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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-74.彼女という起源(ルーツ)(後編)
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74-(1) 時は戻らねど

「ジーク皇子が捕まったって?」

「ああ。神兵達が連れて来てるんだってさ」

「良かった……。これで街が荒らされることはないのね」

 夜が明ける頃には、ジーク達を乗せた馬車は聖都クロスティアへと到着していた。

 情報を聞きつけたのだろう。街の入口にはこの大捕物のピリオドを見届けようと集まった

市民らでごった返しており、ダーレン・ヴェスタ達もそんな彼らの眼を織り込み済みといっ

た風にその左右に分かれた只中を通る──さも凱旋であるかのように進んでいった。

「よりにもよってこんな形で聖都に来る事になるなんてね」

「呑気なモンだぜ。連中がどれだけあこぎな真似してきたか知らない訳でもねぇだろうに」

 馬車の中では漏れ聞こえてくる街の物音、人々の囁きに耳を澄まし、シフォンがやや自虐

的に苦笑わらっている。ジークも壁に背を預けたままそう吐き捨て、自分が厄介者──本当に此

処が敵地アウェイなのだなと思い知る。

 僅かにある格子付きの窓から、外の様子を覗いてみる。

 なるほど、市民達は通りの左右に分かれて集まり、自分達という咎人が運ばれてくるのを

興味半分恐れ半分といった感じで見物している。

 イセルナはじっと視線をそれらに向けたまま黙っていた。ただ眺めているだけではなく、

そこにある人々の内心を測っているかのようだ。

 ハロルドもじっと軽く目を瞑ったまま俯いている。クレアが不安そうな表情かおで皆を見渡し、

ぱちくりと茜色のランプ眼を瞬くオズを見上げる。

 彼のズームされる機械の視力が的確に人々を捉えていた。確かに人だかりの前列にはこの

捕物帳に対し安堵──教団に従う側に立つ者達がひしめているが、一方でよくよく観察すれ

ば、その奥には遠巻きで不安そうに顔を顰める者達もいる。

 迷っているのだ。教団のお膝元であるため市民の多くは信徒で、教団を信じようとしてい

るが、先日アルスの講じた策で白日の下に曝されたあの映像を見てしまった後ではその信心

にも揺らぎが生じている。だがそれを殊更他人にひけらかす訳にもいかないのだろう。もし

気付かれてしまえば、教団に味方する人間に目を付けられてしまえば、どんな報復を受ける

か分からない。

 表に出す訳にはいかない。

 注視すればおそらく、そんな均一を強いる空気が、一見この景観美しい街並みの中に隠れ

ていると推測することができる。

「うう……。これじゃあ晒し者だよお」

「ソノ意味合イモ兼ネテイルノデショウネ。私ノ生マレタ時代モ、勝者ガ敗者ヲコノヨウニ

引キ連レルトイウパフォーマンスハヨクアリマシタ」

 だが、そんな時だったのである。

 どうしても陰鬱、この先どうしようかと考え込むジーク達を、周囲の神官騎士や市民達を

突如としてモノクロの世界が呑み込んでいったのだ。時司の領クロノスフィールド──異相結界である。その、

瞬間全てが制止した世界で、ただ一人動ける者がいた。

「……」

 他ならぬリカルドだった。

 一度消耗した身体を労わるように大きく深呼吸する。そして御者台で固まっているダーレ

ンやヴェスタを横目に馬車から降りると、彼らから手錠の鍵を奪って扉を開き、中に捕らわ

れているジーク達の戒めを外し始めたのだ。

 ぺいっと手錠を隅に投げ捨てる。更にリカルドは次いで隣の部屋で見張っていた神官騎士

達を固まったままにスルーし、奥から没収されていた武器を引っ張り出してくる。

 ガシャン。ジーク達の目の前にそれを置いた。ここまでで約二分。彼の額にはじわりと汗

が滲んでいる。重くなる身体を引き摺りながら、最後にダーレンとヴェスタを御者台から蹴

り飛ばした。弾き飛んで、しかしすぐに中空で停止する。息が益々荒くなる。リカルドはそ

こまでやってようやく扉を開けたまま手に掛け、周囲に張った術を解く。

『──っ、ぐはっ!?』

「きゃあああッ!」

「な、何だ!?」

「いきなり騎士様が吹っ飛んだぞ!」

 再び時は動き出す。それまで悠々と通りを進んでいた馬車からはダーレンやヴェスタが吹

き飛び、人々の悲鳴が上がった。車中でも意識を取り戻したジーク達が自分の身に起きた異

変に目を丸くしていたが、ややあって解かれた手枷、目の前の得物、そして扉を開けて待っ

てくれているリカルドを見て全てを理解する。

「レ、レノヴィン達が逃げ出したぞー!」

