表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-77.かくて携えぬ者達は
63/436

77-(1) 権威の中身

 市街での攻防から一夜が経った。日が昇った聖都内はまだ冷やっこく物静かそのものでは

あったが、東ルアークの古塔とエルマ=ニシュ大聖堂を中心に、方々に交戦の爪痕が残って

いる。

 結局ジーク・レノヴィン達を確保することはできなかった。聖女様を匿い、一体何処へ逃

れたというのか。ダーレン・ヴェスタの両隊が敗れ、更に散光の村ランミュースへ向かったミュゼ隊とも

連絡が取れなくなってしまった。非常に……拙い。

「まだ奴らは見つからんのか!?」

「はっ。夜通し兵達を動員して捜させてはいますが……」

「足跡がぱたりと。もしかすると、空間転移した可能性も……」

「空間転移? 馬鹿な。この街の何処にそんな設備がある?」

「いや、分からんぞ。向こうには元使徒がいる。今回の一件では姿を見せていないが、何か

しらの技術提供をした可能性もある。転移したのは確かなのか?」

「はい。二度、上空の結界を通過する反応が確認されています。時刻もダーレン隊長とヴェ

スタ隊長が倒された後と一致します」

「ふむ……」

「拙い、拙いぞ。このままでは……!」

「……」

 教団本部。教皇謁見の間。

 玉座に着いたままのエイテルの目下左右で、怒りと焦りに苛まれる枢機卿達が口々に感情

を露わにし、或いは報告に来る神官兵に当り散らしていた。

 醜態。エイテルは内心、彼ら及び自身の現状をそう評価していた。今はまだ表──市井の

信者達の目に留まってこそいないが、内々でレナ・エルリッシュを確保し、祀り上げようと

した企みが結果却って自らの首を絞める格好となってしまっている。

 正直、乗り気ではなかった──そう言えば自分一人の逃げになってしまうだろうか。

 理解はしている。この二年、かの“結社”との戦いで多くの犠牲を出しながらも、しかし

現実に人々を守ってきた統務院の力は、我ら教団とのパワーバランスを大きく自陣へと引き

寄せて久しい。

 祈りでは何も変わらない。この世界は良くならない。

 そう考えを改めてしまう末端の人々が増えてゆくのも当然の、致し方ない現象なのか。

 だがエイテル自身は、それがこの世界にとってプラスになるとは思えなかった。確かに現

状の世界に対する不満・憤りによるライトな信者層からの突き上げは激しい。枢機卿ら教団

上層部も、これらを権威の揺らぎとして強い懸念を示している。しかしそれでも、自分達が

祈りを忘れてしまってどうするのだと思うのだ。はたして武力ちからで「災い」を断てたとして、

それは真の解決なのだろうか? その程度で片付くのなら、そもそも我らが開祖クリシェン

ヌはかように意味深な言葉を遺しただろうか?

 ……見落としている気がする。何か根本的な、本質的な間違いを。かの“結社”の目的は

大盟約コード”の破壊だと判明した。つまり彼らはその何かを知っているのではないか? その

知っている彼らを、ただ力で叩き潰してしまっては、この世界が抱える謎は永遠に闇の中に

沈むのではないか?

「大体ミュゼはどうした? あの密命が漏れれば、今度こそ我々の立場がないのだぞ!」

「しょ、承知しております。先刻、偵察の為の隊を出発させました。少なくとも昼には状況

が把握できるとか思われますが……」

「昼……。遅過ぎる……」

「場所自体が辺鄙だからな。足を飛ばしても半日は掛かる……」

「まさか、レノヴィンか? ミュゼは奴らにやられたのか?」

「信じられん……。あやつはマクスウェルの右腕だろう? 奴らが消えたのも、こちらの手

に気付いて引き返したからでは……?」

「拙いぞ……。だとすればもう手遅れではないか。レノヴィン達に、また手札カードを与えてしま

ったことになる……」

 自分の、身内の事ながらエイテルは寧ろ冷ややかだった。どうやら周りがざわつけばざわ

つくほどこの思考は内々へ、遠巻きに遠巻きに立って物事を観ようとする癖がある。

 ──自分達の「正義」の為に、あの手この手を厭わない。

 統務院や“結社”、その他諸々の国や勢力。それらと一体、自分達は何が違う?

 祈りで包まれる世界が欲しかった。だがそれは今や叶いそうもない。力を振るうものが絶

えぬからこそ、埋没せぬよう力をつけなければならないし、維持しなければならない。それ

がたとえ一面の正しさであるとしても。

 現実。遠慮した者から失ってゆく。

 だから自分は個人の想いを脇に、大局を取らざるを得なかった。枢機卿達の度重なる進言

に乗らないままではいられなかった。せめてまだ純に、祈ってくれる人達の為にも。

「あああ! お許しください、お許しください! 私達は息子らと通じてはおりません!」

「どうか御慈悲を! 私達は今までもこれからも教団の信徒です! あの子達は何も相談せ

ずに裏切ったのです!」

「……」

 次にどう出ればいい? レノヴィン達の手札カードを押さえるべきか、それとも市民らの安全を

第一に落とし所を探す方が先か?

 しかしそんな熟考を妨げる者達がいた。先程からこの謁見の間にやって来て、何度も土下

座をして許しを請うている一組の老夫婦だ。

 ハロルドとリカルド──エルリッシュ兄弟の両親である。直接の面識はなかったが、教団

内でも代々司祭として仕える一族という情報は耳に入っている。

 どうやら長男に続き、次男までもが教団を裏切ってしまったことで、自らに咎が飛ぶのを

恐れたらしい。こうして慌しい中直参し、先程から何度も許しを請うている。

 だが、エイテルに彼らを罰する心算などなかった。仮に彼らを罰したとして、一体何が好

転しようか? 二十年前のハロルド・エルリッシュも、今回のリカルド・エルリッシュも、

肉親・親族に害が及ぶであろうことは容易に想像できた筈だ。それを解っていて──棄てる

覚悟でブルートバードについた。その時点でもう人質にすらならないし、そんな手が公に出

てしまえば益々立場が拙くなる。ただでさえ、現在進行形でミュゼの敗北という不利な状況

が転がっているというのに。

(どうして、ブルートバードなのかしら……)

 隣に控えていたリザと複数の神官兵が、夫妻を引き留めて追い出し、何人かの枢機卿達も

腫れ物を扱うような眼でこれを見ている。少なくともまたこちらから大掛かりな一手を打つ

のは危険だろう。今度はレノヴィン達が何か、仕掛けてきたものを使って──。

「ほ、報告します!」

 そんな時だった。謁見の間に、また一人二人と報告の兵が駆け込んできた。酷く冷や汗を

掻き、そのさまはまるで怯えているかのようである。

 エイテル達は誰からともなく、ざっと一斉にこれを見た。

「ま……街の入口に、聖女様と“蒼鳥”達が!」

「どうも教皇様との会談を希望しているようでして……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