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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-75.聖都と見(まみ)えの白博士
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75-(5) 聖女の塔(前編)

 聖女の塔内部は、古びた石造りの外見とは裏腹に思いの外整えられていた。史跡・観光名

所として維持する為だろう。方々に補修や補強の跡が確認できる。

 塔内は上階へ続く螺旋階段を中心とした円形。そのぐるり外周にはクリシェンヌゆかりの

品が分厚いガラスケースに入れられて保管・展示されている。

 レナとシゼルは、後ろからぞろぞろとついてくる人々、既に入場していた観光客などを引

き連れるような格好で、順繰りにこれら展示品の中から聖教典エルヴィレーナらしき物はないかと探し始め

ていた。

「え? 本当に聖女様?」

「ラッキー。無理して宿から出てきた甲斐があったぜ」

「でも、一体何の為に来たんだろうな?」

「さあ? 話じゃ教団と揉めてるとか聞いてたんだけど……」

「っていうかあの白衣の人、誰? 教団の人?」

 作戦の内とはいえ、野次馬の中からそう次々と雑多な会話が聞こえてくる。

 レナは努めてそうした声を意識しないようにした。シゼルも、彼女を守るようやや後ろの

位置取りを保って歩を合わせてくれている。

「聖女様ー。これからどうするつもりなんですかー?」

「ブルートバードに残るんです? 教団と喧嘩してますけどー?」

「……それも含めて考えています。何とかお互いに争わない形で収めたいのですけど……。

とにかく今は信じてください。ただ私は、自分が一体何者なのか、それを確かめに来ただけ

なんです」

 それでも好奇の眼と、不躾な質問は飛んだ。

 傍らのシゼルと、人ごみの中に隠れているジークが静かに眉間に皺を寄せたが、それでも

当のレナはやがて思い切ったように人々に振り返ると、そう丁寧に答えてから頭を下げた。

人々と、聖女訪問を聞いて駆けつけてきた塔の係員らがその清廉さに呑まれる。

 一番辛いのは他ならぬ彼女自身な筈だ。なのに本人は自らに降りかかった運命よりも、争

うことになってしまった育ての仲間達と教団との溝に心痛め、何とかしたいと願う。

 ……後光が差しているような気がした。比喩でも何でもなく、ただ優しいこの少女の在り

方が凡俗の皆々には眩しい。シゼルがいつでも彼女を庇えるように半身を返してあった。人

ごみの中で、ジークが布に包んで隠した六華にそっと手を触れ神妙な面持ちを作っている。

彼女の為にも、早く教団とのしがらみを断ち切ってやらなければ。

(聖教典……。本……)

 もう一度軽く会釈をし、レナはシゼルに連れられて一階また一階と上へ登っていった。

 道中ガラスケースの中には生前クリシェンヌが使っていた櫛やペン、日用品の数々から知

人・友人に宛てた書簡など様々な品が展示されていた。レナ自身どれもが初めて見る筈なの

だが、妙に懐かしい気持ちになる。フッと思わず微笑わらってその横顔に小さな花が咲き、ジーク

を含めた多くの人達が見惚れていたが、当の本人がそれに気付くことはない。

 何より肝心の、聖浄器らしき教典──魔導書はない。

 やはり最上級のアーティファクトとなれば一般には公開されていないのだろうか? 暫し

前世の自分とやらに思いを馳せていたレナだったが、そうぐるぐると思考を巡らせた後、手

近な係員に意を決して訊ねてみる。

「あのう……」

「……。はっ!? は、はい。何でしょうか!」

「? そのですね。此処はクリシェンヌ様ゆかりの品が沢山あると聞いていたのですが、愛

用していた魔導書……のようなものはありませんか? ざっと見た感じ、それらしいものが

見当たらなくて」

「魔導書、ですか。すみませんが自分は把握していませんね……」

「日記や手帳の類なら色々あるんですがね。ここに展示している分以外にも、地下室に保存

されているものも少なくないですし。基本的に此処は日常で使われていたものがメインです

ので……」

 惚けていた係員が我に返って訥々と答え、隣の同僚に目配せを送る。しかしその彼も彼ら

に視線を向けられた上司らしき人物も皆、心当たりはないと首を横に振った。

 つまりハズレか……。レナがシゼルと、シゼルが人ごみの中のジークと密かに視線を合わ

せて結論に向かう。

 或いはもっと上のフロアだろうか? その保存専用の地下室に眠っているのだろうか?

