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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-69.羽捥げし、蒼染の鳥(ブルートバード)
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69-(5) 紛い物

「────んぅ?」

 自分は一体どれだけ眠っていたのだろう。

 文字通り吹き飛んでいた意識がはたと引き戻され、リカルドはゆっくりと目を覚ました。

 まだ頭がぼうっとする。最初に視界に飛び込んできたのはお世辞にも綺麗とは言えないま

でも、この二年間で随分と見慣れた内装・天井だった。

 どうやらクランの宿舎らしい。思って寝返りを打とうとし、手を伸ばそうとし、全身を駆

けた痛みに思わず顔を歪める。

 身体のあちこちに触れる布──包帯と、塗られた薬の感触。

 ああ……俺は助かったんだな。ようやく理解して何処かホッとしたような、改めて気落ち

したような。意識がはっきりしてくるにつれ、リカルドは倒れるまでの出来事を思い出す。

 そうだ。自分はあの夜、兄に思い切って疑問をぶつけたのだ。

 地底武闘会マスコリーダ出場の為にイセルナさん達が出払ったタイミング。確実にあいつの身柄を捉え

るにはまたと無い機会だった。

『……やはり、知り過ぎたか』

『お前には……消えて貰う』

 だが返ってきたのは、予想を遥かに越えた強烈な拒絶。

 ショックだった。何処かでまだ自分達は兄弟なんだという驕りがあった。

 兄はそのまま、自分を殺そうと襲い掛かってきた。……冗談など一セリロ(=mm)も無

かった。兄貴は俺を、本気であの場で“消して”しまおうとしていた。

(青龍公……)

 なのにこうして生き長らえているのは、ひとえに何故か場に現れ割って入って来たディノ

グラードのお陰だった。結局あの時は兄に負わされた傷で息も絶え絶えで、把握する暇も無

かったが、今は一体どうしているのだろう?

 身体を起こそうとする。だがやはり全身の痛みがこれを阻み、ベッドの中に押し戻す。

 深く大きな息をついてリカルドは一旦諦めた。兄もディノグラードも、隊の部下達の事も

気掛かりだが、今はともかくこのダメージを回復させなければどうにもならない。

(兄貴……何でなんだ?)

 今は何刻ディクロ頃だろう。窓から差し込む光が、静かに部屋の中を漂う埃を部分的に照らしている。

 拒絶されたという事実が重く圧し掛かる。

 何故そこまで、あんたは俺も団員達も頼らなかったんだ……?


