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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-77.かくて携えぬ者達は
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77-(4) 元妻アリア

「──」

 有り体に言えば、固まっていた。含み笑いを零して一行を連れ始めたグノーシュに倣って

とある路地の角まで来た時、ダンはその道向かいにあるものに気付いて思わず足を止めてし

まったのである。

『ふん、ふん、ふん~♪』

 そこには一人の女性がいた。

 艶のある黒紺のミドルショートが印象的なシャム猫系獣人ビースト・レイスの女性。その彼女が、角を曲が

った先の通りの一角で和やかに鼻歌を口ずさみながら鉢植えの花達に水をやっている。

 フラワークラフト・ハーヴェンス──軒先にはそう看板が掛かっていた。花屋のようだ。

先頭を行くグノーシュとダンに遮られて、仲間達が怪訝を漏らし始めた。背の低いマルタや

ステラは何度も背伸びをして道向かいを覗き込もうとし、クロムやサフレは二人の隙間から

覗くこの女性にじっと目を凝らしている。

(な、何でだ? 何であいつが此処にいる? ……いや、待てよ。そういやずっと前にグノ

が今は導都こっちに住んでるって話してたような……)

 ダンはガチガチになって冷や汗をかいていた。突然の事に半分パニックになり、ぐるぐる

と思考と記憶を引っ張り出す。

 くわっ。ダンは横に立つグノーシュの方を見遣った。にんまり。その相棒は予想通りだと

言わんばかりに笑っている。

「ぐ、グノ。てめえ──」

「お父さん?」

 だから背後からミアの怪訝が投げ掛けられた時、心臓が止まるかと思った。ダンはビクンと

全身を震わせ、肩越しに振り返ると「な、何でもなんだ。うん……」と必死に繕おうとする。

やれやれ……。隣でグノーシュわざとらしく肩を竦めていた。

(な、何であいつの所へ? まさか案内したいってのはこの事なのか?)

(そうだってばよ。他に何がある? アリアさんの居場所は二年前の選考会の時にも話した

だろ?)

