74-(6) それでも信じる
リカルド達に精霊伝令を飛ばし、ジーク達四人は東ルアークの古塔──通称・聖女の塔へ
と急いだ。しかし市中に展開する神官兵の数は時を経るごとに増えていき、最短距離で向か
おうとする思惑を尽く挫く。
物陰から物陰へ。ジーク達は息を殺しながら少しずつ進むしかない。
いっそイセルナの飛翔態で運んで貰おうかとも考えたが、警戒が高まり続けるこの状況で
空を飛ぶような目立つ真似をすれば、地上からの一斉攻撃で撃ち落されてしまうのが関の山
だろう。
「いたか?」
「いや、見当たらない。何処かの路地に隠れてると思うんだが……」
「とにかく虱潰しに捜せ! 俺達で聖女様をお助けするんだ!」
「そうだよな……。急がないと、レノヴィン達が盾にしてくるかもしれないし……」
『──』
加えて厄介なのは、市中に現れ始めた聖都の市民達だ。
教団を疑おうとしない、熱心な信徒達なのだろう。自警団のつもりか彼らは各々に棍棒や
スコップなどで武装し、徒党を組んでこちらを捜していた。神官兵らと連携している様子は
なさそうだが、彼らも彼らなりに情報を集めて動いているらしい。
「……するか。ど阿呆」
「ま、まぁまぁ。私は分かってますよ? ジークさんはそんな事しないって」
「彼らにしてみればジーク君は喧嘩を売ってきた張本人だからね。警戒もするさ」
「だとしても、流石に敵愾心があり過ぎはしないかしら……」
そんな新たな追跡者・自警団の面々をやり過ごしてから、ジークはむすっとした顔でごち
ていた。レナやイセルナが苦笑って宥め、ハロルドは生真面目に淡々と眼鏡を光らせている。
「しかし厄介だな。これじゃあ塔に近付けねえ。遠くに見えてはいるんだが」
そそり立つ白亜の街並み。その遠く向こう側に小さく、一行の当面の目的地である聖女の
塔が見える。
だが神官兵だけでなく、市民まで自分達の打破に躍起になっているとなれば状況は芳しく
ない。時間を掛けてはいられない。さりとて後者と剣を交えるなどもってのほかだ。
「保身って奴なのかねえ……。まぁ今に始まった事じゃねぇけど」
両勢力の合間を縫って、改めてジーク達は駆け出す。一つ二つ、物陰から物陰へ。ジーク
はそう何でもないという風に呟いていたが、残り三人の仲間達は誰も軽々しい反応を寄越せ
なかった。それは他ならぬ彼と弟・アルスが、これまでの旅や戦いの中で幾度となく晒され
てきた人と世の醜悪に対する嘆きだと知っていたからである。
「皇子、聖女様!」
「こっちです!」
そんな最中だった。また一つ路地を横切ろうとしていたジーク達を、ふとその中から手招
きしてくる人影があった。
数人の市民達だった。
神妙な、しかしばつの悪そうな苦笑みを漏らすそのさまは、さも教団に味方する街の大勢
にあって自分達を助けてくれると言わんばかりのもの。
「お前ら……。ありがてぇ」
「あ、ちょっと──!」
故にジークはフッと僅かにだが破顔し、招かれるままこの市民達の方へと小走りで近付い
ていった。レナがその後ろを、しかしイセルナが思わず止めようとし、ハロルドが眼鏡の奥
の目を細めて睨み始める。
「騎士様、こっちです! レノヴィンがいました!」
『……ッ!?』
だがそれは彼らの芝居だったのである。ジークが一足先にこの路地の中へ足を踏み入れた
直後、この市民達は路地の奥へと振り向き、そう叫んだ。しまった……! 四人が気付いた
時には既に遅く、そこから歳若い神官騎士率いる一個小隊がガチャガチャと装備を鳴らして
駆けつけてくるのが見える。
「もう逃がさねぇぞ! 散々街を引っ掻き回しやがって!」
「全部お前のせいだ。そもそもお前があんな事を言ったから……!」
「……っ」
薄皮を捲って本性を現した、この市民達の口撃が飛ぶ。
信じることは、しばしば自ら考えないという怠慢にも繋がるのかもしれない。彼らは事の
正しさよりも、只々市街戦になったこの現状そのものに怒り、排斥しようとしている。元あ
った秩序を守ろうとしている。
お願いします! 彼らが叫ぶ横を通り過ぎ、神官騎士率いる一個小隊が武器を抜いて迫っ
て来た。やるしかないのか……。表情を曇らせていたジークが刹那キッと歯を噛み締め、腰
の剣に手を掛ける。
『──』
だがそれよりも速く、彼とレナを庇うようにしてこの軍勢の前に立ったのは──イセルナ
とハロルドのクラン団長・参謀役のコンビだった。
「こうなってしまったら……戦うしかないわね」
「ここは私達が押さえよう。ジーク君、レナを連れて塔へ。すぐに追いつく」
ざらりと剣を抜き、現出したブルートの冷気を纏い出すイセルナ。
懐より究理偽典を取り出し、金色のオーラを醸し出すハロルド。
ジークは数拍、躊躇った。騙されたショックと転がるように変化する眼前に、一瞬頭の中
がぐちゃぐちゃになりそうになったからだ。
「行きなさい、ジーク!」
故に凛としたイセルナの叫びが放たれた瞬間、ジークは弾かれたように動き出した。まだ
