75-(2) 妙技、林中にて
木々の奥から僅かな殺気を感じた瞬間、ダンはその方向に戦斧を振った。
何かが弾かれて地面に落ちる。数本の矢だ。しかも鏃にはドロリと黒い薬らしきものも塗
られている。毒矢だったようだ。
ダン率いる南回りチームは、一路導都ウィルホルムを目指し、道中のとある林道へと差し
掛かっていた。
一応用心はしていたとはいえ、早速だ。グノーシュやサフレ、ミア及びクロムも幅広剣や
槍、拳を構えて同じく戦闘態勢に入っている。ぐるりと互いに背を預け合って円陣を組み、
その内側にはリュカやマルタ、ステラの後衛組がそれぞれに身を硬くしている。
「な、何!?」
「敵襲……。予想以上に早かったわね」
「“結社”か保守同盟か。どちらにしろ、地の利は相手にある、か」
「関係ねぇさ。吹っ掛けてくるなら払うまでよ」
林の中。まだ日中とはいえ、木々に隠れて敵の全容は知れない。クロムの言う通り向こう
はそれらを充分に把握した上で戦いを挑んできたと思われる。徒に飛び込んでいくのは得策
ではなかろう。こうして防御陣形を取るか、早々に森を抜けるかのいずれしかあるまい。
「──ふふふ。本部より聞いていた情報に間違いはなかったな。“紅猫”のダンと“狼軍”
のグノーシュ率いる隊、そして裏切り者のクロム。我らが縄張りに入ったからには逃がしは
せんぞ」
はっ! 方々の木の枝に、口元を覆面で隠した戦士達が展開していた。背には弓、腰には
投剣などの武器を装備している。
“結社”所属の信徒・ベゼット率いる部隊だった。彼らは予めブルートバードが南北に別
れて活動を開始したとの報せを受け、その縄張りであるこの辺り一帯に捜査網を広げていた
のである。
ベゼットの左右で、数名の射手達が第二射を番え始めていた。今度は毒薬ではなく、白い
丸薬をその鏃に換えている。衝突して砕けた瞬間発動する閃光の矢だ。
(くく……知っているぞ。確かにお前達の《炎》や《雷》の威力は凄まじいが、ここは木々
に遮られた林の中。その能力を迂闊に使えば林を火で包み、自らを追い詰めかねない。仮に
こちらの位置を探して飛び道具を撃ってきても、一発撃った瞬間にこちらは四方から一斉攻
撃できる。地の利は我々にある)
ベセットは古木の物陰に潜み、そうニタリとほくそ笑んでいた。
手筈通り。既に部下達はこの林の至る所に潜み、攻撃の合図を待っている。被弾の有無を
問わず第二陣の閃光矢が発動し、奴らの目が眩んだのと同時に降下、白兵部隊が一人一人を
確実に刺し貫く。
自分達は奇襲・遊撃に特化した部隊だ。このような場所での戦闘は最も得意とする所。ど
んな屈強な戦士でも、仲間が失われば動揺する。そこに隙ができる。更なる攻撃のチャンス
となる。
さぁ乱されろ。失った仲間に注意を向けたその瞬間、お前の背中に矢が刺さるだろう。
「くくく……」
番えられた部下達の矢が、ギチギチと厳戒まで引き絞られる。
多方向からだ。微妙に時間差を作って撃つ。ベゼットが、部下達がめいめいに頭に巻いて
いた黒塗りのゴーグルを両目にセットする。
「──やれやれ」
だがダン達は、そんな包囲網に対してもまるで物怖じしていなかったのだ。
虚勢ではない。ダンもグノーシュも、自身の色装の特性や弱点などとうに把握していた。
見氣を研ぎ澄ませて周囲の気配を探る。ひい、ふう……。なるほど、こちらに戦いを挑んで
くるだけの事はあり、頭数は中々を揃えて来ているようだ。
「……ダン。ここは」
「ああ。サフレ、いいか?」
「勿論です。マルタ、頼むぞ」
「は、はいっ! マスター」
するとどうだろう。それまで防御円陣を組んでいたダン達が、ふいっと中にいる女性陣を
外側に出した。ベゼットが目敏くこれを見遣り、一旦部下達に発射を止めさせる。
マルタだった。一歩林の奥──ベゼット達に向かって進み出たのは、サフレの従者を務め
る被造人の少女・マルタだった。
「お頭」
「あいつは……」
「フォンテイン公子の人形だな。だがあいつはあくまで補助要員であって、直接戦う力は持
っていない筈……」
だが、それが彼らの敗因だった。確かに彼女は先の地底武闘会には参加していないが、間
違いなくクラン・ブルートバードの一員であったのだから。
「──」
すぅぅ……。大きく深呼吸して、マルタが意識を集中させた。オーラが全身を包み、呼吸
の度にゆらゆらと揺れる。
「……。っ!」
次の瞬間だった。彼女は顔を上げると、林一帯に響くほどの声を四方八方、三六〇度全方
位に向けて飛ばしたのである。
逃れる術はなかった。少なくとも彼女がこの時この瞬間、何をしてくるのか知っている者
でなければ。
目に見えない風圧が林の至る所を駆け抜け、そして静寂した。気付けば後ろではダンら仲
間達が両手で耳を覆っており、じっと目を凝らして林の奥を見つめている。
──落ちてきた。どさどさと、不規則にそびえる古木のあちこちから覆面をした“結社”
の戦士達が落下してきた。その誰もが皆、白目を剥いて意識を失っている。ぐらりと枝の上
でバランスを失い、次々と戦闘不能になりながらその姿を晒したのだ。
「これ、は……。まさか……」
「音……?」
「そんな……。聞いて、ない、ぞ……」
ベゼットもまた例に漏れず、近くの部下達と共に気を失いながら地面へと落下した。
どうっと若い枯れ葉の上に転がる。一通り敵が倒れたのを確認してから、ダン達はマルタ
を連れてこの挑戦者らの顔を拝みに近寄っていった。
「大丈夫だ。全員効いてる」
「やはり結社の者達だな。何処か信徒級の部隊か」
「へへ。油断大敵だぜ? ああ、もう聞こえちゃいねぇんだっけか」
付与型《音》の色装。マルタがこの二年間の修行の末、獲得した潜在能力である。
オーラを音色に乗せて飛ばす。それは彼女が従来得意としていた数々の歌に加えて、特定
の波長を相手に響かせることも可能にする。今回のそれは超音波という奴だ。非常に激しい
波の音を敵の脳に反響させ、それによって昏倒させる彼女の数少ない攻撃法である。
「しっかし相変わらずえげつないよねえ。最初の頃は誰彼構わず気絶させてたし」
「うぅ……。そ、それは言わない約束ですよぉ~!」
尤も、当の彼女自身はあまりこの能力を気に入っている訳ではない。
音ならばどんなに屈強な戦士でも内側に届かせることができるが、その為には彼女自身が
ボエ~ッと少なからず奇声の類を発する必要がある。力の良し悪し以前に、彼女にとっては
そんな発動のさまが恥ずかしいらしい。
「ま、お手柄には違いねぇよ。ありがとな、マルタ」
「そうですね。実際、このような場面ではとても有効だと思います」
「うぅ……。マスターがそう仰るのなら、そうなのでしょうけど……」
赤面する彼女の頭をぽんぽんと叩き、ダン達は本筋に戻っていく。その一方でリュカは、
携行端末で最寄の守備隊に連絡を取り始めていた。
一戦を終えて安堵を一つ。
どうやら導都への旅程は、数刻から半日ほど遅れざるを得ないらしい。