 ──まだ神官騎士ではなかった頃。自分は俗に言う遊び人、フーテンだった。

 代々教団の幹部を輩出してきた厳格な家柄。

 物心ついた頃には三つ上の優秀な兄・ハロルドがいた。

 若さもあったのだろう。束縛を嫌った怠け者に、同じ居場所はなかった。教団直営の学校

も中途で辞めてしまい、毎日のように気の合う仲間達──詰まる所、聖都のはみ出し者達と

一緒に遊び回った。

 そんなある日の事だった。自分とは違って着実に出世し、司祭の地位にまで登っていた兄

が、突然「娘」を連れて帰って来たのだ。

 話を聞くに……担当している聖堂に捨てられていた、とか何とか。

 だからって自分が背負い込む必要もなかろうに……。あの頃の自分は兄の抱えていた想い

などまるで気付く事もなく、そう言って苦笑いしていたっけ。親父もお袋も、結婚すらまだ

なのに何処ぞとも知れぬ子を預かってきた事に最初、あまりいい顔はしなかった。それでも

他ならぬ兄貴自身の頼みにより、その赤ん坊は──レナちゃんは、兄貴の養女として正式に

引き取られることとなる。

 自分はこんな身分だからずっと実家にいる訳ではないけれど、それでも、ふらっと帰って

来ては土地土地の土産をあげていたものだ。両親も何だかんだといって自分の娘のように可

愛がるようになり、実際あの頃からとっても可愛らしく行儀よく育っていたと思う。

 ……なのに、ある時兄貴はそのレナちゃんを連れて、突然教団を──自分達の下を去って

行った。

 親父やお袋、親戚連中はそれこそ大層狼狽したものだ。怒り狂ったものだ。

 何てことをしてくれたんだ!? これは教団への裏切りだぞ!? 残された私達がどうな

ると思っている──。

 故に矛先は、穴埋めは無理やり引き戻された自分に、次男坊に託された。両親も親戚連中

も、こちらの意思なんて全く聞く素振りすらなく、只々己の保身の為だけに捲くし立てた。

 ……嗚呼、こういう事だったんだな。兄貴。

 以前、現在の教団についての批判云々を酒の勢いに任せて訥々と語っていた兄の事を思い

出す。だけども出奔前には脱会の手続までされていたために、教団としてもいち司祭のその

後を(この時は)まだ本気で追おうともしなかったようだ。

 兄はともかく雲隠れし続けた。

 風の噂で冒険者に転身したと聞いた時は、自分は既に「史の騎士団」の神官騎士として第

二の人生を送らされていた最中だった。

 元より鍛錬など怠り、才能だって兄に比べれば天地ほどの差がある身だ。

 調刻霊装アクセリオを背中に彫るなど、付け焼き刃の改造に心身を曝し──そしてそんな理不尽に対

する内心の怒りの捌け口を、気付けばこの過大で分不相応なプレッシャーを与えてくる親父

達や一族ども、教団という存在に沸々とぶつけ、育てていった。

 どれだけ綺麗事を並べようが結局はその利権を貪り、決して手放そうとしないクソッタレ

な集まりでしかない。

 元より神官騎士として戦う理由に“忠義”などはなく、ただ単純に“憎かった”からだ。

この気持ちをぶつける先が欲しかった。

 ……だが、今なら解る。

 やっと兄貴が、ハロルド・エルリッシュがレナちゃんを伴って逃げたその理由が判った今

なら、自分は何て馬鹿な歳月を過ごしてきたんだろうと認識できる。

 何故俺を頼ってくれなかった? 何故クランの仲間に相談しなかった?

 期せずした私闘こうせんの中で、その頑ななまでに己のみに背負い込もうとする彼の姿に怒ったそ

の時、自分は気付いてしまったからだ。

 ……偽物だ。このずっと自分の中で燻り続けていた憎しみさえ、その実はただの紛い物に

過ぎなかったんだってことに。

 もっと素直になれば良かったんだ。

 今でも俺は、兄貴を尊敬していて、心配していて──そして何時からか、その繕った平静

から救い出したいと願っていたんだってことを。


(──何でだよ? 兄貴……)

 レナちゃんを守りたい。だって大事な自分達の娘で、姪っ子だもんな。

 思いは同じなんだ。なのにあんたは俺の言葉をあんなにも拒絶して、自分一人で背負い込

んで……。まるであの時までの俺そっくりじゃねぇか。今の俺が教団の関係者だからか? 

ならそもそも俺はずっと、ことごとく選択を間違っていたっていうのか……?

「っ!? 隊長!」

 だがそんな時だった。ふと部屋を覗きに来た部下の一人が、そうベッドの中で悶々と考え

込んでいたリカルドの姿を認め、声を上げたのだ。

 ハッと我に返って視線を、何時の間にか半開きにされていた扉へと向ける。部下の一人が

目覚めた自分を見て驚き、そして「おーい、皆~!」とおそらく他の隊士らに伝えるべく駆

け出していく。

「隊長、ご無事ですか? 意識ははっきりしていますか?」

「ああ……良かった。本当に良かった」

「一時はもうどうなる事かと……」

 はたしてぞろぞろと、部下達が部屋に押しかけてきた。何度も呼び掛けてきたり、おんお

んと咽び泣いたり。おい、まだ俺は一応怪我人だぞ……五月蝿ぇよ……。

「……心配掛けたな。それで? あれから状況はどうなってる? 兄貴は? イセルナさん

達は? 今何日だ?」

「あ、はい。それなんですけどね」

「向こうは向こうでずっと物置部屋に軟禁状態です。流石に団員達も、自由に歩き回らせる

訳にはいかないと判断したんでしょう。ずーっと部屋の中で、口を噤んでます」

 部下達が矢継ぎ早に交代しつつ答える。

 それはそうだろう。レナちゃんの正体を──“聖女”の生まれ変わりであるという事実そ

のものを隠すことが目的なのだ。こんな事態になったとはいえ、きっと兄貴なら本当のギリ

ギリまで意志を貫き通そうとする筈だ。

 リカルドは一度深く息をついてから苦笑いしていた。自分がこんな事になってしまって、

すっかり部下達も怒り心頭という感じである。

「無理もないな。だがまぁ、ちょっと待──」

「隊長! もうこんな共闘止めましょう!」

「今回の件、本部に報告しました。皆で帰りましょう。このままじゃあ二度三度と隊長が死

に掛けるかもしれない。貴方が背負い込むことなんて無いんです!」

 故に、早速やんわりと事情を話してやろうとした矢先、リカルドは次の瞬間部下達の放っ

たその言葉に背筋が凍り付いたのだった。

 ……ちょっと待て。本部に知らせた? 教団が、俺達の私闘ケンカを……?

「おい。それ本当か?」

「? はい。許可なくとは承知の上です。でもこれも、隊長の為だと思って」

「あの……大丈夫ですか? 急に顔が青くなってますけど……」

 リカルドは暫く言葉を失っていた。サァッと、脳裏に映る最悪と悪寒が止まらない。

 部下達に悪気はないのだろう。少なくとも自分が兄にボコボコにされ、危うく死にかけた

という事実は変わりないのだから。肝心の事情──レナちゃんのことまで未だ知らないとな

れば、充分取りうる強硬策なのだろう。

「ああ……。拙い……」

 だからリカルドは、ただそれだけを呟いた。部下達にそっと支えられ起こされていた上半

身をぐったりと項垂れさせ、頭を抱える。彼らが頭に疑問符を浮かべている。

「──? 何だか下が騒がしいな……」

 更に、ちょうどそんな時だったのだ。

 妙に宿舎の外が騒がしい。部下達が、リカルドが扉の向こうの通路、その窓越しに遠巻き

の目を凝らす。

「酒場の方、ですかね? 他の連中が集まってるみたいですが……」

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