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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-76.或る兄弟の嘆歌(ラメント)
55/436

76-(0) 裏切り者、独り

※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2016.8/3

 日は昼の白ばみから移ろい、茜の傾きへと下り始めていた。

 終わりが始まっている。しかし今目の前にある現実は、その前にもう一波二波と災いを連

れて来る。

 散光の村ランミュース。ルフグラン号から急ぎ転移してきたリカルドは、ややあって同じく村へ踏み入

ってきたミュゼ隊の面々と対峙していた。ひっ……!? 武装した両者、張り詰めてゆく緊

張に怯え、運悪く場に居合わせた村人達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「……此処に戻って来たという事は、我々の目的に気付いたという理解でいいのですね?」

 そんな彼らを、ミュゼは一瞥もくれずに言った。リカルドは答えない。じっと睨み返しな

がら、ゆっくりゆっくりと腰の銃を抜き放つ機を窺っている。

「本当に裏切るのですね。まぁ正直、私は貴方のような人間が神官騎士になるべきではない

と思っていましたが……」

 そう言って小さく息を吐く。そうかよ、余計なお世話だ。

 もう両者が交わることはない。リカルドの動きにも目敏く反応し、ミュゼはサッと手で合

図を送って周りの部下達の武器を抜かせた。遠巻きに隠れてセディナ夫妻始め村人達がこの

一部始終を恐る恐るといった様子で見ている。

「ああ。このゴタゴタが片付いたら正式に騎士団を抜ける。俺はセディナさん達を──ただ

平穏無事に暮らしたいと願っただけの市民ひとを人質に取ろうなんて卑劣なことをするような連

中とは一緒にならねえ」

「……貴方達が悪いのですよ。聖女様を誑かして自分のものにして……」

「ざけんな! レナちゃんは物じゃねえッ!!」

 あくまで淡々と目の前の障害に当たるミュゼに対し、リカルドは怒号と共に吼えた。物陰

の村人達が震え、当のセディナ夫妻がぐらりとその見開いた瞳を揺らがせる。

 リカルドは沸々と怒っていた。身内が組織に囚われんとするからだけではない。

 あくまで彼女らが、教団が“アドバンテージ”に拘り続けるからだ。組織の生き残りの為

に暗躍するからだ。

 一体いつまで手前らは連帯しない気だ? 人を道具にする気なんだ……?

「……退きなさい、と言っても無駄なのでしょうね」

 淡々とミュゼは言った。「はあ」とわざとらしき嘆息をつき、リカルドを見る。その眼は

分厚く冷たく、さも大局を理解せど己の感情を優先して動く彼を侮蔑するかのように。

「総員、彼を捕らえなさい。……生死は問いません」

 そして部下の神官兵らが動き出した。半分は剣を、半分は長銃を。リカルドに向かって突

撃し、或いは横列のまま一斉射撃を繰り出す。

 あわわわ……! 村人達やセディナ夫妻は目を丸くし、身を強張らせた。彼が殺されてし

まうと直感的に思った。

調刻霊装アクセリオ──二重速トワイスクロック!)

 だが、次の瞬間皆の目に映ったのはまるで逆の光景だった。

 背中に彫った呪文ルーン刺青。自らの身体を器にして発動した魔導は、彼の速度を容易にこの兵

達のそれよりも遥かに追い越させた。

 セピアになる世界、スローモーションで襲い掛かってくる彼ら。

 リカルドはそれを駆け抜けながら一人一人に肘鉄を打ち、握られた剣を叩き飛ばしながら

迫った。緩慢に進んでくる銃弾の群れもナイフで軽く弾いてあさっての方向に向け、切っ先

を銃身に突き立てて破壊する。或いはその兵自身を顔面ごと地面に叩き伏せ、排除する。

 腰から銃を抜いた。銃兵の列を抜け、更に目指すはミュゼだ。

 スローモーション。しかしこの辺りで時間切れのようだ。彼女は緩慢ながらも少しずつこ

ちらが何をしてきたのかを悟りつつあり、ゆっくりゆっくりと身を逸らし、後ろに下がりな

がらリカルドの銃口から逃れようとする。

「──っ!」

「ちっ……」

 調刻霊装アクセリオが切れた。周囲の時は再び本来の速さに戻り、色彩が回復する。殆どの人間には

一体何が起きたか分からなかっただろう。襲い掛かった筈の神官兵らは気付いた時には殴り

飛ばされ、痩せた地面に転がる。或いは手に痛みを感じ、剣があらぬ方向へと飛んでいる。

後方の銃兵達も同じで、中には地面に叩き付けられる格好でもろに衝撃を受け、吐血してい

る者もいた。

「な、何だ?」

「今、一瞬で何人もやられたぞ……??」

 遠く物陰に潜む村人達のざわめき。だが構う余裕など無い。本命はやり損ねた。ミュゼは

大きく後ろに跳び、間合いを取り直していた。リカルドも向けた銃口を程なくして手早く外

し、側方に逃れたこの彼女を見ている。

「……なるほど。これが調刻霊装アクセリオですか。刻魔導の使い手であるというのは聞いていました

が……」

 再び向き合う。部下の神官兵らは多くがダウンした状態だ。だがミュゼはそれに構う素振

りもない。被害が出ることは最初から想定の範囲内だったらしい。

(流石に一発じゃ仕留めらんないか……。どうしたもんかね)

 そしてリカルドも、また内心で思案していた。兄との私闘の事もある。多少の加速でも反

応されることは予想内だった。やはり隊長格ともなればその辺の雑魚とは違う。

(“楯無”のミュゼ、だったか。総隊長のお気に入り……。他の隊長達とは任務で一緒にや

ったことはあるが、こいつばかりは初めてなんだよな)

 つまり、手の内が分からない。寧ろ先に調刻霊装アクセリオを見せた事で、相手側に先ずアドバンテ

ージが出来た可能性だってある。尤もあの口振りだと元からある程度知ってはいたようだが。

 さて……。手に下げた銃を握り締め、じっと様子を窺う。数歩ミュゼが歩み出し、そっと

指に嵌めた小さな指輪に唇を近づけた。ぶつぶつと詠唱のような小声が聞こえ、次の瞬間に

はその両手に二本の短槍──魔導具の双槍が現れた。

「仕方ありませんね。私が直々に、罰を与えましょうおあいてしましょう

 ヒュンとそれぞれの手の中で回された短槍。ギチリと握られて彼女は構える。

「……」

 スチャリ。右手には握った銃をゆっくりと顔の傍へと持ち上げ、左手は半身を返した後ろ

腰に忍ばせたナイフへと。

 寂れた村に吹く乾いた風。物陰の村人達や、セディナ夫妻が息を呑む。


 決戦たたかいが、始まろうとしていた。

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