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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-76.或る兄弟の嘆歌(ラメント)
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76-(2) 交信、前進、学士

『──そうか。そっちも大変みたいだな』

 ダーレンを倒し、イセルナとの合流を果たした聖女の塔・屋上。

 ジーク達はイセルナの携行端末から導話し、ダンら南回りチームと連絡を取っていた。聖

都での状況報告と共に、公が伝えない内情をきちんと仲間同士で共有する為である。

 導話の向こうでダンが一通り聞いてから呟いた。今朝のゴタゴタ──ブルートバードによ

る市街戦勃発といった報はもう南方あっちにも伝わっている筈だが、信じてくれているからなのか、

声色に焦りなどはみえない。少なくとも向こうから聞こえてくるのは、涼やかな風と葉の

音色である。

導信網マギネットにも上がってたぜ。今朝宿で見た。どうする? 手ェ貸そうか? 向こうとサシで

話せる状況じゃねぇんなら、数入れて早いとこ聖浄器だけでも回収した方がいい気もするが』

「気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう。でも大丈夫。私達の方が騒ぎ立てられれば騒

ぎ立てられるほど、そっちがやり易くなるだろうし」

『……はん。相変わらず食ぇねえ女だ』

 呵々。あくまで不敵な彼女にダンは嗤う。イセルナは耳元に端末をくっ付け、涼しい顔で

そこに立っていた。ジークやレナ、そして気持ち離れてシゼルもそんなやり取りに耳を澄ま

せている。視界の向こういっぱいに広がる聖都の街並みを眺めながら、イセルナは言った。

「そっちこそ大丈夫? さっき“結社”に襲われたって言ってたけど……」

『ん? ああ、問題ない。雑魚のレベルさ。寧ろ奴らが道中、邪魔して来ない方がおかしい

ってもんだろう?』

 曰く、翠風の町セレナスへ向かっている道中、信徒級の一隊が林の中で攻撃を仕掛けてきたという

のだ。幸いマルタの《音》で敵は一掃され、難なく場を脱する事はできたが、改めて連中の

警戒は緩んでいないことを思い知らされた。

『大都の一件以来、奴らは各国に侵攻してる。落ちた落ちなかったに関係なく、もう奴らの

縄張りは世界中に作られてると考えた方がいい。さっき話したように、俺達はこのまま一旦

導都ウィルホルムに向かう。その後、翠風の町セレナスに入るつもりだ。それぞれ着いたら陣を敷ける場所も探し

て連絡する。こっちの事は心配せずに、お前らはレナの自由を勝ち取ってこい。いざとなりゃ、

こっちにはクロムもいるしな』

「ええ……」

 イセルナが苦笑わらっていた。ジーク達も傍に立って覗き込み、彼らが無事なのを確認して

いる。それじゃあな。やがて三つ四つとやり取りを交わして、ダン達との導話は切れた。サフレ

やグノーシュ、リュカにミア、ステラなど他の仲間達も変わりなさそうだ。まだ互いに旅

立って一月も経っていないのに、実際に声を聞くと思いの外安心する。

「……お待たせ。向こうは大丈夫そうよ。私達は私達のやるべきことをやりましょう?」

「ええ。何はともあれ、助かりました」

「本当に。もう、一時はどうなる事かと……」

「私がこっちに残って正解だったみたいね。それに……」

「……」

 塔の屋上でひとしきり話した後、イセルナはジークとレナを伴ってシゼルを見る。流石に

団長と知って気を引き締めたのか、この風に靡く白衣の彼女はぴんっと背を伸ばして立って

いた。ジークが助け、塔への潜入を後押ししてくれた経緯については、既に二人から説明を

受けている。

「シゼルさん、でしたか。貴女にもお礼を言わないと。二人を守ってくれてありがとう。貴

女がいなければ、私が駆けつけるのも間に合ってはいなかったでしょう」

「い、いえ。こちらこそ、部外者なのにずけずけとついて来てしまい……」

 小柄な身体と薄眼鏡を目一杯動かしながら、シゼルは求められた握手に応じた。年格好は

同じくらいの筈だが、如何せんイセルナがすらりとスタイルがいい分、どうしても彼女の方

が小動物っぽく見える。

「それで……これから一体どうするんです? 大体の事情はお二人から聞いていますが、こ

の塔に聖教典エルヴィレーナが無いとなると……」

「そうですね。先ずはシフォン達──エルマ=ニシュ大聖堂の結果を聞きます。それを踏ま

えて一旦集合しようかと。どのみち、このまま分断された状態で戦い続けるのは無理があり

ますから」

 レナちゃん。言ってイセルナは傍らのレナに精霊伝令を頼んだ。は、はい! 彼女が胸元

をそっと掻き抱き、ほうっと光球な精霊を呼び出して言伝する。小さな光となった精霊はそ

のまま数拍五人の前に浮かんだ後、滑るように空へ舞い上がると消えていった。

「ハロルドはリカルドさんを追ったわ。散光の村ランミュースに戻ってセディナさん達を保護しにね」

「あの二人が……」

「大丈夫、なんでしょうか?」