 どちらにしても、塔を管理している彼らに心当たりがないというのだから、あまり期待は

できなさそうだが……。

「お捜ししましたぞ、聖女様」

 だが、そんな時だったのだ。階段を登り、ダーレン率いる神官騎士の隊がやって来た。

 時間切れのようだ。進入前の騒ぎを聞いて駆けつけてきたのだろう。

 周囲の眼もあり、レナに対するダーレンの態度は一見恭しい。だが彼の好戦的な本性はと

うに知っている。近付いて来る彼に、レナは身を強張らせて後退りしようとした。シゼルが

前に出ようとする。しかしそれよりも早く、彼女を庇うように踊り出て来たのは──布包み

を握ったままのジークだった。

「止せよ。レナが怖がってるだろ」

「ま、待ってください! もう戦うのは止めて! ジークさん達は何も悪くない!」

『えっ──』

 自分達人ごみの中からジークが出てきた事にも驚いたが、それ以上に迫るダーレンに向か

って叫んだレナの言葉に、人々は驚き、当惑した。

 ブルートバードは、教団に喧嘩を売ったんじゃないのか?

 ということは本当に、最初に力ずくで掛かったのは教団──?

「……」

 だがそんな彼女の訴えも虚しく、立ち塞がり応戦止む無しと身構えていたジークのすぐ横

を、ダーレンは無言のままで通り過ぎた。

 元よりその心算だったのか。教団としては、レナの確保を最優先に動き始めたらしい。

「……っ」

 それでもジークはすれ違う瞬間に見ていた。周りには気取られぬよう、しかし一瞬。ほん

の一瞬だけ自分に向けられた彼の瞳には、間違いなく敵意と憎悪の色が宿っていた。

「お気を確かに。聖女様。貴女様はただレノヴィン達に誑かされているだけなのです。貴女

様を幼い頃奪い去り、かの裏切りの司祭は我が子として育てた。貴女様の本来おわすべき場

所はこの聖都なのですよ」

 ざわ、ざわ……。右へ左へと打ち込まれる内情に、周囲の人々は動揺する。

 こなくそっ。ジークが肩越しにダーレンを睨みながら唇を噛み締めた。正当性云々も事前

に脚色済みということか。人々は迷っている。この波紋が広まっていけば、アルスが打って

くれた策も霞んでしまいかねない。

「でも、生みの親より育ての親って云いますよ? それに彼女の生き方を決めるのは貴方達

じゃない。彼女自身です」

「……誰だお前は。見慣れん顔だが」

 故に、今度はジークよりも先にシゼルが動く。レナを庇うように前に大きく白衣を翻して

立ち、そう自由を掲げて論破しに掛かる。

 ダーレンがピクリと額に血管を浮き上がらせていた。えっ、教団の人じゃないの? それ

までてっきりそうだと思っていた周りの人々も少なからずが困惑している。

「まぁいい。邪魔者が一人増えただけだ。聖女様を誑かし、我々に牙を剥いたその罪、万死

に値するッ!!」

 轟。そして瞬間的に練ったオーラを纏った拳が、シゼルの顔面に向かって叩き込まれた。

 ひっ!? 思わず人々が目を瞑り、顔を隠して背ける。

 ……だがどれだけ待っても鈍い殴打の音は聞こえない。おずおずと、彼らは瞑っていた目

を、隠していた手をゆっくりと除けてみる。

「……流石は史の騎士団。“敵”に対しては容赦ないのね」

 防いでいたのだ。シゼルはダーレンの拳が顔面に迫るその寸前、サッと掌をかざして障壁

を張っていたのだった。どうやら魔導の心得もあるらしい。

 むっ? 予想以上にガッシリ防がれた事にダーレンが若干の驚きをもって眉間に皺を寄せ

ている。ジークは直後、弾かれて駆け出した。ダーレンの後ろを回り込み、シゼルの後ろに

隠れていたレナの手を取り、走り出す。

「レナ!」

「じ、ジークさん!?」

「とにかく逃げるぞ! 下は……無理だな。上に登るぞ!」

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