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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-69.羽捥げし、蒼染の鳥(ブルートバード)
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69-(4) 捻れは止まず

「以上が、現在までの経過となります」

「……うむ」

 アトス連邦朝王都、クリスヴェイル。

 その王宮の中枢・玉座の間にて、急遽上京したセドは朗々と読み上げた報告書を閉じた。

 玉座には老練の国王、ハウゼンが言葉少なく彼の上げてきた報告を静かに反芻しているよ

うに見える。セドはじっと第一声を待っていた。普段思慮深い王の表情が、気のせいか平素

以上に難しいものになっているように感じられてしまう。

「……。あまり宜しくない状況だな」

「はい」

 事の発端は先日の夜半のこと。密かにクラン・ブルートバードの本拠に、二人の怪我人が

運び込まれた事に始まる。

 キースから報告が上がって来た時、何だろうと同時にまたかと思った。友の息子とその仲

間達にまたトラブルが舞い込んできたのかと思わず顔を顰めたものだ。しかし詳しい報告を

聞くにつれ……その表情は次第に険しいものとなった。何でもクランのメンバー同士が、夜

の郊外で激しい私闘を繰り広げたというのだから。

 当事者はハロルド・エルリッシュとリカルド・エルリッシュだった。それを聞いてセドは

益々疑問に頭がいっぱいになり、抱えた。

 何故彼が? 知る限り、彼はクラン内でも団長イセルナに並び冷静沈着な人物だった筈。

それに相手が──瀕死の重傷を負わせた相手が、よりにもよって実弟にしてクリシェンヌ教

団傘下の神官騎士とは。

 間違いなく内紛であった。第一の報告を聞いたセドは、急いで現地のアウルベ伯と連絡を

取り合い、密かに事が大きくならぬよう手を回した。何せ地底武闘会マスコリーダ──二年間の修行期間

が終わろうとしていた矢先の事である。もしマスコミなどに漏れてしまえば、対結社特務軍

の本格始動はその出先から少なからず蹴つまづく。

「私闘の理由も解せぬが、割って入ったという彼も解せぬな。何故今このタイミングで“青

龍公”がしゃしゃり出る? 現状、事を大きくしてしまうだけになりそうだが……」

「はい。現在はブルートバードの本拠ホームにて滞在を続けているようですが、未だその目的も判

然としません。キースを含め、要員は送ってはいるのですが」

「仮にも七星の一角だからな。無理もあるまい」

「……」

 片足を折って跪いた格好のまま、正装のセドはただそんな王の理解の速さに頭を垂れるし

かなかった。その通りだ。相手が相手な分、たとえ自分達の国益、利益の為とはいえ、隠密

な真似で接近しても無駄に人員を討たれかねない。

「ただ、アウルベ伯に押さえて貰っているものの、事が露見するのは時間の問題だろう。せ

めて内部の──団員達の様子だけでも確かめられればいいのだが」

「先程も申し上げました通り、困惑と苛立ち、といった所でしょう。拙い事にここ数日、兄

ハロルドを庇う団員達と、弟リカルドを庇う神官騎士達の間で溝が深まっているようです」

「やはり、そうなるか。主力は──イセルナ・カートン達はまだ魔都ラグナオーツにいるのだったな?」

「はい。先日こちらへの飛行艇と鋼車の予約があったのを確認しておりますので、今日明日

には彼らも帰還してくれる筈なのですが……」

 迷ったが、結局セドはその中にイセルナとミア、そして“剣聖”が含まれていない事も併

せて報告した。言わずもがな大会二日目の折、天使エンゼルユリシズの一件で負傷入院したのと、そ

の護衛である。

 ふむ……と、ハウゼンは言葉少なく白い顎鬚を擦っていた。

 このような時に団長不在。いや、不在・遠征中だったらこその今回のトラブルなのか。

 セドは思考を二度三度、様々な角度から検証する。自分の記憶ではあのクランは中々結束

の固い集団だった筈だ。その結び付きを跳ね除けてまで、長年疎遠だったとはいえ実の弟を

危うく殺しかけてまで、ハロルド・エルリッシュは何を守ろうとしたのか……。

(……落ち着け。推測だけでは何とでも出来る。とにかく彼らと直接接触するように指示を

出すんだ。勿論市民やマスコミに悟られずに……)

 考えて考えて、しかしセドは、そうして親友ともの子らすらもナチュラルに出しにしようとし

ている自分に嫌気を覚え、密かに自嘲わらっていた。

 それが政治・政局というものだと言ってしまえばそれまでで、詮無いが、何故いつも自分

達はこうも競うように狡猾でなければならないのだろう? 皆を守れる力が欲しい。たとえ

元はと言えばそう願ったからこそ、飛び込んだ世界ではあるが……。

「場合によっては、他の王達とも話し合う必要があるな。特務軍に託す任務──親“結社”

分子の掃討と、例の一手。当初の予定より遅れるやもしれん」

「はい……」

 正直心苦しい。

 一方で、では目の前の王はどう思っているのだろうか?

 自分とは違って直接深い縁故がある訳ではない。だが皇国トナン内乱に際してもシノの訴えに情

で以って応え、助けを惜しまなかったお方だ。きっと自分よりももっと、王として多くのし

がらみと責務に囚われながら、最善──次善の一手を探しているのだろう。

「妨げにならねばいいがな……。彼らには酷な事を押し付けてばかりだが、今や彼らの動向

は世界の秩序に直接揺らぎを与える」

「……仰る通りです」

 玉座の上のハウゼンは、一度そう深く悩ましい嘆息をついてから、言った。セドも恭しく

首肯し、その言葉の端々から真意と自分のなすべきことを捉えようとする。

「とにかく、何をするにしても主要メンバー達が帰って来てからだ。身内で片付いてくれれ

ばそれに越した事はないが、もし事態によっては……統務院として介入を検討する事になる

だろう。その心算でいてくれ」

「はっ……」

 やはりそうなるか……。

 僅かな臣下のみが立ち会う閑散とした広間で、セドは内心そう思いながらも、深々と恭順

の意を示すのだった。

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