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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-77.かくて携えぬ者達は
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77-(6) 悪魔的一致

 会談が着地点を見つけようとしていたその頃、クロスティア市中ではある異変が起ころう

としていた。それまで平静を取り戻しつつあった街の各地から傭兵姿の男達が現れ、巡回し

ていた神官兵らに襲い掛かったのである。

「ぐっ……!? 何だ、お前らは!」

「敵襲、敵襲ーッ!」

「まさか奴らが……?」

「うろたえるな、とにかく応戦しろ! 市民を守るんだ!」

 にわかに湧いて出たような荒くれ達。彼らは不意を突かれた神官兵らに組み付き、次々と

押し倒していった。覆面をしていて人相は知れない。だが目の前の現実に、会談の実現でよ

うやく戻り始めた街中の人々を守る為に、神官騎士らの指揮の下、その剣や銃が引き抜かれ

ては交わってゆく。

「俺達は、ブルートバードだ!」

「団長達を救い出せ!」

 何より傭兵ら自身がそう叫んでいたことが、疑いの根っこになった。元より教団に楯突い

たこと自体に眉を顰めていた市民らも少なくはなかったのだ。萎みかけた疑心はかくして再

び刺激され、聖都の至る所に剣戟の音が響く。

「……やれやれ。上手いこと引っ掛かってくれたぜ。あの方も回りくどいよなあ。邪魔だっ

てんなら言ってくれりゃあ潰すのによ」

「これも作戦の内なんだろう? とにかく任務は果たした。戻るぞ」

 そんな堕とされた狂気を街の高台から見下ろすのは、リュウゼンとヘルゼル──“結社”