 アリア・マーフィ。尤もこの苗字は今や旧姓だが。

 彼女はダンの元妻だった。即ちミアの実の母親である。まだ駆け出しの冒険者だった頃、

ダンが一目惚れをして何度もアプローチし、結婚した。だが片や荒事と表裏一体、片や平穏

を何よりも愛する一般女性。夫婦として長く続くことはなく、結局話し合いの末に別れる事

になった。その後ミアが母ではなく父との同行を選んだ理由は、当のダン本人ですら未だ知

れてはいないのだが……。

「……お母、さん?」

「えっ? ミアさんのお母さん?」

「あ、本当だ。確かに顔立ちとかはミアによく似てる……」

 故にコソコソとグノーシュを掴んで問い質すも間に合わず、程なくして彼女の存在はミア

以下後ろの仲間達にも気付かれてしまうこととなった。

 しまっ──。ダンが緊張で顔を顰める。呆然とするミアの左右にマルタとステラが身を乗

り出し、その顔立ちを確かめている。母親似なのだろう。雰囲気こそまるで違うが、ミアの

それを二・三度柔らかくすればそっくりだ。

「グノーシュ。案内したいとは、彼女のことか?」

「へえ。この街に住んでいたのね」

「ですが確か、ダンさんと奥さんはもう随分前に別れたって話じゃあ……?」

 クロムにリュカ、サフレも道向かいのアリアを眺めて問う。ダンは変な緊張ですっかりカ

チコチになっていた。そんな不甲斐ない本人に代わり、グノーシュが答える。

「ああ。こいつと別れて大分経ってから、人族ヒューネスの男と再婚したんだ。ロイドさんっていって

な。あそこで親子三人一緒に花屋をやってる」

「ふーん。そうだったんだあ」

「親子、三人……?」

 そう噂をしていると、店の奥から当の本人が姿を見せた。

 店のロゴを刺繍したエプロンを着け、アリアと親しげに話している。線の細く爽やかな印

象の人族ヒューネス男性だ。

 ロイド・ハーヴェンス。グノーシュの話ではそんな名前。

 ダンは勿論、一同は誰からともなくこの角の物陰に隠れていた。遠巻きとはいえ、見てい

る限りとても幸せそうな夫婦である。

「……俺達は任務の途中だぞ? そもそも、今更出て行ったって困らせるだけだろ」

「かもな。でもお前、こうでもしないと会いに行かねえだろ? お前はばつの悪さが勝って

るかもしれねぇが、ミアちゃんにとってはたった一人の母親なんだ。少しはその辺も考えて

やれよ」

「う、うう……」

 普段は快活な大男が、すっかり物陰に縮こまっていた。

 ミアが黙してこの父と道向かいの母を見比べている。クロムを除く仲間達が、苦笑いを浮

かべて見守っていた。

「妻か……。そういう事なら構わん。会って来るといい」

「あ、いや……。急にそう言われても、こ、心の準備が……」

 大切な女性ひと。そして在りし日々を思い出すように、クロムも仏頂面なままながらその程度

の暇は許せると促した。なのに──ダンは動かない。逡巡してこの角から動こうとしない。

ミアが、グノーシュがやれやれと嘆息をついた。他の仲間達も思わず苦笑を零して笑った。

この偉丈夫は、妻子の事になるとてんで弱くなる……。

「おじちゃん、だーれ?」

 そんな時だったのだ。ふと足元を見ると、小さな女の子がダン達をちょこんと見上げて声

を掛けてきていた。

 人族ヒューネスの少女だ。まだ幼くあどけない。五・六歳くらいだろうか。一握りの花束を片手に、

目の前の大きなダンを見上げている。思わずダン達はこの子を見遣って固まっていた。キョ

ロキョロと、彼女は一行と件の店先を見比べて何やら理解する。

「パパー、ママー、おきゃくさんがいるよー!」


 正直言って、気恥ずかしい。

 最初はダンだけで、自分達は一歩離れてニヤニヤしていただけだったのに、気付けばあの

少女の一声でトントン拍子に事が進んでしまっている。

 彼女は、娘だった。サーシャ・ハーヴェンス。アリアとロイドの間に生まれた一人娘であ

った。つまりミアの異父妹に当たる。

 元夫(とその仲間達)が訪ねて来たのを見て、アリアは大層驚いていた。しかし奇妙な事

に彼女も、現在の夫であるロイドも一行を邪険にすることはせず、寧ろ是非と家の中へと上

げてきたのだった。何でこんな事に……? ステラやサフレがそう訴えたげに場の仲間達に

視線を送るが、誰もその問いに答えられる者などいない。

「いやあ。まさかわざわざ訪ねて来てくださるとは。あ、私はロイド・ハーヴェンス。今の

アリアの夫です。この子は娘のサーシャ。この街で、親子三人小さな花屋をやっています」

 にこにこ。二階客間のテーブルに対座するロイドは、そうやけに満面の笑みでダン達に自

己紹介をした。膝の上には先程の少女・愛娘サーシャが優しく頭を撫でられながらご機嫌に

している。アリアも終始にこやかだった。程なくして人数分の紅茶を持って来、テーブルの

上に置いていく。混乱する頭の中が、茶の香りにゆっくりと解されていくようだ。

「……ダン・マーフィだ。いいのか? 俺は、あんたからすりゃあ仇みたいな男だとばかり

思ってたんだが」

 カップを手に取りながら、ダンは先ず開口一番、真意を量ろうとしていた。ミア以下仲間

達も同様である。

 くすくす。するとアリアが笑った。空のお盆を胸元に抱えてロイドの横に座り、彼の妙な

好感ぶりをフォローするようにして言う。

「ごめんなさいね。うちの人、あなた達だと知って興味津々なのよ。活躍の様子は折につけ

てニュースで見ているわ。随分と出世したわよね。ミアもよく頑張ってる。無事で、本当に

良かった」

「……うん」

「アリア……」

「やっぱり間違ってなかった。あの時、私が退かなきゃ、あなたはずっと同じ場所に囚われ

続けていたんだもの」

 ? 何を──。だからこそ、そう胸元に手を当てて静かに祈るようにしたアリアに、ミア

やグノーシュが頭に疑問符を浮かべた。

 食い違っている。

 二人は、冒険者と一般市民の違いを理由に離婚したのでは……?

