75-(3) 愚兄の揺らぎ
「う、あ……」
「強過ぎ、る……」
時を前後して、聖都の一角。
ジークとレナを先に行かせるため留まっていたイセルナとハロルドは、襲い掛かってきた
神官騎士の一隊を難なく倒し終わっていた。
とはいえ、無闇な殺生はしない。刃を返して峰打ち、凍らせ、或いは魔導を直撃だけはさ
せずに叩いて動けなくする。力量を見せつけて戦意を喪失させる。
そうして何とか、目の前にはボロボロになり凍てつき、目を回して倒れている神官兵達の
山が出来上がっていた。二人は剣を収め、魔導書を懐にしまい、やれやれと一息をついてか
ら周囲の様子に注意を配る。
やはりというべきか、先刻自分達を謀った市民らは逃げてしまったようだ。他の自警団を
作っていた者達も本物の交戦があると知ってか、新たに現れ、近付いて来る様子はない。
しかしそれも時間の問題だ。自分達が現れたとの情報は騎士団の間に回り、いつまた援軍
が駆けつけてくるやもしれない。長居する必要はなかった。急ぎジークとレナ、そして聖堂
を調べてくれているであろうシフォン達とも合流しなければ。
「……あら?」
そんな時だった。ふと白亜の街並みに包囲された空を見上げると、ふよふよと小さな光の
球がこちらに飛んでくるのが見えた。
精霊だ。伝言を持って来てくれたらしい。小さな光を纏ったこの精霊はそっと開いたイセ
ルナの掌の上に降りると、静かに点滅を繰り返し、預かった言葉を伝えてくれる。
「シフォンからだわ。リカルドさんがルフグラン号に戻って行った、ですって」
「あいつが? 一人でか?」
「そうみたい。シフォン達には何も話さすに転移してしまったみたいだけど」
ふむ……? 掌の上で精霊を乗せたまま、イセルナがちらとこちらに視線を遣って小さく
怪訝の表情を浮かべていた。ハロルドも、そんな弟の取り始めた行動に眉を顰め──そして
はたと一つの可能性に辿り着く。
「……。散光の村か」
「それって、まさか」
「ああ。あいつめ、一人で守るつもりだ。カインさんとクラリスさんのいるあの村は、教団
にとって格好の“人質”になる。勿論連中は内密に動くだろう。君やミアちゃん不在の時と
同じ轍を踏まぬ為にも。あいつはその事に気付いて──いや、最初に一策を講じた時から解
っていたのだろう。私達を此処に『送り届けた』のを待ち、自身はルフグラン号の転移網で
再び村に舞い戻って」
「……」
眼鏡の奥を光らせながら、ハロルドは心持ち俯き加減にぶつぶつと紐解いていた。
イセルナもきゅっと唇を結んで押し黙っている。辛いのだろう。痛いくらいに解る。どれ
だけレナの心を痛めれば気が済むのか、犠牲になる者を出さねばならぬのか。
「だったら私が加勢に行くわ。ブルートで飛んで行けば、すぐにでも追いつく筈」
故に彼女はそう自身の持ち霊を呼び出し、精霊融合──飛翔態になろうとした。しかしそ
れを他ならぬハロルドが制する。さっと片手を出し、ちらと横目で訴える。
「いや、私が行こう。夫妻については私が最も責任を負っている。あの馬鹿も止めなければ
ならないしな。イセルナ、君はジーク君とレナを追ってくれ。この先二人だけで戦い抜くの
は困難だ。ついてやって欲しい」
「……分かったわ。貴方がそう言うなら」
その声色自体は至極真面目だった。神経質にすら聞こえた。
だが対するイセルナはふふ、と微笑いかけてさえいる。長い付き合いだ。憎まれ口を叩い
ているようでも、その裏側にある彼の変化が彼女にとっては嬉しかったのだ。
(……よかった。やっと貴方達は、兄弟に戻れたのね)
弟と同様、転送リングを使ってハロルドが魔導の光に包まれて転移する。
それをイセルナはブルートと共に見上げ、見送った。そびえ立つ白亜の美麗な街並みは普
段あったであろう華やかさを封じ、今は只々堅く門戸を閉ざしているかのようにみえた。