の使徒二人だ。気だるげに着流しを揺らし、黒い背の翼を翻し、彼らはそのまま人知れず姿

を消してしまう。


「街で暴れてる……? 違う、そんな予定なんざ俺達にはない!」

 謁見の間。報告に転がり込んで来た神官兵の言葉に、ジークが目を見開いて叫んでいた。

団長イセルナやハロルド、レナも同じくだ。驚いて目を見開き、或いは眉間に皺を寄せ、胸

元を不安で掻き抱き、少なくとも何者かが自分達を陥れようとしている事だけは理解する。

「そ、そもそも他の皆さんは船で待機している筈です。こんな勝手なことする筈が……」

「ああ。仮に行動を起こすにしても、イセルナに連絡の一つもなしというのは考え難い」

 四人は互いに顔を見合わせ、しかし自分達が追い詰められることを予期していた。はたし

てそれはやって来る。顔を真っ赤にした枢機卿の一団が、神官騎士らを連れて謁見の間へ舞

い戻って来たのである。

「貴様らァ! 謀ったな!」

「教皇様を人質にする気か!? そうはさせんぞ!」

「ま、待てよ。俺達じゃねぇって……!」

 あたふたと胸の前で両手を交差させる。ジーク達は何とか誤解を解こうとした。そもそも

こんな実力行使に出て何のメリットがあるのか? 交渉が決裂すればシフォンらに霊廟を確

保して貰う計画でこそあったが、それはあくまで教団あいて側が撥ね付けて止まなかった場合の筈

である。

「……仕方ありません。交渉は一旦中止せざるを得ませんね。皆さん、一時こちらで身柄を

預からせていただきます」

「はっ? いや、どう考えても偽物だろ? 団員おれたちじゃねえって!」

「それも含めて、ですよ。話の続きは彼らの正体がはっきりしてからにしましょう」

「そ、そんな……」

 加えてエイテルも、この状況において敵対行動に出た。尤もそれは立場上仕方ないことな

のだろう。交渉は着地点を見出しつつあった。彼女自身もそれで終わると思っていた。だが

守護すべき聖都の人々に危害を加える勢力──ブルートバードを名乗る者達が現れた以上、

容疑をもって臨まない訳にはいかない。

「……拙いわね。このままじゃ、私達の犯行にされてしまう」

「連中の身包みを剥がせば明らかになるだろうが、それを待っていてはこちらの心証はマイ

ナスもマイナス、という所か……」

 じりじりっと包囲され始めるジーク達。イセルナが静かに嘆息をつき、次いでハロルドが

懐の究理偽典セオロノミコンに手を伸ばす。

 互いに目で合図をする。ジークがはしっとレナの手を取る。ハロルドがこの魔導具の力を

借りて、短縮詠唱を完成させる。

「──閃光法フラッシュ!」

「ぐっ!?」

「ま、眩し……!」

「ぬぅ……何をしている!? 追え、追えーッ!!」


 目くらましで作った隙を突き、ジーク達は謁見の間から逃げ出した。

 少なくとも、あの場に留まっていれば不利になる。或いは更に直接陥れられる策を打たれ

ていたかもしれない。四人は教団本部を構成する神殿内を駆けた。内部をよく知るハロルド

が先頭に立ち、湧き出す神官兵らを避けながら出口を目指す。

「くそっ、一体どうなってんだよ!?」

「皆さんが勝手に動き出した……訳ではないですもんね」

「勿論よ。おそらくは私達の名を騙った“結社”か、或いは教団側の自作自演でしょうね」

「あの驚きようからすれば前者だと思うが……。だとすれば逃走は正しかった。これまでの

奴らのパターンからして、追い出した記者達の中に工作員が混ざっていた可能性がある。あ

のままでは拘束された姿を発信されていたかもしれない」

「相変わらずえげつない……。じゃあやっぱり、目的は俺達の妨害?」

「でしょうね。私達が聖浄器回収の任に就いたのは、もう把握しているでしょうから」

 後付けの状況証拠とされては堪らない。ジーク達はとにかく神官兵らとの交戦を避け、角

という角を曲がり、階段という階段を上下して逃げ回った。

 とはいえ何も無策で逃げ回っている訳ではない。こうなったら次に取るべき道は二つだ。

「連中の化けの皮が剥がれるのが先か、俺達が捕まるのが先か……」

「い、イセルナさん? シフォンさん達と連絡は? こっちに着いていないんですか?」

「ええ……。さっきから何度もコールしているんだけど、全然反応がないのよ。地下を通っ

ているにしても支樹ストリームの近くだし、回線が無い筈はないんだけど……」

 時間を稼ぐか、これを決裂とみて聖浄器回収だけに目的を変更するか。

 だが霊廟を確保する筈だったシフォンら別働隊との連絡が取れない。イセルナが何度も携

行端末から導話するのだが、反応がない。

 レナが「ふぇぇ……」と泣きそうになっていた。ハロルドもじっと眉間に皺を寄せてこの

状況に危機感を覚えている。

「まさか、向こうも何かあったんじゃ……」

「かもしれないな。仕方ない。こうなれば私達で始祖霊廟を押さえよう」

 ぐぐっと方向転換し、一路本部中庭へ。

 そこに始祖霊廟──“聖女”クリシェンヌの墓所がある筈だった。地図上はこの教団本部

の中央。石造りの渡り廊下を駆け抜け、途中から飛び出す。ざざっと緑の芝生がクッション

