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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-75.聖都と見(まみ)えの白博士
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75-(8) 愚弟のけじめ

『ああ。それなんだが……』

 兄貴から伝令を受け、エルマ=ニシュへ向かう寸前、俺はシフォンさんや部下達に告げて

いた。クレアちゃんを先頭に踏み出した皆の足が、はたっと止まってこちらに向き直る。

『悪いが先に行っててくれ。ちょっと、やっておかなきゃいけない事がある』

 そう表現するのが精一杯だった。馬鹿正直に喋れば、きっとこのどうしようもないお人好

しで“仲間”想いの連中は、一緒について来ようとするから。

 何を……? 案の定向けられたのは懐疑の眼差しだった。そりゃそうだろう。次に打つべ

き手、方針が決まり、皆で団結して動き出そうとしていた矢先に水を差したのだから。

 だが言えない。今言ってしまっては昨夜からの苦労が全て水の泡になる。

 ──散光の村ランミュースだ。レナちゃんの実の両親が暮らし、十九年前兄貴に一人娘の運命を託した

始まりの場所。あの村にはそのセディナさん夫妻がいるのだ。そしてその情報は、今や教団

の知る所となってしまっている。

 きっと奴らは動く筈だ。レナちゃんにとって、兄貴達にとって、今回最大の弱点となるで

あろうあの二人を、奴らが見逃す筈はない。

 まだ兵を動かしていなければいいが。いや、もう既に出発しているかもしれない。

 あの夜、あの場でやり合ってはいけなかった。少なくともそうなれば夫妻もろとも村の者

達は無事では済まなかっただろう。……結局は先延ばし、時間稼ぎでしかないということぐ

らいは解っている。だがせめて、レナちゃんの自由の為にも、兄貴達を先ずこの聖都へ送り

届ける必要があった。そしてそれは今、何とか達成された筈だ。後は元々の予定通り、クリ

シェンヌの聖浄器と併せてイセルナさん達が闘ってくれる。最初はスパイだった俺がこうも

彼らを“信じている”だなんて、可笑しな話だけれど。

『……分かった。こっちは僕達に任せてくれ』

 なのにシフォンさんは何故とは訊かなかった。ただじっと俺を見、数秒間を置いてからゆ

っくりと頷き返してくれる。

 その横では頭にはてなマークを浮かべているクレアちゃん。オズや部下達。

 それでも遊び人時代からの付き合いだ。奴らの中にはシフォンさんと同じく、俺の今考え

ていることに理解がいった面子もいたようだ。コクリと、目を細めて息を呑んで、黙って俺

を送り出してくれる。

『すまん。ただでさえ分断された兵力が減っちまうが……』

 言いながら、腕に嵌めていた転送リングを揺らし、踵を返そうとする。

 シフォンさんや部下達は見送ってくれていた。「お気をつけて」内一人が言って、ああや

っぱりそうかと思う。

『……お前ら。シフォンさん達を助けてやってくれ。俺たち地元人なら、聖堂への道案内も

簡単だ』

 はい! 勿論です! 部下達の慇懃な敬礼が並ぶ。

 全く。俺個人の拘りやら因縁に、ここまで付き合わなくても良かったんだぜ……?

『──っ!? リカルド、さん?』

『な、何であんただけ……? まさか、教団の』

『あ~……。大丈夫だ。今朝までのあれは演技だよ。セディナさん──レナちゃんのご両親

を戦いに巻き込まない為のな』

 転送リングを使って一旦ルフグラン号内部──転移装置のある宿舎の一角へ。すると待機

していた団員達が数人、転移を聞きつけてやって来た。俺を見てサァッと緊張し、中には腰

の武器を抜き放とうとする奴もいる。

 朝刊段階でのニュースだな。まぁこれも想定の範囲内だ。俺はすぐに攻撃の意思がない事

を示し、彼らに散光の村ランミュースから聖都までへの一連の経緯を詳しく話して聞かせた。そして続き、

レジーナ・エリウッドの正副船長に話を通してくれと頼む。

『……そっか。レナちゃんのご両親に会いに行ってたんだね。それで、このことイセルナさ

ん達には?』

『いや、今はまだだ。彼女達には教皇を引っ張り出すことに集中して貰う。それよか急いで

くれ。一方通行でもいい。もう総隊長辺りが動いている可能性がある』

 二人に、カンパニーの技師達に説明する時間すら惜しかった。心持ちどうしても早口にな

りながら俺は訴える。独り占めとかじゃない。俺は俺なりに、ずっとけじめをつけるべきだ

と思っていた。絶えず変化していく状況に合わせて、最善次善の立ち回りをしなければいけ

ないと考えていた。

 レジーナさんが焦ったようにガシガシとバンダナ越しに後ろ髪を掻く。エリウッドさんが

すっくと席から立ち上がり、他の技師達に指示を飛ばす。

『分かった。すぐに座標の計算をしよう。誰か地図を。あと向こうで陣を敷設する要員を決

める。彼女の故郷となれば、今後再び訪れる場面もありそうだしね』

 それでいいね? 俺もレジーナさんも、首を横に振る理由なんてなかった。そうしてすぐ

に技師達、ついて来たり様子を見に来た団員達も一緒になって村への転移準備を整える。


「──」

 藍色の光が身体から方々に霧散し、リカルドはゆっくりと目を開けた。

 見覚えるのある寂れた村の中。どうやら転移は無事成功したようだ。

 辺りを見渡す。数段高くなった痩せた畑の上で、唖然とこちらを見て村人達が手から鍬を

落としたりして固まっている。

「な、何だ? 今何が起きた?」

「いきなり、何もない所から……」

「いや、それよりも。あの服と面は見覚えあるぞ。史の騎士団だ。ブルートバードから乗り

換えてた奴だ!」

 ざわざわ、わらわら。

 村人達はめいめい、恐る恐る小走りで近寄って来たかと思うと、リカルド達を取り囲むよ

うにして警戒した。

 中には「御慈悲を! 御慈悲を!」と半泣きになっている老婆もいる。大方また教団が機

嫌を損ね、村に危害を加えに来たとでも思っているのだろう。

「あ~……。とにかく落ち着け。俺はもう教団の手下じゃねぇよ。伝えに来たんだ。カイン

さんとクラリスさんは何処にいる?」

『えっ』

 故に村人達は戸惑う。一つは神官騎士の服を着ながらそうではないと語る彼と、もう一つ

は再び口に出されたセディナ夫妻の名前に後ろめたさが消えないからだ。

「……リカルド、さん?」

「い、一体どうしたんです? レナ達を、連れて行った筈じゃあ……」

 じれったい。だがそうしていると当の本人達が林の向こうから顔を見せた。両手に桶を持

っている所をみると水を汲んでいたらしい。二人の姿をみて、村人達がばつが悪そうにめい

めいに顔を逸らす。

「詳しい話は後だ。とにかく急いで避難してくれ! 俺達の船に来てもいい。急がないと今

度こそ、奴らがあんた達を──」

 間に合ったのか……? しかし二人の無事に安堵しつつもゆっくりとはしていられない、

その時だった。ザッザッと、村の入口方面から複数の靴音がこちらに向かって近付いて来た

のである。

「……貴方ですか。妙ですね。どうして、我々より早く……?」

 姿を見せたのは神官兵の一隊だった。

 史の騎士団総隊長リザ・マクスウェルの懐刀、神官騎士ミュゼ率いる部隊だった。

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