75-(4) 電撃訪問
東ルアークの古塔・通称『聖女の塔』は、志士十二聖が一人“聖女”クリシェンヌゆかり
の品を多く集めた博物館のようになっている。
故に、塔自体の歴史的価値も含め、此処は聖都においても指折りの観光名所の一つだ。
シゼルの案内で、ジークとレナはようやくこの当面の目的地へと辿り着いていた。塔を中
心にして同心円状に広がる石畳の広場をやや遠巻きの物陰から覗き、周囲の様子を用心深く
窺う。
観光名所というだけあって、これまでの街中よりも人の数は多かった。
巡礼者もいようが、皆が皆熱心な信徒という訳ではないのだろう。市中では人々の姿は疎
らで、こちらの姿を認めるとその多くが慌てて家の中へ逃げていってしまったものだ。教団
と現在進行形で火花を散らしている人間と関わり合いにはなりたくないということだろう。
しかし一方でこちらの人々は無理を押してでも観光しようとしている。たとえ間が悪くこの
街全体が緊張していても、旅程や目当てのものを諦めたくはないという頭か。
そんな外からの人々を目当てに、塔の周りには幾つかの露店が布と四つ柱だけの簡素な屋
台を組んで営業していた。それでも今日の状況が状況だけに、肝心の中身が空っぽなままの
店もちらほらと確認はできたが。
「うーん……。さて、どうしたもんか」
「真正面から入っていくのは厳しいでしょうね。神兵さん達がいます」
物陰で小さく唸る。問題はこの塔へ如何にして侵入するか、だ。
塔の周り、入り口付近には神官騎士の隊が二・三、互いにゆるりと距離を保ちながら巡回
していた。間違いなく自分達を警戒してのことだろう。もしかしたらこちらの方針変更を気
取られたのかもしれない。周囲の人々を巻き込まない為にも、無闇にこれと戦うのはできれ
ば避けたい所だが……。
「では、変装して観光客を装うというのは?」
「それは考えたけど、そもそもそういう衣装なんざ持ってないだろ」
「なら、あそこの人を誰か買収して、中を見て来て貰うというのは?」
「うーん、どうでしょう? 一般の方が聖浄器の有無を訊けるんでしょうか?」
「大体、誰かっつっても博打だぞ。金だけ貰って逃げられるかもしれねえし、最悪兵士を連
れて戻ってくる可能性だってありうる」
三人はあーでもない、こーでもないと作戦を話し合っていた。シゼルが幾つか案を出して
くれたが、どれも事前の準備ができないし、危ない橋を渡ることには変わりない。
うーむ……。ジークが、レナが物陰に張り付いたまま懸命に思案している。
その後ろで、シゼルがぱちくりと目を瞬かせて数拍押し黙っていた。戦わず巻き込まず、
平和的に塔内へ進入する方法……。
「皇子、聖女さま」
「?」「うん?」
「それでは、こういうのはどうでしょう?」
「──皆さ~ん、聖女さまが来ましたよ~!」
ややあってそう聞こえてきた声に、塔の前にいた人々は一斉に振り向いた。
見ればそこには楚々とした鳥翼族の少女・レナと、彼女をエスコートするようにニコニコ
と微笑みながら近付いて来る白髪・白衣の女性がいた。
ざわっ! 少なからずがこれを見て確信した。本物の聖女様だと。
故に次の瞬間には、二人の周りには物珍しさも手伝って人々が大挙して集まり始めたのだ
った。周辺を警戒していた神官兵らも遅れて気付くが、既に人の壁によって肝心のレナへ近
付くことができない。
(……シゼルさん、考えたな)
そんな人ごみの中に、ジークはこっそり紛れて潜入していた。彼女の作戦とは敢えてレナ
を前面に出し、人々の注意を惹き付けて壁にしながら塔の中へ入るというもの。ジークはこ
れに隠れながら追従し、いざという時に備える。
「お、おい。退け! 退くんだ!」
「その方を誰と心得る? 開祖クリシェンヌ再誕の御身であらせられるぞ!」
人ごみを押し退けようと神官兵らが叫んでいる。だが人々──多くが外様の観光客である
彼らはそんな上から目線の言葉など意に介さず、はたと降って湧いた「ナマ聖女」の姿を少
しでも目に焼き付けようとワイワイ声を上げている。中には自前の写姿器を取り出し、彼女
の姿を撮っている者達もいた。完全に野次馬である。
「あっ、ちょっ……!」
「ま、待ちなさい!」
そしてシゼルに連れられたレナは、半ば驚くまま係員に顔パスで道を通され、塔の内部へ
と入っていく。居合わせた観光客達も次々に追うようにしてこれに続き、その混乱に紛れて
ジークも難なく侵入に成功するのだった。




