77-(5) 三者会談
ジーク達と教皇エイテルの電撃会談の報は、瞬く間に世界中を駆け巡った。
勿論、その情報は顕界の中枢たる統務院にも届いている。再三のトラブルに王や議員達は
頭を抱えていた。通信越しに互いの苦悶がありありと映る。
“統務院は一体何をやっている? 彼らの親玉なんだろう?”
“戦争反対! 権力の集中を許すな!”
“少なくとも今回のゴタゴタを収拾すべき立場じゃないのか。結局尻尾切りか”
『……やれやれ。ようやく交渉のテーブルに着いてくれたか』
『だが安心はできんぞ? 聖浄器とレナ・エルリッシュ、教団がこの二つをそう簡単に手放
してくれるとは思えん』
『民からの突き上げも激しくなっている。信者を中心に、局地的なものとはいえ、問題が長
引けば長引くほど折衝点を見つけるのが難しくなる』
統務院本部議事堂。中空に浮かぶ王達を映した無数の画面。
安堵が半分、警戒が半分といった所だった。ブルートバードと神官騎士らの衝突が起きた
昨日はどうなる事かと思ったが、今朝になって前者が折れた。自ら聖都に出向き、話し合い
の場を所望したのだ。
これで収まる方向に向かってくれればいいが……。しかし暫くは、周囲のざわめきやそれ
らに乗じた政府批判が続くであろうことが予測される。王は、議員達は慎重に意見を交わし
ていた。信者を中心とした巷の者達が感情的だからこそ、寧ろ自分達の側は妙にクールにな
れているという節がある。
『やはり、我々としてもブルートバードを支援すべきなのでは?』
『外交員を送るか? 彼らは武芸の専門家ではあっても、政治の専門家ではない』
『……止めとけ。俺達が加勢したってバレただけで、教団がいきり立つ理由になっちまうぞ。
何にしたって俺達は難癖を付けられるんだ。それがメディアの仕事だろ?』
何かしら手を打つべきでは?
だがそれを、若干気だるげに玉座に着いたままのファルケンが制した。皮肉っぽく、少々
自虐的に哂ってみせ、小窓の映像に流れるジーク達の会談のニュースにちらと視線だけは向
けている。
『ああ。まだ必要最小限でいいだろう。確か先日、向こうとこちらの官吏が幾つか情報交換
をしたそうだな? その時に我々の方針は伝えてある筈だが』
『その筈です。動くのは彼らの交渉が決裂した時ですね。既に文武双方の部隊の準備は整っ
ています。いつでも動けますよ』
『……彼らを出動させずに済むなら、それに越した事はないのだがな。一度は戦いながら、
自ら交渉を申し出たのだ。何かしら手札を用意したと考えるのが自然だが……』
ウォルター、ロゼ、そしてハウゼン。残りの四盟主もそれぞれに呟き、この正念場の経過
と結果を待っていた。
もどかしい気持ちは分かる。焦燥が燻るのは同じだ。だが大きな組織に大きな組織がぶつ
かる構図が出来れば、問題は往々にしてややこしくなる。“結社”との戦いは続いている。
殊更に新しい“敵”を作りたいと思う者など誰もいないのだ。
(彼らには試練ばかりを与えてしまうな。元よりその分散の為に、我々は彼らを利用してい
る訳だが……)
個人では申し訳ないと思いつつも、王としては彼らに多くを委ねる他ない。
所詮尻尾切り。そうだ。
自分たち統務院がクラン・ブルートバードをこの役職に据えたのは、他ならぬ自らが徒に
矢面に立たぬようにする為なのだから。
『……』
第一関門は突破した。街の入り口で「頼もう」と申し出て、しかし昨日の今日の事もあり
警備の神官騎士らに取り押さえられそうになったが、ややあってトップダウンからの命令で
教団本部への進入を許された。
神殿風の内装と赤絨毯で示された道を進む。
多数の神官兵らに周りを固められ、ジークとイセルナ、レナとハロルドの四人は本部の中
枢へと案内された。謁見の間──玉座には教皇エイテルと枢機卿達が左右に控え、至る所に
施された金細工や等間隔に設けられた美麗なステントグラスが荘厳さを演出する。
人払いを。スッと立ち上がったエイテルはそう言い、最低限の警備兵を残して枢機卿らま
でもを部屋の外へと促した。教皇様……? まさか自分達が蚊帳の外にされるとは思ってい
なかったのだろう。枢機卿達は驚き、戸惑っていたが、直後他ならぬエイテルの眼光と共に
すごすごと退散させられていく。
そうして、やっとジーク達は差し向かいの場を持つ事ができた。融和の演出か、場には既
に記者達が呼ばれており、冒頭の握手だけが彼らによって四方八方から撮られた。
だが既に駆けが引き始まっている。先ずどう出たらいいものか?
