表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-76.或る兄弟の嘆歌(ラメント)
56/436

76-(1) 大聖堂の戦い

「……やあ。暫くぶり」

 時を前後して、エルマ=ニシュ大聖堂。

 偵察に向かった仲間達が中々戻って来ないことに不安を覚え、シフォン達は意を決して堂

内へと突入を試みた。

 そしてそこに居たのは、傷付き倒された件の仲間達と、神官騎士ヴェスタ率いる一隊だっ

たのである。

 憎々しいほど端正な所作で哂い、一行を迎えてくるヴェスタ。

 入って来た正面の大扉を除き、シフォン達はずらりとほぼ全方位から銃口を向けられてし

まっていたのだった。

「ベーレ、ボーンズ、スコッター!」

「くそっ! 待ち伏せ、されていたのか……?」

 痛めつけられた同胞らの姿を見て、隊士達は叫んでいた。

 しかし今下手に動けば一斉に壊滅させられるのは明らかだった。かといってこのまま大人

しく捕まってやる義理もない。

 ……ならば、頭を取る。シフォンが背中の矢に手を伸ばそうとし、クレアがピンを、オズ

が腕の銃口を開こうと身構えようとした。

「おっと」

 だがそれよりも一歩早く、ヴェスタは動いていた。オーラを練りつつ軽く跳び、シフォン

達との距離を詰めながら真正面へ着地する。

 《影》だ。シフォン達から長く伸びていた影を、彼は踏んだのだ。矢を番えた格好で、腰

のポシェットからピンを出して構える直前で、手甲の砲門が開いた所で、それぞれの動きが

ピタリと止まる。残る隊士達もまた同様だった。

「くっ……」

「ふふ。もう同じ手は通じないよ。その辺りも対策済みだ。こちらのホームでやり合おうと

したのが運の尽きだったな」

 言って軽く払うヴェスタの手の向こうには、祭壇が埋まった壁一面に点けられた幾つもの

燭台があった。先の老司祭や若い神官が数人、そこを守るようにして身を強張らせている。

どうやら他の観光客など外部の人間は既に追い出してあるようだ。

 捕えろ! ほくそ笑むも数拍、ヴェスタは部下達に指示を飛ばす。銃口を向け、サーベル

の切っ先をゆっくり床に向けて円を描き、四方から神官兵達がにじり寄って来る。

「……っ」

 だがその時、僅かな隙が生まれた。この一部始終を見守っていた若い神官の一人が、つい

恐れに負けて立っていた場所から少しズレたのだ。

 そうして一部が遮られた、燭台の灯。それは《影》のクレアへの影響力を弱め、僅かにだ

が彼女がピンを握っていた右手の自由を緩めたのである。

(!? チャンス!)