「お母さん……?」

「おい、ダン。お前、まさかちゃんと話してないのか?」

「あ、いや。話して……るぞ? 俺のせいでアリアに迷惑を掛けて、それで……」

「違うだろ! お前の、俺達の負担になりたくないからって、アリアさんは別れを切り出し

たんだろうが!」

 途端、場に緊張が走った。グノーシュの言葉にミアが目を見開いて振り向き、それでも尚

ばつが悪そうに視線を逸らすダンを、アリアとロイドが目を瞬いて見つめている。

「……呆れた。そうやって、全部あなた一人の所為にして背負い込んでいたのね」

「? 違うの? お父さんはずっとボクに……」

「今話した方が本当だ。このダァホ、自分の娘にも本当の事言ってなかったらしいな」

 横たわった緊張。だがそれが根っこからの叱責ではないと知り、仲間達も身構えを解く。

サーシャも一体何が話されているのかよく分かっていない様子だった。顔を見上げてじゃれ

つき、少し困ったように苦笑わらうロイドに「そこのお姉ちゃんと遊んでおいで?」と促され、

ミアもそれに小さく頷いて答えて二人はそっと席を離れていってしまう。やや遅れて念の為

に、ステラもその後をついていった。

「……ダン」

「ああ! 悪かった、俺が悪かったよ! あんまり難しい事言ったって、小さい頃のミアに

は分からねぇと思ったんだ。それに、アリアを引っ掻き回したのは事実だしな」

「……もう」

 相棒に元妻に、すっかり詰られる格好だ。頭を抱えて、ダンは白状している。

 アリアは嘆息をついていた。しょうがない人。だがその声色に、表情に、怒りの類はまる

でみえない。

「変わらないわね。普段はぐいぐい引っ張ってくれる頼もしい人なのに、いざ家族が出来る

と途端に優先順位が滅茶苦茶になっちゃう。……だから別れたのよ? 解ってる? その方

があなたの本来の力が発揮できると思ったから」

「先程仇と言いましたが、とんでもない。私自身も活躍はかねがね拝見しておりましたが、

詳しい話の殆どはアリアから聞いたものです。今でも時々、話してくれるんですよ? あな

た達がどれだけ凄いのか。……寧ろ御礼を言いたいぐらいです。昔の彼女を守ってくれた、

恩人でもあるんですから」

「……」

 言葉を見失っている。気後れしているのはその実、ダンだけだったのだ。

 アリアは離婚こそせどそこに絶縁という意味合いなど持たせず、再婚相手と共にその長久

を祈り続けた。負担を掛けまいと取った行動が彼に負い目を被せてしまったと後々に知り、

しかしまた出会いに行くことが二の轍になるのではと思い続けていた。

「……俺は、そんな器用な人間じゃねえよ。イセルナやハロルド、シフォンにリン、上手い

こと人材が揃ったからできたことさ」

 つつっと視線を逸らす。卑下のような、照れ隠しのような。

 アリアも少なからず同じような感じだった。ロイドに引き摺っていた惚気を暴露され、今

の夫の人の良さに甘えていた部分を。サーシャは無邪気だった。半分は姉妹だと解っている

のかいないのか、ケタケタと「猫のおねーちゃん」と笑いながら若干戸惑い気味のミアに抱

き上げられている。母と同じであると、すっかり懐いているようだ。

「それで? これからどうするの? まさか私達に会う為だけに導都このまちに来た訳じゃないんで

しょう?」

「ああ……。それなんだがな……」

 口外は無しだからな? 大丈夫だとは思うが、一応念を押しつつ。