「拙い! 逃げろ! 殺されるぞー!」

 それぞれの得物を回収・握り締め、一斉にバランスを崩して横転する馬車から飛び出る。

 それを見て市民達は慌て、逃げ惑い始めた。カツンと整備された石畳の上に着地し、ぐる

りと一旦辺りを見渡す。蜘蛛の子を散らすように逃げ出した彼らを見て、ジークがジト目で

不服そうな表情を浮かべる。

「何で殺さなきゃいけねぇんだよ。魔獣か何かと間違えてんじゃねーか?」

「……それだけこの街の人達にとっては恐ろしかったんでしょう。何せあの会談で宣戦布告

したのは貴方なんだし。取って食われる、くらいには凄い殺気だったわよ?」

 マジっすか……。顰めっ面になっていたジークにイセルナが少し笑って言い、思わずその

眉間の皺が深くなった。

 これまでの経験上、必ずしも自分が歓迎されていないのは知っている。だがそれは既知な

だけであって、慣れているとか意に介さないといったことではないのだから。

「にしてもリカルドさん。そういう作戦ならそういう作戦って言ってくださいよ」

「はは。悪いね。でも直接言ったらバレるだろ? それに“敵”を騙すには先ず味方からっ

て云うじゃないか。少なくとも兄貴には通じてたみたいだし」

 ジークが、仲間達がちらともう一台の馬車の方を見遣る。そこからはリカルドがレナを救

出し、連れ立って近付いてくる姿があった。彼は苦笑わらっている。繕った厳格な神官騎士では

なく、本来の砕けた口調のそれである。

「今は、と言って目配せをしてきた時点でな。夫妻の身を考えればあれがおそらくベターな

立ち回りだったと思う」

「ぐぬぬ……」

 そうこうしている内に、ダーレンとヴェスタが体勢を立て直していた。部下の神官兵達も

二人を守るように左右に展開し、剣や銃を抜いてこちらに狙いを定めている。

「くそっ! 騙しやがったな!」

「妙に物分りがいいと思いましたが、まさかこう来るとは……。本気ですか? 今度こそも

う取り返しがつかなくなりますよ?」

 怒るダーレン、ある程度疑いはあったらしいヴェスタ。

 彼らの問いにリカルドは真っ直ぐにこれを見据えていた。それまでの砕けた表情が厳しい

ものに戻る。腰のホルスターに手を当て、いつでも戦える体勢を整える。

「最初梟響の街アウルベルツでやり合った時点で覚悟は決まってた。レナちゃんへの、せめてもの償いだ。

俺にだってこの子を安心して暮らさせてやれる義務がある。お前らと違ってそう信心深く

はなくてよ。……ただずっと、俺は憎むべき相手を間違えていたんだ」

「叔父さん……」

「……」

 レナが瞳を潤ませる。ハロルドが薄眼鏡のレンズの奥で、じっとブリッジを押さえて押し

黙っていた。

 ダーレンとヴェスタ、その部下達、リカルドが睨み合う。

 だがそんな両者に割って入るように、それまで唖然としていたリカルド隊の神官兵・神官

騎士達がぞろぞろと彼を庇う形で集まり始めたのだ。

「一体何をやってる? これは俺個人の問題だ。お前らだけでも向こうに戻れ。もう隊長で

もなくなった俺に付き合う必要はないんだぞ?」

「はは。何言ってるんスか」

「俺達も、一緒に戦います」

「元々俺達は教団じゃなく、隊長──あんたの為について来たんだ」

「遊び仲間のよしみとはいえ、聖都でも弾き者だった俺達を部下に引き立ててくれた。お兄

さんの後釜にされたんなら、別に俺達の事なんて捨て置いてもよかったのに」

「リカルドさん。だからあんたには恩がある。俺達はあんたの部下だ」

「一緒に戦わせてくれ。これからも、俺達は隊長の──あんたの下で働きたい」

「……馬鹿野郎が」

 吐き捨てる。だが隊士達に囲まれたリカルドの横顔は笑っていた。

 裏切り者め……。ダーレンが、ヴェスタがオーラを込める。次の瞬間、両者の手勢はぶつ

かり合った。リカルド達だけには任せておけないと、そこにシフォンとクレア、オズも加わ

って叫ぶ。

「イセルナ、ハロルド! ここは僕達が押さえる!」

「レナちゃんを頼む! 早く聖浄器ブツを手に入れるんだ!」

 言わずもがな、それは“聖女”クリシェンヌの聖浄器・聖教典エルヴィレーナのこと。

 ああ! ジークとイセルナ、及びハロルドは慌てるレナの手を取って走り出した。離脱す

る四人をダーレンやヴェスタは逃がそうとはしながったが、留まったシフォン達の攻撃を受

けて安易に背中を見せる訳にはいかない。


 クリシェンヌ教団の本拠地であり、世界屈指の景観都市でもある聖都クロスティア。

 しかしそんな美しい都は、他ならぬ教団とジーク・レノヴィンの対立により、期せずして

踏み荒らされていくこととなる……。

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