75-(6) 聖女の塔(後編)
ダーレン隊が下階から迫っていることを踏まえ、ジークはレナを連れて上へ上へと逃げて
行った。そうして中央の螺旋階段を登ること暫し。階段はふいっと壁面の一方へ延び、塔の
外部外周へと出る。
どうやら屋上まで辿り着いたようだ。風圧に気をつけ、レナを支えてやりながら、ジーク
は右肩上がりの小路を跳び越えて丸い石畳の頂上へと降り立つ。
「……てっぺんまで来ちゃいましたね」
「ああ。奴らはどうなったんだろう? シゼルさんは大丈夫なのか?」
そう辺りを見渡していると、ややあってそのシゼルが追いついてきた。特に目立った怪我
もしていないらしい。元々無関係な彼女なのだ。巻き込んでしまい申し訳ないと思う。三人
が揃い、ジーク達は石畳の上を渡ってそろそろと眼下の景色を見てみた。
……中々に高い。入口周辺に点在していた露店の屋根が見える。だが何よりも厄介だなと
思ったのは、そこに最初とは打って変わって大勢の人々が群れを作って集まっていたことだ
った。どうやら作戦がここに来て裏目に出たらしい。仮にレナの征天使で飛び、降りように
も、こうも人が多過ぎれば近場では囲まれる。最悪追跡されて、まともに逃げることすらで
きないかもしれない。
「参ったな……これじゃあ目立ち過ぎる。一旦かなり遠くまで行かなきゃ撒けねぇぞ」
そんな時だった。ジーク達を追って、ダーレン隊が屋上まで辿り着いて来た。他人の眼が
なくなり、ダーレンは素の粗暴な、不敵の笑み浮かべて部下達を展開させる。ぐるりと屋上
の出入口側半周を囲む形だ。レナと、武器を抜こうとする彼らを見て、ダーレンは一度念を
入れるようにして指示する。
「銃は使うなよ。聖女様に当たったら極刑だぞ。女は後だ、レノヴィンを始末しろ」
応ッ! 一斉に抜剣。配下の神官兵達がジークに向かって襲い掛かった。
長剣からメイス、手槍まで。様々な武器が迫る。
「……。っ!」
だがジークはじりっとこれらの間合いが狭まってくるまで踏ん張り、布包みを置き去り、
次の瞬間霞むような速さで地面を蹴りながら二刀を抜いた。
なっ──!? 数人分の攻撃が横に倒した刃二本にガッチリと受け止められる。しかしそ
の膂力に驚くも僅かのこと、次には二刀──紅梅と蒼桜の刃はそれぞれ赤と青に光りながら
強さを増した。ただでさえ押し留められていた神官兵達の得物が力負けし、根本からバキリ
と折れて宙を舞う。彼ら自身の身体もぐらりと後ろに倒れ、拙いと思った時にはもうジーク
の第二撃が寸前に迫っていた。
自在に二色の軌跡を描きながら、ジークの剣閃が神官兵達の間を駆け巡る。
こうなれば一方的だった。振り下ろされた武器は砕かれ、側面・背後からの攻撃は刃を返
した峰打ちや柄先による殴打で一蹴、更に身をかわしながらの脚が顔面にめり込み、他の仲
間達を巻き込んで盛大に吹き飛ばされる。
「あがぁ……」
「つ、強い……」
そうして瞬く間に、屋上の石畳には昏倒した神官兵達が方々に散らばっていった。ぶんと
二刀を一払いし、ジークは何ともないと言った様子でこれを軽く睥睨する。しかしダーレン
はこうなる事は計算の内だったようで、特に驚く様子もない。
「ふん。流石は大都の一件を解決した英雄。雑兵をいくら寄せ集めても捉えられはせんか」
だが──! 故に、今度はダーレン自身が向かってきた。練り込まれたオーラを纏う拳が
ジークの頬先をギリギリの所で掠め、すかさず反撃した刃をもう一方の腕とオーラ量で防い
でみせる。
「ジークさん!」
それからは両者の猛烈な打ち合いだった。レナが思わず叫び、しかしシゼルに庇われて後
ろへと下げられる。
体格では明らかにダーレンに分があった。一発でもまともに受ければ立ち上がれないであ
ろう拳が、こちらも霞むような速さで打ち込まれてくる。それでもジークは見氣を併せなが
ら、冷静にこれを捌いていた。オーラを纏わせた二刀で受け流しつつ、或いは最小限の身の
こなしでかわしつつ、同じく鋭い斬撃を何度も叩き込もうとする。
「っ……!」
「ぬぅっ……!」
ガキンッと、両者の攻撃が克ち合った。力押しは長くは続かず、お互いがほぼ同時に大き
く後ろに跳んで間合いを取り直す。
「ククク。流石だな。俺の拳をここまで受け切った奴は久しぶりだ。だが、忘れてた訳じゃ
あないだろうなあ? この、俺の色装を!」
嗤い、そして叫ぶ。ダーレンが一際大きなオーラを練った。そのオーラは素早く両拳へと
移動し、ジークはこれをだらり二刀を手に下げたまま見つめる。
《寄》の色装だった。以前ジークが嵌り、何度もその殴打を受けた厄介な能力。
「……」
