75-(1) 白の女学士
「おい。大丈夫か? 怪我ねぇか?」
荒くれ達を追い払い、ジークは肩越しに振り返りながらこの女性をみた。
くるりと慣れた手付きで二刀を鞘に戻す。やや遅れてレナがとたとたとこちらへ駆け寄っ
て来る。女性はまだ唖然としていた。いきなりの事で思考が追いついていないのだろう。
「……はっ!? あ、はい。大丈夫です。お陰さまで」
白灰の髪を肩ほどの長さにまで伸ばし、鼻には小さな薄眼鏡を引っ掛けている。
背丈はレナと大体同じくらいか。彼女よりも年上であろうこともあり、随分小柄な印象を
受けたが、それでも痩せの身体は適度に引き締まっている。何よりも目立つのは、その羽織
っただぼだぼの白衣だ。ぼうっとしていた意識が戻ってきたのだろう。我に返った彼女は、
そうばつが悪そうに苦笑いを零しながらも丁寧な口調で返事を寄越す。
「そうですか。なら良かった。……何だったんでしょうね? あの人達」
「さあな。そこまで調べてる暇はねぇや」
レナと共々、ジークは安堵した。彼女に目立った怪我などはなさそうだ。隣に立ち、周囲
の今やがらんとしてしまった白亜の街並みを見渡し、レナが問うが、その疑問に答えられる
情報をこちらは何一つ持ってはいない。
「……」
そうして二言三言。ジークとレナが言葉を交わしていると、またこの白衣の女性がじーっ
とこちらを見つめている。何回か、目を瞬いていた。そしてゆっくりと右へ右へと傾いてい
く小首がある程度の角度まできた時、彼女は思い出したように言う。
「あの。もしかしてお二人は、ジーク皇子と聖女さまではありませんか?」
「ふぇっ!? え、えっと。それは、あのぅ……」
「……もしかしなくても本人だよ。兵士達に知らせるならそうすりゃいい。その前に俺達は
行くがな」
「いえいえ。私は信徒ではありません。ただの旅の学者崩れです。いやー、まさかご本人に
お会いできるとは。活躍のほどはかねがね。でも確か、今朝の新聞では教団に捕えられたと
聞いていましたが……?」
慌てるレナと、一応の警戒はしつつも巻き込むまいとするジーク。
しかし当の彼女はある意味真逆の反応で、にこにこ笑いながらこちらの手を取ってきた。
その人柄を象徴するようなほのかな温かさが伝わる。暫し彼女は妙に嬉しそうにジークの手
を揺らしていたが、続いて訊ねられた一言に、二人は改めて唇を結ぶことになる。
「イセルナ団長や他のお仲間方はどうされたのです? 街の人達も、随分と物々しい様子に
なっているようですが……」
「……それは」
どちらからともなくちらと互いの顔を見る。出来ることなら関係のない──今起こってい
る騒動すらよく分かっていないらしい外の人間を巻き込むような真似はしたくなかった。
だが存外、二人は参っていたのだろう。つい互いが互いに許しを出し、彼女に大まかでこ
そあれ、打ち明けたのだった。
教団がレナを“聖女”の生まれ変わりとして付け狙い、その因縁を断ち切る為に自分達は
この聖都へ乗り込んだこと。しかし度重なる奇襲と裏切りによって仲間達とは分断され、今
は別行動を取りながら探し物をしていること……。
「はあ。それは随分と大変なことになっているんですね。道理で今朝から街の様子がおかし
い筈です。酷なものですね。こうして接している限り、ただの可愛いお嬢さんなのに」
「……はい」
レナがしゅんと睫毛を伏せる。隣でジークが彼女を慰めようにも、迂闊に触れてやること
もできずに眉を顰めていた。そんな二人を、この白衣の女性はじっと見つめている。
「しかしお二人のお話を聞いている限り、今回のいざこざは教団から仕掛けてきたもののよ
うに聞こえますね。此処で聞く話とは大分様相が違っているように思われますが……」
「ああ。教団は教団で話を盛ってるんだろ。あくまで俺達をレナを握って離さない悪人にし
たいらしい。中の連中がどうとまでは分からねぇが、思ってたよりも頑固な連中がのさばっ
てるらしいな」
「すみません……。私の、せいで……」
「だから謝るなって。お前は悪くない。聖浄器さえ手に入れちまえば基本こっちが擦り寄る
必要もなくなるんだしな」
「……聖浄器? それはまさか“聖女”クリシェンヌの聖浄器のことですか?」
「ん? ああ……。あんまり言い触らさないでくれよ? 一応秘密裏にって話だからな」
そんな中だった。ふとつい口に出てしまったそのフレーズに、ピクンとまるで何かのスイ
ッチが入ったかのように女性が食い付いてくる。
皺を寄せた眉間が別の意味で深くなった。ジークは視線を彼女に直し、ぽりぽりと後ろ髪
を掻きながらもう少し状況を詳しく話してやる。
「東ルアークの古塔──聖女の塔ですね。そこに彼女の使った聖浄器が、エルヴィレーナが
あると?」
「かもしれねぇってだけだ。俺達も詳しくは分かんねえ。だがそこへ行こうにも、俺達だけ
じゃ道が分かんなくてなあ……」
「でしたら、是非私に道案内させてください! この街には暫く滞在していて、大まかな地
理ならば頭に入っています!」
「えっ? そりゃあありがたいけど、でもなあ」
「え、ええ。無関係な方を巻き込むことになってしまいますし……」
「いいんですいいんです。クリシェンヌの聖浄器、聖教典エルヴィレーナの現物──非常に
興味がありますっ」
ずずいっ。最初は躊躇ったジークとレナだったが、知的好奇心に火が点いたらしい彼女か
らの志願を止めることはできなかった。二人は困ったように互いに顔を見合わせたが、実際
このままでは目的地に辿り着くことさえ困難であることも踏まえ、結局はこの申し出を受け
入れることにする。
「……じゃあ頼めるか? できるだけ早く、それでいて教団や街の人達とやり合わないで済
むようにしたい」
「初対面の方に、いきなりこんな事を頼むのもどうかとは思いますが……」
「いえいえ。お任せください。ばっちりお二人を聖女の塔までお送りしますよ~」
では出発~! まだ見ぬ古代遺物に思いを馳せ、彼女は白衣を翻すと早速歩き出した。
ジークとレナも続く。だが歩き始めてすぐ、ジークは大事なことを訊き忘れていたのを思い出
し、問う。
「ああ、そういえば。まだあんたの名前を聞いてなかったな」
「? 私の名前ですか? そういえば名乗っていませんでしたね」
ばさりと白衣を揺らし、彼女は振り返る。その微笑には知性と、歳相応の落ち着きが内在
しているようにみえた。
「申し遅れました。私はシゼルと申します」




