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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-76.或る兄弟の嘆歌(ラメント)
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76-(6) 聖都の長い一日

 とにかく加勢を。連絡は取れなかったが、ジーク達は程なくして意見の一致をみた。

 負傷者を除き、出られる者が出る。しかし教団側に総兵力までは悟られぬよう、メンバー

は控えの団員達を十数人加えた規模とする。

 いざ……! しかしジーク達が船内の転移装置で散光の村ランミュースへ向かおうとしたその時、導話

が入った。他ならぬハロルドからである。

 曰く『心配を掛けた。こっちは終わった。カインさんとクラリスさんは無事だ』と──。


「そういう訳で、また一つこちらに有利な画が撮れたよ」

 村に到着した時、戦いは既に終わっていた。ハロルドとリカルドの足元には小柄な女性の

神官騎士──ミュゼとその部下達が昏倒したまま縛り上げられており、後ろ手には封印の術

式を書いた光輪がぼんやりと嵌っている。

 一先ず彼女らを村の倉庫に放り込み、ジーク達は事の顛末を聞いた。最初リカルドが危惧

したように、教団はセディナ夫妻を人質に取るべく動き出していたのだ。しかしそれもハロ

ルドが加勢に入り、その企みの一部始終を撮影したことで逆転した。直接交渉に漕ぎ付ける

のに有効な一手を得たとも言える。

「ではやはり、導信網マギネットに流すのですか……?」

「それは今度こそ交渉が決裂した時ですね。脅しカードとはちらつかせるからこそ価値を発揮する

のです。実際に切ってしまってはもう同じ手は使えなくなりますから」

 それでも教団と表立って対立するのが怖いのか、或いは単に自分達が映り込んでいるのが

恥ずかしいのか、カインとクラリスは何処となく不安そうに訊ねてきた。ハロルドは端末を

片手に努めて微笑わらう。言葉通り、あくまでこれは交渉材料だ。

「とにかく、一旦私達の船に避難してください。また追加の軍勢が来るとも限りません」

「は、はい。ではすぐに荷物を纏めてきます」

「そう、ですね。それがレナの為になるのなら……」

 イセルナに促され、夫妻は少なからず躊躇いながらも、しかし自分達に降り掛からんとす

る状況は理解して従ってくれる。生まれて初めての飛行艇と聞いて、二人ともちらっと空を

見上げて不安そうな面持ちこそ浮かべてはいたが。

「……全く、何て事をしてくれたんじゃ」

「そうだ! あんたら、一体自分達が何をやったのか分かっているのか!?」

「全部お前らのせいだ! 教団に逆らった。騎士様を縛り上げた。もうお終いだぁ……もう

俺達はここで暮らせなくなる……!」

 しかし、そんな夫妻と一行を忌々しい眼で見つめている者達がいる。老齢の村長を中心と

した村人達だ。彼らはミュゼ隊とハロルド・リカルド兄弟の戦いの一部始終を隠れて見てい

たのだが、ここに来て辛抱堪らず、これまでの鬱憤をジーク達にぶつけてくる。

「……。お前らなぁ……」

「今そこにキレてる場合か? 彼らを責めたって仕方ないだろう!?」

「まだ分からないのか? 本山は俺達みたいな小さな村の事なんかちっとも考えちゃいねぇ

んだよ! 今回の件で分かったろ。あいつらは目的の為なら、兵隊を放り込んでくるぐらい

何とも思っちゃいねえ!」

 その一方でそんな、保守的な彼らに対して強く反論する村人達もいた。老若男女はばらば

らだが、総じてまだ村の中では若いと言ってよい部類の者達である。

 彼らもまた、半ば罵倒するように同じ村の仲間に鬱憤をぶつけていた。その感情の源泉は

十中八九、教団への幻滅・失望だろう。暫くの間、両者はジーク達やセディナ夫妻をそっち

のけで言い争っていた。痩せ細った土地と村の姿のように、沈んで暗くなっていく辺りの闇

のように。

「あ、あの。皆さん、落ち着いて……」

「そうですよ。あくまで狙われたのは私と主人で……」

『五月蝿い!』

『あんたは黙ってろ!』

「それでも、事は村全体の問題じゃ。儂ら全員に関わる事態じゃろうが!」

 レナやクラリスが、あたふたと宥めに入ろうとする。

 だが興奮する村人達には彼女らの言葉は逆効果で、寧ろ両者から怒鳴られてしまう。くわ

っと睨み、怒声をぶつけられ、二人が気圧された次の瞬間には彼らはまた延々と言い争って

平行線を辿っていく。

「……そうやって、二十年前もカインさんとクラリスさんを追い詰めたんじゃねえのか?」

 どうしたものか。イセルナ達も互いに顔を見合わせてしまっていた、その時だった。

 低くドスの利いた声だった。それまで喧々といがみ合っていた村人達が一斉に首根っこを

掴まれたように大人しくなり、恐る恐る後ろを振り向く。そこには“怒り”を必死に抑えな

がらも殺気めいた表情かおでこちらを睨む、腕組みをしたジークの姿があった。

「自分の都合だけを押し付けて、誰かが不幸になる。そうしたら次は、そうされた誰かが他

の誰かにまた押し付ける。必要以上にもがく事になる。擦り付け合いなんざ、やってる場合

じゃねぇだろうがよ」

 村人、そしてレナを含めた仲間達がしんと押し黙っていた。ぐうの音も出ない──こと今