だがジークは、何を思ったか二刀を鞘に納めてしまったのだ。そして柄に手を乗せて構え
るのは居合いのそれ。使うのは飛ぶ斬撃の六華・蒼桜。
「ジーク、さん?」
「ふむ……?」
レナが目を瞬く。勿論ダーレンも、この行動の変化に頓着しないほど脳筋ではない。
(なるほど。俺の能力が来ると分かって、敢えて突っ込んでいくつもりか。間合いに入った
瞬間に一撃を浴びせようという魂胆だな? ふふっ、甘い。その程度の対応策など、これま
で何人もの使い手と戦って経験してきた。能力の匙加減は俺の側だ。間合いに迫った瞬間、
引力を少し弱めてやればタイミングなど簡単に崩せる)
小さくダーレンはほくそ笑んだ。自分の力には絶対の自信があった。
だから表面的には能力発動を続ける。その動作に澱みはない。オーラに《寄》の引力が加
わり、刹那ぐんとジークの身体が引っ張られる。
「……っ」
「はは、無駄だ無駄だ! 俺の《寄》からは逃げられん! あの時と同じように、俺にぶん
殴られて死ぬんだよ!」
抵抗し、ジークの身体は半身を返してちょうどダーレンに背中の左側を晒すような格好。
ダーレンは勝ち誇った。レナとシゼルが息を呑む。ぐんぐんと瞬く間にジークの身体は敵
の側へと吸い寄せられ、拳の届く近距離まで持ち込まれる。
死ねェ! 引き寄せるのとはもう片方の拳で、ダーレンの渾身の一撃が。
「──」
防がれていた。
次の瞬間、彼の拳は、ジークを守るように出現した緑色の結界に阻まれたのである。
目を見開くダーレン。ゆっくりとあんぐり口を開ける二人。ぐらっと刹那スローモーショ
ンのようになった時間の中で、ジークは片足を着地させながら言う。
「二度も同じ手が通用するかよ、阿呆。対策ならとうに考えてた」
鋭い眼光。しまったとダーレンが感じた時にはもう遅かったのだ。ぐんと踏み込んだジー
クの居抜きが、鞘から眩い光を漏らしながら開放されてゆく。
能力の裏を突かれたのだ。
引き寄せる“だけ”の能力は、間合いさえ詰めてしまえば後はただの殴り合いだ。こちら
のペースを乱される第一発目さえ凌げれば、後は純粋な白兵能力だけになる。
背中を向けたのは布石だったのだ。
懐から抜き放った脇差──防御の六華・緑柳を死角に隠す為の。
「──蒼桜、五分咲」
そしてそれはまさに蒼い光線。ジークの《爆》の色装で増幅されたオーラが、蒼桜本来の
飛ぶ斬撃を巨大なそれへと変貌させた。
ぐおぉぉぉッ!? 膨大なエネルギー量に押されて、ダーレンが遥か上空へと吹き飛ばさ
れる。オーラの防御もままならず、間に合わず、その身体はさも丸焦げになったかのように
致命傷を受けた。ぐらりと、そのまま塔の屋上から押し出されてリングアウトする。
「……っ、ぬがぁぁァッ!!」
『!?』
だが驚くべき事に、ダーレンは手放しかけた意識を寸前の所で持ち直したのだ。
ジークが、レナ達がそのさまに驚く。彼が白目を剥きながらも闘志は失わず、吹き飛ばさ
れた中空からこちらを睨み付けている。
「負ける、訳には……いかん。貴様も……道連れだぁぁぁー!!」
「──っ!?」
そして次の瞬間だった。放たれたのは、再びの《寄》。
ジークは完全に油断していた。《爆》の一撃で少なからず消耗し、次の動作に移るのが遅
れたのだ。
「ジークさん!」「皇子!」
ダーレンに引き寄せられて、ジークの身体は同じく塔の外へと飛び出していった。ぐんと
重力が仕事をし、落ちていく。眼下には塔に集まっていた人々の群れと、点在する露店の屋
根が見える。
「ははは! 落ちろ落ちろ! これで俺も貴様も、ただでは済まな──」
だが、そんな時だったのである。ダーレンの狂った高笑いを、突如として何者かが遮って
いた。刹那の一閃。最後まで言葉を紡ぎ切れず、ダーレンは再び白目を剥いて地上へと叩き
落とされていった。飛び散った血が、幾つもの飛沫となって宙を舞う。
「悪いけど、それは困るのよ」
イセルナだった。ブルートを纏い、飛翔態となったイセルナだったのだ。
高速でのダーレンへの一閃。そしてすぐさま冷気の尾っぽでジークをキャッチして高く高
く飛び上がる。
レナが、シゼルがその一部始終を見上げていた。やって来た助けに、ことレナは心底安堵
してぺたんとその場に座り込む。
「だ、団長」
「大丈夫? どうやら間に合ったようね」
フッと優しく笑うジーク達クランの長。蒼い鳥となった彼女はそのままジークと共に屋上
へと舞い戻り、着地した。一安心。彼はダーレン最後の足掻きから生還したのだ。
「あ、ははは……」
危うくショックのあまりおかしくなりそうだった。
指に嵌めた征天使の魔導具に手を掛けかけたまま、レナはそう引き攣ったままの安堵で苦笑
うのだった。