 普段からニュースで追ってくれているだけあってアリア・ロイド夫妻の理解は早かった。

特務軍への編入は勿論、各地で猛威を振るう“結社”との戦い、現在聖都で続いている教団

との擾乱も含め、ダン達はこれまでの経緯と目的地・翠風の町セレナス──その道中にロゼ大統領か

ら勧められた魔導学司アカデミアとの会談が迫っていることも伝えた。

 そう……。これまでは完全に外野から見聞きしていたことだからだろう。二人は気持ち面

食らったように神妙になり、居住まいを正していた。とはいえ、だからと言って情報を漏ら

すような相手ではない。元妻ではあるし、この男もなよっとしているが信頼できる。ダンは

内心そう経験的に悟っていた。

 それから暫くの間、ダン達とアリア・ロイド夫妻はあちらからこちらへ、色んな話題に花

を咲かせた。サーシャが遊び疲れてミアの膝で眠ってしまうのを見て、ようやくそんな一行

のなごやかな一時も終わりを告げる。

「……邪魔したな。元気そうでよかった。旦那と、達者でな」

「ええ」

「もうお帰りになるのですか? もし宜しければ泊まっていってください。会談まではあと

三日あるのでしょう? ミアちゃんの為にも、そう急がずとも」

 ぬぬ……。これを機にとハーヴェンス家を去ろうとした立ち上がったダンに、しかし当の

ロイドがにこにこと満面の笑みで提案してきた。サーシャに眠られて動けないミアも、他の

仲間達もぱちくりと目を瞬いて見つめている。呵々と、膝を打ってグノーシュが笑った。

「おお。いいんじゃねぇの? 久しぶりの家族水入らずだ。ロイドさんが構わないっていう

んなら世話になっちまえよ」

「だ、だがなあ……」

「荷物なら宿から取って来てやるからさ。部屋自体も二人減ったくらいじゃ少し余裕が出来

る程度のモンだろ? サーシャちゃんもすっかり懐いちゃってるしよ」

「うーん……」

 苦虫、ばつの悪そうな表情で顔を顰め、ダンはサーシャを膝枕したミアを見た。ロイドと

アリアを見、仲間達を見た。

 ……特段他に反対する者はいないようだ。厚意を無碍にする理由が見つからなかった。

「決まりね。ふふ。じゃあ今夜はご馳走にしなきゃ」

「だったら良い酒も買ってこよう。確かお好きですよね? お酒」

「む? あ、ああ……」

 ニヤニヤ。仲間達が笑っている。ダンはどうにも流されるままで落ち着かず、しかし異父

姉妹揃って寄り添っているミアとサーシャを見遣って、次第にそんな個人的な後ろめたさは

静かに融解していった。

(……ま、偶にはいいか)

 そっと目を細める。少なくとも別れ、放浪の旅に出た頃にはあり得なかった姿だ。

「じゃあ、俺達はこれで──」

「待てコラ。せめてお前も残れ。いくら何でも元カミさんの旦那ん家で寛げるほど俺は図太

かねぇぞ」

 むんず。しかし去り際の仲間、グノーシュの首根っこを取り、ダンは詰め寄った。要する

に道連れだ。どうしたって間が悪いというのは半分事実で、半分はこの再会を作ってくれた

こいつにも分け前をという思いがあったからだ。

「……しゃーねえなあ。リュカさん、そういう訳で」

「ええ。分かりました。では私達は一旦宿に戻りますね?」

 残る仲間達も、そんな二人の友情を解った上で応じ、場を去っていく。

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