となって着地の衝撃を受け止める。

 はたして霊廟はそこに在った。巨大な楕円のドームを思わせる石室だ。

 だが同時にそこにはもう一人の人物が待ち構えていた。リザ・マクスウェル──史の騎士

団団長と彼女に率いられた防衛部隊である。

「……もう少し、貴方達は利口な方だと思っていましたが」

 嘆息をつくようにざらりと剣を抜き、左右に展開する兵らもこれに倣う。彼女が大きく込

めたオーラが分裂し、ジーク・イセルナ・レナ・ハロルドの四人の姿になって襲い掛かる。

「なっ!? あいつのオーラから俺達が……!」

「《鏡》の色装、彼女の能力だ。気をつけろ。見た目だけではなく能力も限りなく私達を模

倣している」

 今戦うべきではない。だが行く手をがっしりと阻まれている。

 抜くしかなかった。ハロルドが《識》でざっと教えてやりながら、迎撃体勢を取る。襲い

掛かってくる《鏡》の人形達と神官兵らを、ジークとイセルナがレナを守りながらいなし始

める。

「ちっ……。こんな場合じゃ……」

「どうして……? どうしてこんな事に……?」

 泥仕合。

 まさにそんな戦いの新たな火蓋が切らされてしまう。


『──よ』


 だがそんな最中だった。ジーク達を迎え撃つリザ、これに追いついて来る神官兵や枢機卿

達、エイテルら。そんなありとあらゆる場所にいる者達の中に、はたと何者かの声が響いて

きたような気がしたのだ。

 ハッとなり胸元を押さえて顔を上げる、天を仰ぐ信仰者達。

 統務院の王や、議員達。

 ハーヴェンス家に滞在していたダンやミア。

 或いは今日も今日とて、強硬なクリシェンヌ教徒らに迫られていたホームのアルス達。

 誰しもが胸奥に違和感を覚え、眉を寄せた。天を仰いだ。それがあたかも目に見えぬ意思

によるものであるかのように。

『──人の子らよ。争いを止めよ』

 だからはっきりとそれが聞こえた時、ジーク達は、世界は戦慄した。

 抗えない。まるで自分という存在のど真ん中──有り体に言えば「魂」を直接鷲掴みにさ

れたかのような感覚。そんな今まで経験したことのないような感覚と共に、その声は皆々の

脳裏に直接叩き込まれたのだった。

『我が名はゼクセム。創世の民が一人、この世界の開発者にしてその長。汝らが神と呼ぶ者

達の王である』

 ゼクセム。その名を聞いた瞬間、こと信仰に篤い者達は驚愕した。

 無理もなかった。何故ならその名は、この世界の始まりを語るにおいて決して外せない名

だったからだ。

「創世の……民……」

「まさか、神王ゼクセム?!」

 それは天上の王。この世界の創造に関わった神格種ヘヴンズ達の王であった。

 驚愕に人々が一斉に天を見上げている。光が差していた。眩しいほどに強く茜を帯びて輝

く光。天啓であった。それも神々の長が直接下す言葉である。

『人の子らよ、聞こえるだろうか。我が名はゼクセム。神託御座オラクルの名において命じる。人の

子らよ、争いを止めよ。クロスティアにおける一連の争いを止めよ。アイリス・ラ=フォン

・クリシェンヌはかつて我らが賢き者と認めた人の子。その魂を継ぐ少女をこれ以上翻弄す

るな。人の子らよ。彼女と共に纏まれ、祈れ。汝らが立ち向かうべき災いは、既に他にこそ

あるのだろう……?』

 神託御座オラクルによる声明だった。聞き間違いがなければ、それはクリシェンヌの生まれ変わり

であるレナを庇い、味方するとの旨であった。

 中庭に突入しようとしていたエイテルや枢機卿、神官兵らが呆然としていた。ジーク達と

剣を交えていたリザら一隊も同じくだった。普段こと信仰に篤い訳でもないジーク自身もこ

の突然の出来事に唖然としている。魂が、掴まれている。

『以上が、我らの意思である。人の子らよ、善く生きよ──』

 暫くの間、ジーク達は、世界は言葉を失って硬直していた。ようやくそれが解けたのは、

ゼクセムの声が止み、後光の如く天から差す光が消えていった頃であった。

「……まさか。しゅが御自ら……」

「レナ・エルリッシュを、庇って……」

 故にざざっと、一斉にエイテルやリザ、枢機卿や神官兵達はその場で深く深く跪くと頭を

垂れていた。ははっ! まるで擦り付けんばかりの低頭ぶり。ジークやイセルナ、当のレナ

ですら呆気に取られている。

「……。神様が、私を……」

 彼女は自らに起こった“奇跡”が信じられぬといった様子で胸元に手を当て、小さく祈り

の十字を切っていた。ハロルドもじっと後光の消えた空を仰ぎ、その青さを瞳いっぱいに映

している。

「……ジークさん」

 戦いの中で汚れた姿のまま、レナはおずおずとジークを仲間達を見た。二刀を下げ、彼は

ゆっくりとこちらに視線を向け直している。

「ああ。どうやらとんでもない所からお声が掛かったみたいだぜ」

 どうしようもなくて、苦笑する。

 終わったのだ。自分達と教団の、聖女レナを巡る諍いが。

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