 これを、若いながらも彼女は見逃さなかった。全身はまだ動かないが、それでも手首のス

ナップを利かせてピンを投げる事はできる。

 判断は一瞬で、均衡が崩れるのも一瞬だった。クレアが投げ付けたピンは迫る神官兵らの

背面へと飛び、大理石と絨毯の床にその先端を突き立てる。

『ッ!?』

「しまっ──」

 それは光の付与術エンチャントだった。ピンに巻いた紙、魔法陣があたかもレンズのように聖堂内に差

し込む光を集め、眩い光を辺り一面に振り撒いたのである。

 神官兵達が、そしてヴェスタが背面を飛んでいったピンに気付き、だがその時にはもう止

める事はできない。シフォン達を縛っていた彼の《影》はその実体を維持できなくなって消

滅し、今度は兵達が発された光に思わず目を眩ませられる。やったぜ、嬢ちゃん! 隊士達

やシフォン、オズもここぞとばかりに脱出し、今度は一網打尽にされぬようにと誰が言うで

もなく聖堂内に散開する。

「戦えない人を置いたのが失敗だったね。もうやられないよ。私の付与術エンチャントで全部吹き飛ばし

てあげるんだから!」

「……猪口才な。光源なら幾らでもある。ここに入って来た時から、お前達に逃げ場なんて

無いんだよ!」

 穿て! そして今度は、ヴェスタは自身の影を操って無数の触手とし、一斉にシフォン達

へと襲い掛かってきた。シフォンが寸前で彼女を回収し、かわす。《影》の色装によって操

られた無数の影達は、まるで一本一本が意思を持つ大蛇のようにうねり、大理石と絨毯の床

を抉り始めた。

「あ、あわわわ……。き、騎士様、そんなに暴れられると聖堂が……!」

「隊長に続け! 奴らを仕留めろ!」

 《影》の触手の間を縫いながら、襲い掛かってくる神官兵らと隊士達が切り結ぶ。壁際の

祭壇に逃れていた司祭達は半泣きになりながらヴェスタに請うていたが、もうその懇願──

手加減が通用する状況ではない。シフォンの矢、クレアのピン。ならばとヴェスタに直接攻

撃が飛ぶが、どれも《影》の触手によって弾き返されてしまう。

「ははは! 無駄だ無駄だ! 私の力に押し潰されろ!」

 刃のように鋭く伸びる黒い触手の切っ先達。高笑いするヴェスタのそれに応じ、渾身の一

撃がシフォン達に迫ろうとした。

「──グッ!」

 だが、それを文字通り身を挺して防いだのは、オズだった。シフォンやクレア、隊士達が

驚いて見上げたその頭上では、両腕を交差させて防御したオズの身体を、幾本もの《影》が

刺し貫いている。

「オズちゃん!」「オズ君!」

「……大丈夫、デス。ソレヨリモ今ノ内ニ、ヴェスタヲ」

 にわかに明滅する彼のランプ眼。にも拘わらず攻撃を促す言葉を聞いて、シフォンはぎり

っと歯を食い縛った。当のヴェスタはオズに《影》を止められてもがいている。反撃するな

ら今しかない。

「皆、僕のオーラの中に隠れて!」

 全身にたっぷりとオーラを練り、シフォンは色装の能力を発動した。《虹》の色装。霧状

に拡散したオーラを媒介に、無数の幻影を作り出す。

「うっ? これは……」

「正門広場で見たのと同じ──ぐあッ!?」

「やられた!? おい、気を付けろ! 奇襲だ!」

 一度は見た筈。だがそれでもヴェスタ隊の面々はこれをどう攻略するかまでは身体に覚え

込ませられてはいなかった。次々に現れる、弓を番えたシフォンの群れ。だがその攻撃から

身を守ろうとし、身構えた次の瞬間には霧の中から全く別の攻撃が襲い掛かってくる。

 隊士達だった。彼らはオーラの霧に乗じ、ヴェスタ隊の各個撃破を狙い始めたのである。

 その刃に、銃撃に倒れていくヴェスタ隊。或いはシフォンの幻影からの矢を本物か偽物か

見破れず、その身の内の疑い故に、本当にダメージを受けたのかすらも解らない。

「落ち着け! これは幻術だ、ダミーだ! 裏切り者達の攻撃に集中しろ! 目ではなく見

氣で見るんだ!」

 そしてこの突き崩され始めた形勢に、ヴェスタも部下達を立て直すべく叫んだ。

 オズから《影》の触手を、やや強引に抜く。ぐらりと彼の身体がその場に膝をつかせる。

シフォンの群れが霧の中から現れ、ヴェスタを狙った。しかしどれが本物なのかをじっくり

見定めている暇はない。《影》の触手を、現れたシフォン達へと片っ端からぶつけて打ち砕

いていく。殆どが偽物なのだ。この霧の中に、必ず本物が混じっている筈──。

「……いない?」

 なのに、本物のシフォンの姿は一向に見つからなかった。幻影の彼だけが《影》によって

撃ち抜かれ、霧散する。ヴェスタは深く眉間に皺を寄せ、気配を探った。そして気付いた時

には、彼は祭壇に逃れていた司祭の背後に滑り込んでいたのである。

「っ! 貴様──」

 だが、結論から言えばそれは罠だった。元よりシフォン達も関係の無い者を手に掛けるな

ど選択肢に上ってすらいない。

 クレアだった。ヴェスタが思わずこの“人質”に目を奪われた隙に、彼女は断氣を駆使し

て彼に近づき、その背中のに付与術エンチャントのピンを刺したのである。

「しまっ──!」

 二度目どころか三度、四度。光を放つ魔法陣によって展開していた《影》はことごとく拭

い除かれ、ヴェスタはほぼ無防備になった。驚く司祭を余所に、シフォンが跳ぶ。跳びなが

ら番えた矢は魔力マナの矢で、それは急速に膨らみながら輝きを増していく。

「流星巨砲!」

 一撃必殺の技だった。凝縮された矢状の魔力マナは放たれた瞬間解放され、巨大なエネルギー

の奔流となってヴェスタを襲う。

「ぬ、おおぉぉォッ!?」

 ヴェスタは咄嗟に剣を抜き、全身のオーラを防御に回し、これを受け止めていた。だが対

する一撃が大き過ぎる事もあり、抑えはできるものの足元はガリガリと急速に抉れながら彼

を押し出してゆく。

「く、くそッ! 私が、この私がぁ! ……ぁ?」

 しかし、結論から言えば相手の本命はこれではなかったのだ。

 反撃の一矢に押され、叫ぶヴェスタ。だが次の瞬間、その視界の端に映ったのは、傷付き

ながらも鋼の豪腕を振りかぶってこちらに迫る、オズの姿で……。

「ぶべらッ?!」

 殴り飛ばされていた。流星巨砲を受けるので精一杯な彼は、真横から打ち込まれたオズの

右ストレートを防ぐ手立てもなく、顔面にその一撃を受けて猛烈な速さで吹っ飛んでいた。

 空気ごと弾かれてぶつかった身体。ヴェスタは聖堂内、反対側の壁面に激しく叩き付けら

れ、巨大な陥没──穴を作って吐血、白目を剥き、そのままぴくりとも動かなくなる。

「た、隊長が、やられた……」

「に、逃げろー!!」

 そして、その一部始終を見ていた彼の部下達は、絶望したように恐れをなし、隊士らとの

鍔迫り合いをも捨て置いて散り散りに逃げ出していった。

 ああ……聖堂が……。ぶち抜かれた壁、辺り一面の惨状に老司祭が青褪めてぶつぶつと呟

いている。仕方ないのだが、正直すまなかったと言わざるを得ない。

「……とりあえず、追い払ったか」

「オズちゃん、大丈夫?」

「ハイ。装甲ハ損傷シマシタガ、駆動部ニ問題ハアリマセン」

 少々罪悪感を感じながらも、シフォン達は集って勝利を労い合った。クレアら仲間達に問

われてオズも茜色のランプ眼を点滅させながら無事だと応じる。

「シフォンさーん! ベーレ達、回収しました!」

「ああ。ありがとう」

「うーん。結局ここに、聖浄器は無かったみたいだね」

「聖女ノ塔デショウカ?」

「どうだろう。イセルナ達と合流しない事には分からないな」

 お騒がせしました──。そうシフォン達は司祭らに会釈をして頭を下げ、踵を返した。

 また援軍が来るかもしれない。色んな意味で、長居は無用だ。

 聖堂を後にし、一行は別れた他の仲間達と合流することにする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