の状態をくり抜かれた村人達は口を噤むしかない。

 ジークの感情は、はたして怒りだった。不毛と虚しさと、哀しさと裏表な怒りだった。

 尤も、特務軍の一員という立場上、自らもそんな輪の一人であるのだろう。だが少なくと

も自分はそんなどうしようもない連鎖を止めたいから戦ってきた。自分が受け止めて、もう

こんな思いをしなくなるようにと闘ってきた。

 なのにまただ。また、自分が関わった事で人が別たれる。憎しみに駆られ、己が可愛さの

為に他人を蹴落とす。

 半ば自覚はしていなかったが、自身への不甲斐なさも相まっていたのだろう。ギッと奥歯

を噛み締めて、彼は必死に殴りつけたいほどの衝動と戦っている。

「そもそもって話はいくらやったって何にもなんねぇだろ。開き直りじゃ──あの場で教皇

に喧嘩を売ったことを正当化する訳でもねぇけどよ。俺達はハロルドさんがレナを引き取っ

てくれたお陰でレナに出会えた。怪我した時は手当てしてくれたし、飯とか普段の生活でも

色々助かっているし、いっぱい元気を貰ってる。……だから、無駄じゃない。無駄じゃなか

たって、信じたい」

 代わりに記憶から呼び起こすのは、彼女との思い出。仲間達との日々。どれだけ多くの困

難が自分たち兄弟に襲い掛かろうとも、今日までやってこれた。それはひとえに、クランの

皆がいたからこそ出来たことだ。自分一人の力なんてものは、どだい限界がある。

「ジークさん……」

 そんな吐露を後ろで聞きながら、レナは半分無意識の内に彼の名を呼んでいた。呼んで、

段々顔が真っ赤に火照って火照ってどうしようもなくなる。

「そうだぜ。大体、この子のことが世間に知れた時点で、この村が何も変わらずにいられる

訳がねぇんだ。もしこんなゴタゴタにならなかったら、聖女様誕生の地! みたいな感じで

村おこしが出来たかもしれねぇのによ」

「そうだそうだ! それをまるで彼女を売るような真似をして……。余所に俺達のやった事

がバレたら、どのみちイメージはガタ落ちじゃねーか!」

『そうだそうだ!』

 ぐぬぅ……。始まった幻滅側の村人達からの再攻勢に、村長たち保守側は苦虫を噛み潰し

たようにばつの悪い顔をし始めた。また、今度は一方的な糾弾が始まる。だが今度は両者が

ヒートアップし過ぎない様に、はたっと絶妙なタイミングでイセルナらが介入する。

「失礼。お言葉ですが、それは何も村おこしに限った話ではないと思いますよ? もし私達

や教団が今回の一件から退いても、“結社”が黙っていないでしょう。今回の混乱に乗じて

クリシェンヌの聖遺物アーティファクトを掻っ攫おうとするのでは?」

「そうだね。そうなれば、彼女の生まれ変わり──レナちゃんの生まれ故郷であるこの村も

手掛かりの為に荒らされるかもしれない」

『ひっ──?!』

 イセルナが、そして乗じるように横目を遣りながらシフォンが言った。

 そもそも教団が先に力に訴えかけてこず、落ち着いて話し合おうと持ち掛けてくれていれ

ば、レナの扱いやエルヴィレーナの譲渡についても早々水面下で着地点が見出せていたかも

しれない実情はある。だが、彼らには騙して悪いが、お灸を据える意味でも少し脅しを掛け

ておいた方が後々この現状を上手く立ち回れると判断した。要するにこちらに引き込んでし

まおうという魂胆である。

 教団、ないし教皇と直接会談の場を設けられればいい。

 或いは最悪、エルヴィレーナを入手だけして既成事実を作り上げるしかない。

 今度はアルスの策略に加えて、ハロルドが撮っておいた件の映像を。併せて引き続きレナ

にエルヴィレーナを解放して貰い、直接“聖女”としてメッセージを発信する演出を担って

貰う。

 尤もどれだけ大義を捏ね回しても、彼らを巻き込み続ける訳にはいかない。今後の特務軍

としての任務の為にも、此度のゴタゴタは早急に終わらせる必要がある。

「──そういう訳で、いざという時にはこちらから駆けつけます。約束しましょう。なので

この村に魔法陣を敷かせてください。空間転移、ここと私達の拠点を繋ぐ為のものです」

 詳しい内情、一から十までは説明しなかったが、その後イセルナ達は粘り強く村人達を説

得し、村の一角に陣を敷設する許可を貰った。早速ルフグラン号から技師達がやって来て、

セディナ夫妻の移送と今後の為の中継地点の一つとしてこの村を獲得する。

「……結局、脅しすかした感じだよな」

「多少は仕方ないさ。まさかこれだけの数に全ての情報を漏らす訳にはいかないだろう?」

 作業は進む。ジークはまだ気持ちが悶々としたままなのか、むすっとしたまま遠巻きにこ

れを眺めてごちていた。その隣でシフォンが、友としてそれとなく宥めてやっている。


 日が暮れていく。レナは両親──当面の荷物を纏め終えたセディナ夫妻を案内し、行き来

する技師らと入れ替わりに船の中へと戻っていた。ジークら他の面々も、作業の完了を待っ

てからこれに続く。まさかこの期に及んで村に泊めてくれなどとは言えまい。

 茜色が沈み、暗がりが降り始めた。聖都と、その周辺ないし世界はもう幾度目とも知らぬ

眠りの時を迎える。


 長い一日が終わろうとしていた。

 本部突入けっせんは明日。レナと“聖女”の遺物を巡る諍いに、終止符を打つべく。

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