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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-77.かくて携えぬ者達は
62/436

77-(0) その名前

※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2016.9/6

 長いようで短い、聖都での一日が終わった。夜は静かに更け、深くなってゆく。

 飛行艇ルフグラン号宿舎ロビー。暗がりの中、ジークは一人導話の受話筒を取っていた。

片腕に挟み、その向こうにいる相手と話し込んでいる。

「──そっか。結局教団は強気の姿勢を崩していないんだね」

 導話の相手はアルスだった。寝間着のまま自室の机に着き、ランプの下、リンファから借

りた携行端末を耳に当ててごちている。

 兄達が出払ってしまい、此処もだいぶ物寂しくなってしまった。

 だからこそ、不安はつきまとうが、こうして話をできることは嬉しい。

『ああ。喧嘩を買ったことぐらいは解ってるさ。元からすんなりいくとも思ってねえよ。向

こうにも、面子ってモンはあるだろうしな』

「うん……」

 先だって報告は貰っていたが、アルスはジークから聖都とその道中でのあらましを聞いて

いた。散光の村ランミュースという村に住むレナの実の両親、そこへ夜襲を掛けてきた神官騎士達。リカ

ルドの機転で一度は聖都内への潜入に成功したものの、広がる彼らの包囲網を前に一旦撤退

を余儀なくされ──。

「それで、教団の聖浄器は市内には無かったんだよね?」

『俺達が調べた限りはな。ハロルドさんの見立てなら、やっぱり教団が自分で抱え込んでる

と考えた方が自然だろうって』

 昼間の報道ではジーク達が捕まり、そして交戦したとあった。

 だが本人達から聞く限りでは、どうやら難を逃れたらしい。聖女の塔とエルマ=ニシュ大

聖堂、そして散光の村ランミュースへ舞い戻ってのセディナ夫妻防衛戦。相手の企ては防いだ。しかし時

間が経てば経つほど事態は拗れていく筈だ。明日──もう日付は変わってしまっている──

が、文字通り正念場だ。

『明日、レナや団長達と一緒に乗り込む。向こうはこそこそやりたがってるが、真正面から

訪ねていけば誰の目にも付かないなんてことはねえだろう。サシで話せればこっちもまだや

りようがある』

「うん」

 あくまで目的はレナの自由とクリシェンヌの聖浄器だ。少なくとも後者さえ手に入れば、

ここまで教団と直接刃を交える必要も義理もないという所か。

 アルスは短く首肯する。同時に、それを向こうが簡単に許さないのだろうなとも十二分に

予想がついていた。今この時期、彼らがレナ──現代の“聖女”にここまで拘るのには理由

があるからだ。

 おそらく、発言力。リカルドの話では教団も教団で世界の「災い」に対して備えるべしと

の言葉が遺されているらしい。だからこそ、事実上のスパイを送り込んで共闘を持ち掛け、

“結社”との戦いの最前線に立つ自分達から情報を得ようとした。

 だがそれも、当のリカルドがこちらに付いたことで潰えかけている筈である。何よりこの

二年の間に“結社”との戦いの主体は完全に統務院へと移った。主導権──そんなものに拘

り至上とする価値観は正直解らないが、トリガーになったことは先ず間違いないだろう。

「できればしこりを残さずに和解したい所だけど……。無理かなあ」

『まぁな。向こうからとはいえ、あれだけ聖都ン中でドンパチやり合った訳だし。それでも

話し合いのポーズは取っとかねぇと後々響くってのが団長の方針だよ』

「そうだね……」

 望んでも、一度捻じれた糸は奇麗にはならない。

 アルスは正直もどかしかった。本当なら各勢力が一致団結し、少しでも早くこの戦いを終

わらせるべきなのに。

「ドンパチか……。それにしても兄さん達も運が良かったよね。この状況で道案内から突入

まで協力してくれる人が現れるなんて」

『ああ。まだまだ世の中捨てたもんじゃねぇってことさ』

「ふふ……。でも、その人って誰なの? さっき旅の学者さんだとは聞いたけど……」

『うん? ああ。そういやそこまでは話してなかったっけか』

 導話の向こうで、ジークがニッと笑っている。一方アルスは押し殺したように微笑むだけ

で質問を続けていた。さっきは大筋を聞くだけで詳しいことまでは訊けなかった。

『シゼルさんって女の人だ。暫く前から聖都に居付いてたらしい』

「えっ──」

 だから次の瞬間、アルスは思わず導話口で言葉を詰まらせていた。学者、女性、シゼル。

その名前に引っ掛かる記憶があったからだ。

『? どうした?』

「あ、ううん。何でも……」

 しかしアルスはこの時、次の問いをぶつけることを躊躇ってしまっていた。

 偶然かもしれない。同じ名前なんて探せば幾らでもいる。

 何より、長く“敵”ばかりが増える日々だった兄の喜びに、水を差したくなかった。

『……? まぁいいけど』

 受話筒を二の腕と頬で挟んだまま、小さく頭に疑問符を浮かべながらも、結局ジークはそ

れ以上深入りはしなかった。


 これが後々、自分達に大きな災いを運ぶことになるとはつゆ知らず。

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