記者達が退出させられてから暫く、警戒が先に立ってしまい、ジーク達もエイテルも互い
にまだ口を開けずにいる。
「……そろそろ、聞きたがり達も全員追い払えたでしょうか。お待たせしました。改めて自
己紹介といきましょう。私はエイテル・フォン・ティアナ、現在のクリシェンヌ教団の責任
者を務めさせて貰っています。まさかそちらから出向いてくれるとは思いませんでした」
「……ジーク・レノヴィンだ。こっちが団長と、レナにハロルドさん。お互い何処の誰かは
もう調べ尽くしてるだろ。今日は、このゴタゴタを終わらせに来た」
それでも、少なくともエイテルの方はしぶとく謁見の間の外に張り付く記者達を警戒して
いただけらしい。部下がやって来て耳打ちをしたのを切欠に、彼女は語り始めた。ジークも
皆を代表して応じる。尤も、やはりどうしてもその声色は険を拭い切れてはいない。
「ゴタゴタ……。先日からの聖女様の秘匿と、部下達への危害の件ですか」
「随分とご挨拶じゃねえか。喧嘩を吹っかけてきたのはそっちだろ」
「ま、まぁまぁ」
「……ジーク。落ち着いて。今日は過ぎたことを責めに来たんじゃないでしょう?」
初っ端から話は平行線のように思えた。ジークの眉間に皺が寄る。だが当のレナが、加え
てイセルナがこれを制した。きゅっと唇を結んで一旦下がる彼に代わって、彼女は言う。
「この度は互いに刃を交える結果となってしまい、非常に残念です。ちょうど私が留守にし
ていなければ、もう少し最初の状況は変わっていたのかもしれませんが」
「……」
あくまで理知的に、恭しくを装って。
だがその台詞の後半に当てつけがあったのは、ジーク達からみても明らかだった。黙して
エイテルはイセルナを見ている。勿論、団長イセルナ不在のタイミングを狙っての確保行動
だった事くらいはとうに把握している。
「我々教団としても残念です。非公式ながら、私達はこれまで共闘関係を結んできました。
しかしそれも、聖女様に対する見解の相違からかなり難しくなってしまいました」
故に、エイテルも負けない。彼女は──個人の思いはともかく、教団という組織を背負っ
て闘っていた。その言い回しはあくまでこちらの要請に頑として従わなかった、ジーク達が
悪いと暗に繰り返し強調しているようである。
「ああ。それなんだ。レナの身柄と……“聖女”クリシェンヌの聖浄器。私達も、そちらも
拘ってしまう所は同じ訳だ」
静かな平行線。だからか、今度はハロルドが話を切り出した。気持ち睥睨するようにエイ
テルや場の神官兵を見、懐からとある物を取り出す。
録音器だった。カチリと再生ボタンを押すと、網目状の表面からノイズ混じりの声が聞こ
えてくる。
……ミュゼだった。リカルドに対し、セディナ夫妻を人質に取って勝ろうとしている一部
始終がはっきりと録音されている。加えてこの場面を切り取り、さもジーク達こそがこの企
みの実行犯だと陥れる心算であることも。
「っ──!?」
「何も私達は無策でここに来たのではない。話し合いをする為だ。悪いようにはしないさ。
娘の自由の確約と、そちらが保管している聖浄器・エルヴィレーナを譲渡していただければ
この録音・録画データは一切表に出ないことを約束しよう。既に把握していると思うが、こ
れも特務軍としての任務でね。応じてくれれば、元データは破棄する」
大きく抑えながら、しかしエイテルの表情が変わった。
彼女と連絡が取れなくなったのはやはり……。だが確証が取れた時にはもう遅かった。懐
にレコーダーをしまい直しながら、ハロルドは言う。口調は非常に丁寧だが、事実上の脅し
であった。仮にこのやり取りを暴露しリセットしようにも、肝心の消したい手札は彼らの側
にあるのだ。有り体に言えば、詰んでいた。
「……なるほど。道理で」
「あ、あの。教皇様、そんなに怖い顔しないでください。お父さんも本当にこれを公表する
気はないんです。私を助ける為に、こんな事……」
「おあいこって事だ。お互い、やんちゃが過ぎたんだよ」
現実を受け入れて尚、熟考するエイテル。レナはそんな重苦しい緊迫感に耐え切れなくな
ったように弾かれ、訴えかけ、ジークも視線を逸らして呟く。
お互い。そうだ。今回の一件はもうお互いに泥沼に片足を突っ込んでいる。
退かねばならない。どちらか、或いは両方が退かねば、自分達はこの諍いを延々周囲を巻
き込みながら繰り返すだろう。そんな事をやっていては本分が果たせない。戦うべき相手が
