74-(3) 目星三つ
ジーク達四人は聖都の市中へと逃れた。
レナの手を引き、路地裏から路地裏、物陰から物陰へと移動して身を隠す。件の宣戦布告
もあって聖都内は何人もの神官兵らが巡回し、警戒体制が敷かれているようだ。人伝には日
夜多くの巡礼者・観光客が集まる景観都市と記憶しているが、自分達が招いてしまった事態
は想像している以上にこの街全体の空気をピリピリとしたものに変えたらしい。
「やっぱり、警備が厳しいわね」
「そうッスね。できれば街ん中でやり合いたくはないです。ただでさえ俺が喧嘩を買っちま
ったし、聖浄器と教皇に辿り着く前に空気が逆転しちまう」
「ジークさんのせいでは……。でも、街を荒らしたくないのは同感です。こんなに白くて綺
麗なんですもの。できればもっと落ち着いた時に来たかったな……」
「そうだな。だがどのみち観光は難しいだろう。今のお前では周りが放っておかない。尤も
それを含めて片を付ける為の闘い、でもあるのだが」
物陰に潜み、兵達をやり過ごす。
イセルナが厳しい表情で目を細め、ジークがどうしたもんかとポリポリ髪を掻いている。
不安を抱えど優しく気丈に振る舞おうとするレナの嘆息に、養父の生真面目な呟きが重なる。
「でもまぁ、リカルドさんが味方のままだったのはホッとしたぜ。一時は本当に教団に舞い
戻ったのかと思ってたからな。ツキは残ってる。だから、もうちょっと頑張れ」
「……はい」
ジークがフッと苦笑し、そんな彼女を励ましてやっている。
誰よりも安堵した筈だ。再び絶望に突き落とされようとしていた筈だ。
散光の村での一件はあれがおそらくベターで、聖都へ彼らにダメージを与えながら進入す
る作戦だったのだろうが、はたしてどれだけの市民達がこちら側に旗を上げてくれるものか。
それにダーレン・ヴェスタを押さえる為に身を挺してくれたリカルドら仲間達の安否も気
になる。
この安堵は一時的なものだ。そもそも実兄にとっては内心まだ複雑な心境のようであり、
分断されてしまっても自分達のやるべき事は変わらない。
「さあ、これからどうしましょうか」
潜めていた息をそっと吐き出し、イセルナが言った。ジーク達残り三人、この場にいる仲
間達に伺う素振りである。
「リカルドが言っていた通り、エルヴィレーナを先行入手するべきだろう。教団は徹底して
私達を封じ込めようとした。そう簡単に交渉のテーブルに着いてくれるとは考え難い。なら
ば元から私達特務軍の任務である聖浄器回収を優先させようと思うが」
「そうッスね。サシで話せればそれに越した事はねぇけど、連中の取ってくる手取ってくる
手がこうじゃなあ。順番が逆になるけど、ぶんどってからじゃねえと対等もクソもねぇかも
しれませんね」
「既成事実化には既成事実化を……。レナちゃんを自由にする為には、それくらいの強引さ
がないともうどうしようもないのかもしれないわね……」
「で、でもお父さん。聖女様の聖浄器が何処にあるかって、分かってるの?」
「ああ。幾つか目星はつけてある。私が教団にいた頃と変わっていなければの話だが……」
私の為に……。
そう、不安そうに目を瞬くレナ。訊かれてハロルドは答えた。
「一つ目は東ルアークの古塔、通称『聖女の塔』と呼ばれている場所だ。あそこはクリシェ
ンヌゆかりの品が多く保存・展示されている観光名所でね。おそらく非公開になっているだ
ろうが、もしかしたら彼女の聖浄器も安置されているかもしれない。二つ目は西の『エルマ
=ニシュ大聖堂』──旧教団本部だ。元々クリシェンヌが足繁く祈りを捧げ、教団の前身で
ある慈善団体の本拠地でもあった。こちらも彼女に関わる物品が多く保管されていると考え
られる。そしてもう一つは『始祖霊廟』だ。名前の通り、クリシェンヌの死後、造営された
地下霊廟でね。今の教団本部はこれを囲うように建てられている。私も何度か遠巻きにしか
見た事がない非公開の場所だが、可能性としてはここが一番高いだろう」
るあーく、えるま……? ジークとレナが指折りして数えている。
イセルナがじっと口元に手を当てて考えていた。現在いるのは街の南側。ハロルドが挙げ
た三ヶ所はそれぞれ街の東・西・北。どこから確かめるにしても大回りになるのは避けられ
そうにない。
「その霊廟というのは最後にした方がよさそうね。本部に突入してまた出てくるというのは
難しいでしょうから」
「ああ。先に二ヶ所を当たろう。それらが駄目だった場合、霊廟に──本部に侵入せざるを
得ないと思う」
ハロルドが言い、ジークやレナもこくっと頷いた。
しかし数拍、その言い出した当のハロルドがこちらを見て押し黙っている。ちらりとイセ
ルナを一瞥し、彼女から首肯を受け取ると、彼はそっと娘と視線を合わせて屈み込み、こん
な言葉を掛けた。
「レナ。最後にもう一度確認する。教団に“聖女”として仕えたいか? もしお前がそう望
んでしまえば、今回の騒動は一応丸く収まるが──」
「……ううん。確かにそうすれば皆は助かるかもしれないけど、皆が笑顔でいられるかは別
だもの。……ごめんなさい。私、皆と一緒にいたい。いつかは散光の村のお父さんとお母さん
も。いっぱい望み過ぎだってのは、分かってるけど……」
段々声色が大きくなり、震えていく。だがそれをハロルドはそっと抱き締め、最後まで言
わせなかった。レナが目を丸くして言葉を切る。ジークがイセルナが、優しく笑ってこの父
子を見守る。
「分かってる。つまらない事を聞いてしまったな。ならいいんだ。お前がそう望むなら、教
団だろうが何だろうが戦ってみせる」
元からそのつもりで来たんだがな。ハロルドがレナを離し、ジークとイセルナも言って頷
いてから真剣な面持ちに戻る。
そしてハロルドがコウッと掌に光を集め始めた。精霊だ。それにぶつぶつと何やら呟きを
投げ掛け、彼はこの精霊を空高くへと打ち上げる。
「……リカルド達に伝令を飛ばした。あいつらにはエルマ=ニシュを調べて貰おう。私達は
ルアークの塔を当たる。ちょうど二手に分かれたんだ。本部前で落ち合うことにしよう」
ええ。イセルナが、ジークやレナが力強く頷いた。伝令を与えられた精霊──小さな光の
球が聖都の空を飛んでいく。
もしかしたらそれは、彼がもう自身の弟を許している証であるのかもしれなかった。




