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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-75.聖都と見(まみ)えの白博士
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75-(7) 迫り来る影

『悪いが先に行っててくれ。ちょっと、やっておかなきゃいけない事がある』

 時を前後して。正門広場での戦いを切り抜け、ハロルドからの精霊伝令を受け動き出そう

としたその時、はたと一人足を止めたリカルドはそうシフォン達に告げる。

 何を……? 最初彼の言葉に面々は怪訝の眼差しを向けていた。自分達の、セディナ夫妻

の為を思っての演技だったとはいえ、また何か企んでいるのかと疑念が過ぎらずにはいられ

なかった。

『……分かった。こっちは僕達に任せてくれ』

 しかし数拍の間の後、皆を代表するようにシフォンが言った。その表情、横顔にはある種

の悲壮が漂っているように見えたが、彼は多くを語らない。リカルド隊の内の何人かもやや

遅れて同じような反応をみせ始めていた。

 転送リングで一旦ルフグラン号に戻るリカルドを見送る。

 そして藍色の輝きが彼を包み、消え去ったのを見届けると、シフォンは「さぁ行こう」と

残る皆を引き連れて歩き出す。


「──さて。例の聖堂に着いた訳だけど……」

 隊士らの案内で、シフォンとクレア、オズの西側班の面々は目的のエルマ=ニシュ大聖堂

へと到着していた。物陰に潜みつつ様子を窺う。市中は騒ぎを疎んで人気は疎らだったが、

宗教上の要衝だけあって入口には神官や巡礼者らしき者達が時折たむろし、出入りする。

「真正面からは無理だよねえ」

「顔ガ割レテシマッテイマスカラネ。神官騎士達ヲ呼バレテシマウノガ関ノ山デショウ」

 用心はどれだけしてもし足りない。問題はどうやってあの中に入るかだ。

 道中、市内には自分達を探すべく少なくない神官兵、或いはその信仰心からか自警団を結

成した市民達すらも巡回していた。

 都合よくここが手薄だとは限らない。情報はここの神官達にも回って来ている筈だ。

 どうやって潜入するか? エルヴィレーナの有無を調べる為の時間を稼ぐか?

 言わずもがな、制圧など以っての外だ。確かに力にものを言わせて目的を達成することは

簡単だが、それではレナを益々厳しい立場に追いやってしまう。エルヴィレーナは教皇達を

交渉のテーブルに着かせる道具──対等な関係に引っ張り下ろす手段であって、徒に刃を交

えることが最終目的ではない。

「うーん。精霊さんに頼むとか?」

「いや、相手は神官だ。視える者同士ではあまりメリットがない。怪しまれて探知されれば

見つかってしまう」

「デハ私ハドウデショウ? 姿ヲ隠シテイル今ナラ、気付カレズニ進入デキルカト思ワレマ

スガ」

「できなくはないけど……。足音までは隠せないじゃん? ごそごそ調べ回ってたら結局気

付かれちゃうんじゃない?」

「……。あのぅ」

 あーだこーだと作戦を練る。

 するとそれまでやや距離を取って黙っていたリカルド隊士達が、おずおずと手を上げて話

し掛けてきた。

「それなら、俺達が適任じゃないですかね? 一応は元身内ですし」

「もしかしたらまだ俺達個々人の顔と名前までは伝わってないかもしれないです。この史の

騎士団の制服で話を訊けば、直接お偉いさんとかに確かめられると思うんですが」

『……』

 シフォンがクレアが、オズがゆっくりと振り返る。小さく挙手したままの隊士らをじっと

見つめて、そしてはたと膝を打つように叫ぶ。

「それだ!」

「あはは……。そういえば居たじゃん」

「確カニ。ソレガ一番リスクノ少ナイ方法カモシレマセン」

 故に、シフォン達は立候補する隊士達を数人、聖堂内へ派遣することにした。

 彼らを手伝ってやってくれ──去り際にそうリカルドに託されたこともあり、彼らのやる

気はマックスだ。さりとて企みないしんを表に出す訳にはいかず、あくまで教団関係者だと装い、仰

々しい態度で、祭壇の前に立っている老司祭へと話しかける。

「おや? これは珍しい。その法衣は史の騎士団の皆さんですかな」

「ああ、そうだ。本部より指令を預かって来た」

「報せは聞いているだろう? 今、レノヴィン達が市中に潜んでいる。奴らの狙いは聖女様

と、その対を成す聖教典だ。奴らに奪われる前に確保せよとの命だ。此処にはないか?」

 するとこの老司祭は、暫しぱちくりと目を瞬いていた。

 たっぷりと蓄えた白い顎鬚を擦りながら、この歳若い神官兵らを笑う。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。何を仰いますやら。知らされておらんですかな? かの至宝な

らば開祖クリシェンヌの墓所でしょう? 移転以来、本山が守っておるではないですか」

 隊士達はそれを聞いて、思わず目を丸くした。上手く情報を聞き出せはしたが、同時にこ

れは拙いと直感したからだ。

 事実、目を細めて微笑わらう老司祭の眼にはじわりと猜疑の色が宿り始めている。

 長居してはいけないと思った。そ、そうか……。必死に繕った。

「す、すまなかった。邪魔をした」

 そして急ぎ踵を返し、聖堂を出、シフォン達にこの情報を伝えようと──。


「……遅いな。訊ねるだけならもう出て来てもいい頃なんだが」

「長話に付き合わされてる、とかじゃないよね? うーん。大丈夫かなあ」

「心配デスネ」

「あ、ああ……」

「もしかして、何かあったんじゃないか?」

 物陰に潜むこと四半刻。シフォンら三人と残る隊士達は中々出て来ない仲間に不安を募ら

せ始めていた。

 めいめいに表情が曇っていく。嫌な予感が過ぎる。互いに顔を見合わせて、やはり拙いと

いう結論に至り、一行はザッと立ち上がって聖堂内へと突入を試みる。

『──』

 そしてそこには彼が居、倒されていたのだ。

 ボロボロになって大理石の床に転がされていた先の隊士三人と、奥で震えている老司祭や

聖堂詰めの神官達。そんな有り様、飛び込んできたシフォン達を迎えたのは、整然と左右に

隊伍を整え、待ち構えていた神官騎士ヴェスタとその部隊。

「……やあ。暫くぶり」

 にたり。

 この気障ったらしい騎士は、憎々しいほど端正な所作で、嗤う。

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