「できる事なら皆で駆けつけてあげたい所だけどね。でも、それだと組織を裏切ってまで芝

居を打ってくれたリカルドさんに申し訳が立たないわ。ハロルドもいるし、よほどの事がな

い限り大丈夫だとは思うんだけど……」

 塔の屋上から街の北、散光の村ランミュースの方向を見た。しかし村の姿は街の内外を隔てる峰に阻ま

れ、何一つ確認することはできない。只々、山の斜面を削り取って建てられた、教団本部の

荘厳な神殿群が見えるだけである。

「シフォン達の方も外れなら、今度はあそこに飛び込まなきゃいけねぇんだな」

「でも、正面から入ろうとしても無理じゃないでしょうか? もっと、裏口みたいな所でも

見つけないと……」

「ええ。何にせよ難しいでしょうね。相手だって総力戦になるわ。それにさっき飛んでいて

気付いたんだけど、どうやらこの都全体には結界が張られているようなのよ」

「えっ? じゃあ……」

「無理やりに押し通るなんてのは、まず不可能ってことよ。少なくとも侵入しようとした瞬

間、すぐに彼らに気付かれてしまう」

 眺めながら、暫しの作戦会議が行われていた。しかしイセルナからの報告によると、聖都

全域にはそもそも結界が張られているらしい。教団本部へとなると尚更だろう。押し通ろう

とすれば激戦は避けられない。ジーク達にとっても、それは悪手だ。できるだけ目立った交

戦はせずに済むに越した事はないからだ。もしこれ以上混乱や実害を招けば、一連の喧嘩を

売ってきたのは教団の側だという事実・状況的有利が人々にとって霞んでしまう。

「うーん。一体どうすれば……」

「……あのう」

 そんな時だった。ジーク達が、遠く斜面に埋まった教団本部を睨みながら頭を抱えていた

最中、おずっとシゼルが四人に向かって手を挙げた。ジークが、レナが、イセルナと彼女の

肩に留まっているブルートが一斉に彼女を見た。

「その、北の地下水洞を経由するというのはどうでしょう? 確かに結界はこの街を覆うよ

うに敷かれていますが、街の中に入ってしまえば実はそうでもないんです。何分あの山の奥

には黄の支樹エギル・ストリームがありますから、周辺にはあまり強い結界は張れないんですよ。魔流ストリームの渦に

相殺されちゃいますからね。なので、地下から本部の敷地に出られれば、比較的安全に内部に

侵入できるのではないかと」

『……』

 ジーク達は、振り向いたままぽかんと口を開けていた。あれ? 薄眼鏡が鼻先からズレ下

がって、数拍シゼルがおかしい事を言ったかなと小首を傾げる。

「そ、それ本当ですか!?」

「いける! それならいけるよ、シゼルさん!」

「……驚いた。随分と詳しいのね」

「あ、ははは……。これでも学者ですから。現地調査は徹底的に、です」

 故にジークやレナはそれだ! と、大きく膝を打って彼女に詰め寄っていた。思いもかけ

ずに光明が見え、つい彼女の手や肩を取って何度も何度も揺さ振ってしまう。イセルナも苦

笑いを零しながら、しかし重要な情報を得たと思考を整理し始めた。携行端末を再度開き、

聖都周辺の地図を呼び出す。シゼルから件の水脈の位置を聞き出して大よそのアタリを付け

ると、早速作戦を詰める為に動き出す。

「可能性があるのならやってみましょう。一旦皆を集めるわ。水脈の位置なんかはレジーナ

さん達に詳しい図面を出して貰って、実際に使うルートを詰めましょう。シゼルさん。申し

訳ないのだけれど」

「はいはい。大丈夫です。私の方も、皆さんを案内する準備を始めますね」

 取り急ぎ連絡先を交換し、ジーク達は一旦シゼルと別れた。一人で大丈夫かとジークは訊

ねたが、ダーレンが倒された混乱の今ならこっそり抜け出られるだろうと言った。寧ろ多人

数でうろついていれば、怪しまれる。どのみち追加の軍勢がこちらに向かってやって来るだ

ろうから。

 去り際、手を振って外階段に消える彼女を見送って、ジーク達も一旦ルフグラン号へと帰

る事にした。

 転送リングを使い、魔導の光に包まれる。精霊伝令も飛ばした。シフォンら他の仲間達も

調査を終えれば同じく戻って来るだろう。


 藍色の魔法陣がジーク達それぞれの身体を包む。

 刹那、四人の姿は塔の屋上から忽然として消え去った。


「……」

 被っていたフードを取り、眼鏡を付け直して、束ねた髪を解き直す。

 神官騎士ダーレン敗北の混乱の最中、たった一人の女を気に留める者は皆無だった。こうして軽く

変装してやれば人の目とは思いの外簡単に騙せる。

 路地裏に一人、シゼルは音もなく身を滑らせていた。辺りではまだ他の神官騎士の隊が、

消えてしまったなど想像だにしないジーク達を捜して右往左往している。

「……さて、と」

 静かに息をついてから、彼女は軽く呪文を唱え掌に光球を呼び出した。通信用の魔導だ。

光球の向こうには特にこれといった姿は見えない。だが彼女はすっかりこなれた様子で、そ

の先にいる筈の者へとそっと声を掛ける。

「もしもし、私です。至急でそちらで二・三、手を回して欲しい事があるのですが──」

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