おろおろしているレナの手を取り、急ぎ来た道を引き返して走り出す。
「ぬぅっ、聖女様を渡さない気か! そこをどけぇ!」
「残念だけど」
「それはできない相談だな」
背後で冷気と光の魔力がぶつかる音を聞きつつ、ジークとレナは走った。
白亜の美麗な景観都市。その街は今、他ならぬ自分達によって大きな混乱に陥り、荒らさ
れようとしている。
一方その頃、ダン達南回りチームはサムトリアン・クーフを出発し、一路次なる目的地・
導都ウィルホルムへと向かっていた。
『……』
同都へ続く街道が緩やかなカーブを描く林の中に入る。
そんな一行を、木の枝上から不敵にほくそ笑んで見つめている幾つもの影に気付いている
様子もなく。
「──はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」
果たしてどれだけ走っただろうか。レナは大きく息を荒げていた。所狭しと家屋が建ち並
ぶアパートエリアはどうやら抜けたようで、不意に辺りの視界が開けてきた。幾つかの通り
が交わるように合流し、一旦噴水のある広場を経由してまた幾つもの通りへと分岐する構造
になっている。
「大丈夫か? ちょっと休むか?」
「は、はい。すみません……」
「だから謝るなって。今回の件で何回目だ? お前は何も悪かねぇよ。寧ろお前をダシにし
ようとする奴らにキレるぐらいしねぇと舐められちまうぞ」
「……」
肩を揺らして呼吸を整える。その間もジークは警戒の中、閑散としてしまった聖都の街並
みに注意を配ることを忘れなかった。
どうやら追っては来ていないようだ。中空を見上げる。大分走った筈だが、如何せん地理
がさっぱりであると聖女の塔は尚も遠巻きにある。もしかしたらぐるぐると遠回りをしてし
まっているのかもしれない。
「イセルナさんとお父さん、大丈夫でしょうか」
「心配ねぇよ。“結社”の魔人ならともかく、その辺の雑魚に後れは取らねぇさ。それより
も急ごう。折角皆が時間を稼いでくれたんだ。せめて片方だけでも、聖浄器があるのかない
のかぐらい調べちまわねぇと……」
一旦凸凹した物陰にレナを誘導し、回復を待つ。そして彼女がこちらの冗談半分の言葉に
哀しげに黙するのもそこそこに、ジークはその肩を取って歩き出した。いつまた神官兵や自
警団に出くわすかは分からないが、とにかく塔の見える方向へと進んでいくしかない。
「? あれは……」
そしてちょうど、そんな時だったのである。
広場を抜けようと通り掛かる。その一角にふいっと不穏な光景があった。
身なりからして傭兵だろう。数は十ほど。そんな、明らかに柄の悪いそうな男達が武器を
抜き放ち、一人の女性を取り囲んでいたのである。
「ちっ──!」
「ま、待ってください! また、罠だという可能性も……」
半ば反射的にジークは腰の二刀を握り、飛び出そうとしていた。しかしそれを一旦レナが
寸前の所で引き留め、口篭る。
だがちらっとそんな彼女を見て、ジークは言うのだった。
「そん時はそん時だ。こっちが信じてなきゃ、いざって時に誰も助けてくれなくなる」
「……。ジークさん……」
振り向いたのはその数秒。レナはハッと弾かれたように押し黙る。
気付いた時にはジークは改めて石畳を蹴り、この悪漢達へと切り込んでいた。驚いたのは
男達だ。なっ──!? 次の瞬間には間髪入れぬジークの剣閃が彼らの間を描き、次々に倒
れていく。
それでも丸っきり全滅しなかったのは、相応に経験のある戦士達だったからなのだろう。
ざっくりと斬られ、武器を弾き飛ばされ、或いは寸前で危険を察知して飛び退いた彼ら。
されど一瞬にしてこの飛び入り剣士に攻撃を受けたのは変わらない。中にはまだ女性を狙
おうとした面子がいたが、直後リーダー格と思しき男が撤退を指示する。
「くっ……。退け! 退けェ!」
「一体何なんだよ……!? くそっ、覚えてろ!」
「……さぁな。今は立て込んでるし」
やはりある程度チームとして動いている者達だったようだ。捨て台詞に淡々と突っ込みを
入れながらジークはぐるんと二刀を収める。レナもおずおずといった様子で後ろからついて
来て、まだ事態が飲み込めていないのかポカンとしているこの女性を見遣っている。
「おい。大丈夫か? 怪我ねぇか?」
「……はっ!? あ、はい。大丈夫です。お陰さまで」
「そうですか。なら良かった。……何だったんでしょうね? あの人達」
「さあな。そこまで調べてる暇はねぇや」
どうやら目立った怪我もないらしい。ジークとレナは安堵した。
女性はぽやっと、何処かマイペースな声色で答えた。ニコニコと優しそうな笑みを浮かべ
ている。ほっと胸を撫で下ろすレナに、ジークは暫し男達の逃げ去った方角を眺めていた。
依然塔は遠巻きにあり、道順はよく分からない。
「……」
ぱちくりと目を瞬く女性。
その肩ほどまで伸びた髪は白灰で、鼻には小さな薄眼鏡を引っ掛けている。
そして何より印象的だったのは、その小柄な身体に羽織った、だぼだぼの白衣だった。