そもそも間違っているのだから。
「その……私が聖女様だなんて今もあまり実感はありません。でも私の力で救えるものがあ
るのなら、私は惜しまないつもりです」
だけどっ。レナは言った。その声色はどんどん必死になっていく。
「私は、ジークさん達と、皆と一緒にいたい。戦いたい。教皇様たちも“結社”を何とかし
て止めたくはありませんか? その為にも、私達は備えなければならないんです。あの人達
を知らなければならないんです。……ヨーハン様も言っていました。私達はもっとこの世界
を知る必要があるって」
「……その通りだ。何で俺達がこうもやり合わなきゃいけねぇんだよ。戦う相手が違うだろ
うが。教団さえ元気ならそれでいいのか? 違うだろ。そうならわざわざ総会前にこっそり
文書を送ったりしなかったもんな。……向いてる方向は違ってない筈なんだ。頼むよ。一緒
に戦ってくれ。俺には学がねえ。だがあんたらにはある。これまでのゴタゴタは全部水に流
すからよ。あんたらの持ってるもの、俺達に貸してくれ!」
「……」
熱意の訴えが二人。レナは以前ヨーハンから受けた警句を引き合いに出し、ジークも彼女
を哀しませた怒りをぐっと自分の中に抑え込みながら頭を下げていた。
エイテルは黙っている。言葉が出ないといった様子だ。
そっと目を瞑ってハロルドは声だけを聞いていた。小さく呼吸を整えて、イセルナが二人
をカバーするように言う。
「勿論、こちらが一方的に得るばかりでは不公平でしょう。これまで通り“結社”に関する
情報提供は続けさせていただきます。それがひいては、私達が人々が、一丸となってこの戦
いを終わらせることにも繋がると思いますので」
「必要とあれば、レナをそちらの儀式に出させましょう。ただ戦うだけで全てが丸く収まら
ないことは、私達も今までの経験で厭というほど味わっていますからね。祈りで、娘の存在
で人々の気持ちが鎮められるのなら、それ自体に悪は無い筈だ」
妥協案。示されたのは大きく二つだった。
今回の諍いとリカルドの離反で途絶えてしまうかに思えたパイプの維持、完全掌握とはい
かないまでも、現代の聖女としてのレナの祭礼。互いの利益──体面を保つ為に考えられた
クラン・ブルートバードの譲歩だった。
「……話は分かりました。ですが、それでも私達の失うものは多い気もしますね」
正直、エイテルはもう此処しかないと思っていた。しかし組織の長として、その示された
案が結局教団の“折れた”姿を避けられぬという部分を無視することはできない。
「聖女様のご協力は良しとしましょう。ですが聖教典の譲渡、もう現実に起こってしまった
神官兵達への損害をどうお考えになります?」
あくまでブルートバード側が頭を下げたという体にできないか? 自業自得とはいえ、今
回の諍いに「負け」を見出されてしまえば、信者達からの突き上げは避けられない。
「損害ならば賠償に応じましょう。聖浄器は……そう、そちらからの“貸出”という形にす
れば、まだマシにはなるでしょうか」
交渉は火花から、いつの間にか模索へ。教皇エイテルと団長イセルナは更に細かい磨り合
わせに入っていた。
元より聖女の塔や大聖堂の戦いにて物損が出ているのだ。応じない訳にはいかない。何と
なく情熱から冷却されて進む話にジークはばつが悪く、ハロルドも眼鏡の奥を静かに光らせ
て二人の推移を見守っている。
(……問題は、枢機卿達ね。この妥結を「負け」と捉える可能性が高い。最後は私が権限で
裁決してしまうにしても、しこりは避けられない。でも……)
元より看破されての“交渉”だったのだ。統務院に権力も権威も優越される中での焦り、
無力感が彼らを突き動かしたのだとエイテルは考える。
祈りは武力に勝てないのか。突きつけられる現実は、それに抗おうとして力に訴えたばか
りに追い詰められていく自身。自業自得だと思う。だが焦りと喪失に蝕まれた者達は、その
自らの逆張りにすら気付かないままなのだろう。
(かといって、このまま徒に皇子達と敵対し続けるのも限度が──)
だが、事件はそんな時起こったのである。
謁見の間に、大層慌てた様子の神官騎士が駆け込んできた。教皇様! 今は人払い中だと
いうのに飛び込んできた彼をエイテルやジーク達は訝しげに見たが、次の瞬間彼が放った報
せは文字通り両者を激震させたのである。
「報告します! ブルートバードです! 今し方、ブルートバードを名乗る傭兵達が市街の
兵らと衝突を……!」




