単にあの時の挽回を図った
だけのことなのかもしれない。
神の威厳は示されたが、教団の威信は下がった。
下部組織を犠牲にしてでも、自分達を守った。
だが今は、そんな神格種らの打算を暴き立てる必要性は感じない。
「──では改めて。こちらが始祖霊廟、開祖クリシェンヌの墓所となります」
市中はまだ偽団員騒動の余韻が残っていたが、ジーク達とエイテル以下教団関係者は本部
中庭の始祖霊廟前に集っていた。エイテルとリザ、教皇と騎士団長の二人が案内役となり、
正面入口の石扉に立ったレナを促す。
主神直々の命令とあらば従わざるを得ない。これまでと会談中断までの態度は何処へ行っ
たのか、彼女らは部下に石扉に取り付けられていた幾重もの鍵を外させる。レナの胸元には
琥珀色の小珠──“勇者”ヨーハンから預かった志士の鍵がそっと抱えられている。
「さあ奥へ。聖教典は、この先の封印区画に収められています」
レナとエイテル、その前を守護するようにリザが歩き出し、ジーク達もぞろぞろとその後
をついてゆく。霊廟は入ってすぐ下り階段になって掘り下げられており、外観よりもずっと
広々としていた。淡青を含む白を基調とした石室のあちこちに、細緻な文様が惜しげもなく
彫り込まれている。生前の彼女がどれだけ影響力を持っていたかを物語るようだ。
「これが人一人の墓か……。大層だな……」
「権力者とは概してそんなものだよ。特に時代を牽引した英雄となれば尚更ね」
ドーム状の石室を見上げながら、ぼうっとジークは呟いた。ハロルドは真っ直ぐ前方の娘
を見つめたまま、そう悟ったように応じている。
「ジーク、儀式中は大人しくね?」
「ええ。分かってますよ」
傍らのイセルナも小さく苦笑っていた。もう彼らと揉めるのは御免なのだから。
(ただ、当のクリシェンヌ本人は、こんな特別扱いをされて幸せだったのかなって……)
外観もさる事ながら、内部の構造はそう複雑過ぎるという訳ではなかった。
先ずは地下一階。すとんと道なりに進めば三方に分かれ、それぞれに大きな石棺が置かれ
ている。だがそれはエイテル達曰くダミーらしく、この三部屋に隠されたスイッチを押す事
で最初来た道の一角がスライド、更に地下への道が開ける。
クリシェンヌ本人の墓所はその先にあった。階段を降りて地下二階へ。途中同行する神官
達が魔導の灯りを置いていきつつ、左右のくぼみに収められた小振りの石棺と副葬品の数々
を通り過ぎる。目的の場所はこの最奥にあった。分厚く巨大な石扉が、一行の前に突如とし
て立ち塞がったのである。
「ここです。教団設立以来、この扉が開くことはありませんでした」
聖女様。エイテルが傍らのレナを促す。コクリと頷き、レナは扉の前に進んでそこに彫り
込まれたレリーフを観た。
見れば中央に小さな丸いくぼみがある。そのくぼみに向けて、少し上から縦に枝葉を思わ
せる溝が彫られていた。
「……このくぼみに、鍵を……」
カチリ。はたして志士の鍵はぴったりとこの丸いくぼみに嵌った。一瞬、チラッと光った
ような気がする。更にレナはリザに差し出されたナイフを人差し指の腹に当て、滲み出した
血をこの溝に這わせた。
『!?』
するとどうだろう。レナの血を受けた小珠は、クゥゥンとにわかに内部で駆動音を鳴らし
始め、同時に硬く閉ざされていた石扉を左右に開いていく。封印が解けたのだ。志士の鍵と
十二聖の血で封印は解かれる──それは“聖女”と直接血縁のない筈のレナでもよかった。
駄目元で試してみたのだが、どうやら『血』とは肉体的なそれだけではないらしい。
「ひ、開いた」
「やはり本当に、聖女様の……」
『……』
ざわめく神官達。ジークらは、それに努めて反応しないように進む。
最深部の部屋は左右にずらり設えられた祭壇で、その正面中央の台にクリシェンヌの物と
思しき石棺があった。踏み入れた瞬間、ガタッと両の壁際に立っていた甲冑騎士らが動き出
したが、次の瞬間には一斉に握った剣の先を地面に向けて跪いていた。どうやらレナを、本
来の主人・クリシェンヌだと認識しているらしい。
若干驚いた。だが紛れもなく正規の方法で進入した自分達に、このガーディアンらは危害
を加える意図はない。一行は再び歩き出した。そして石棺の上に、何故か煌々と点り続けて
いる燭台の灯に照らされて、金色の輝きを纏う魔導書──聖教典エルヴィレーナは在ったの
である。
「……あれが」
「そのようですね。私も、初めて見ます」
「さぁ聖女様、お手を。かの秘宝をその手にしてください」
そうして先頭をゆくリザに振り向かれ、ついっと手を差し伸べられたその時だった。レナ
がごくりと喉を鳴らし、ちらと肩越しに頷くジーク達三人を見た後、このエスコートされる
手を取ろうとし──。
「そこまでです。封印解除、ご苦労さま」
声がした。いや、何より突如として現れたのだ。
ちょうど祭壇を背にして振り向いたリザの真後ろ、その空間に、藍色の魔法陣を描きなが
ら現れる人影。な──!? しかし気付いた時にはもう遅かった。次の瞬間振り向いたリザ
は、直後この人物から放たれた魔導をもろに受け、胸を一条の光に貫かれたのである。
「マクスウェル!」
目を丸くしてその場に崩れ落ちてゆくリザ。エイテルが、同行する神官兵達がつんざくよ
うな悲鳴を上げていた。
レナが怯えて後退る。ジーク達が半ば反射的に得物に手を掛ける。
だがそれ以上に、ジーク達は驚愕したのだ。現れたその人物を見て、頭を殴打されたかの
ような不意打ちを喰らったからだ。
「……そんな表情しないでくださいよ。少し、傷付きます」
シゼルだった。
魔力の余韻に煽られるまま白衣を揺らし、その微笑にこれまで無かった陰を差した、協力
者シゼルだったのである。




