表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-73.彼女という起源(ルーツ)(前編)
38/436

73-(7) 悪意なる世界

「ああ……。レナ、レナっ……!」

「本当に、よくぞ無事で……」

 二人はカインとクラリス、セディナ夫妻といった。そして彼らは他ならぬ、レナの実の両

親だったのである。

 夫妻に招かれた散光の村ランミュースの民家。思わぬ再会に感極まった二人は彼女を抱き締め、暫くの

間十九年分の涙を流していた。対して当のレナは最初こそ困惑しているようだったが、それ

でも僅かに刻まれた赤ん坊の頃の感触が蘇ったのか、程なくして二人に為すがままにされ、

つうっと静かに一条の涙を伝わせていた。

「……落ち着きましたか?」

「はい……。すみません、お見苦しい所を」

「まさかまた会えるなんて思ってもみませんでした。本当、何とお礼を言っていいか……」

 そんな、心からの低頭。

 イセルナ以下北回りチームの面々はレナを含むこの親子三人と向き合って座り、微笑を返

してこそいたが、実は内心恐縮を通り越して辛いくらいになっていた。

 村に足を踏み入れた時点で薄々勘付いていたことだが、ここの人間は貧しい。

 それは目の前の夫妻の身なりからして明らかだ。顔立ちこそ母・クラリスはよく観察すれ

ばレナを成長──老けさせると面影があるが、長年の決して豊かではない生活からか、随分

と痩せ細って心許なくみえる。そしてそれは父・カインも多かれ少なかれ同様の印象を一行

に与えていた。

 道中のリカルド曰く、これが付近一帯の平均的な庶民なのだという。

 有り体に言ってしまえばショックだった。確かに世界にはまだまだ開拓による恩恵を受け

ていない地域・人々が多く存在するが、実際にこうして歴然たる差を見せつけられると笑顔

でいる事は難しい。……あたかも、内乱前の皇国トナンを思い出す。

「そんなことは。寧ろ私は礼よりも、お二人に謝らなければならなくて此処に来たのです」

「……それは」

「教団の件、ですか」

 あまり感傷に浸っている暇はない。悟られても不都合だ。

 誰からともなく、皆を代表して次の瞬間ハロルドが口を開いていた。本題である。しかし

夫妻はジーク達が訪れた時点で、既に大よその見当はついていたらしい。

「やはりご存知でしたか」

「はい。村に届く新聞で大体の事は」

「生まれ変わりのことが、バレてしまったんですね」

「ええ……」

 それからハロルドを中心に、ジーク達は新聞が伝えない細かな事のあらましも含めて、全

てを二人に話して聞かせた。

 大都消失事件の後、二年間の修行──色装、即ち個々の魂の覚醒を行っていたこと。

 そんな状況が生じた事でレナの素性にリカルドが勘付いてしまい、幾つかのすれ違いの末

に兄弟であわや殺し合いまで起こったこと。この騒動が教団に知られる切欠になったこと。

 対“結社”との戦いで統務院の権限が増す中、焦りを感じていた彼らが、おそらくは起死

回生の手段としてレナイコール“聖女”を強く求めたこと。それ故に強硬策──彼女を一度

は秘密の内に連れ帰そうとし、回り回って結果、ジークが宣戦布告のような真似をしてしま

ったこと。

「……本当っ、申し訳ない!」

「いや、元はと言えば私の責任だ。愚弟達の疑心を買い被り過ぎ、事を大きくしてしまった

のは私だよ」

「うぅ」「それはあ……」

「そりゃあ、分かってるけども。改めて傷付くわぁ……」

 ジークがぶんっと頭を下げていた。これまでの自身の行動を客観的に説明されて、流石に

拙かったという認識が圧し掛かったのだろう。それはハロルドにそれとなく当て付けられた

リカルドや、隊の神官騎士達も同じだった。

「ええと……。その、あまりお気になさらないでください」

「それで神父様。これからどうするおつもりなのです? やはり、聖都へ?」

「ええ。ジーク君がそう宣言してしまいましたしね。それに史の騎士団と接触した際、レナ

自身も一度は教皇との会談──話をつけたいと約束はしています」

 カインに訊ねられ、ハロルドが言う。ちらと横目を遣ってぼりぽりとばつが悪そうに後ろ

髪を掻くジークに促しながら。

「……とにかく聖都クロスティアに乗り込んで、教皇とサシにする。先に何とか収めようとしてたのをぶっ

壊したのは向こうだ。それにアルスのお陰で周りの空気はまだこっちに分がある。今なら

まだ、押し切れるかもしれねえ」

「も、もし、上手くいかなったら?」

「そん時はそん時ッス。教団の聖浄器をぶんどって、レナに渡します。俺達は特務軍の任務

さえ果たせりゃ連中にもう用はねぇし、レナがこう教典持ってアピールしちまえば教団の狗

云々もあってないようなモンになるでしょ?」

『……』

「お気持ちはよく分かります。僕らでも雑だなぁとは思いますよ」

「でも実際、それぐらいしないとレナちゃんの自由を既成事実化できませんから。相手は世

界中に信者を持つ巨大組織。つまりは教皇を上回る威光をこちら側につけるしか逃げ道はな

いという事です」

 訥々、事前に打ち合わせた作戦ないようを復習しながら。

 思わず唖然としている夫妻に、シフォンがそう苦笑いを零していた。さりとて一方でイセ

ルナは整然と現状を言い表し、自分達には覚悟が出来ているとの旨も告げる。

「だからその前に謝っておきたかった。こんな事になってしまった不手際も、十九年前に貴

方達から最愛の娘を奪ってしまった私のエゴも……」

 本当に、申し訳ない──。思わずジーク達すら息を呑んでしまうほどの、迫真で床に擦り

つけるような土下座にハロルドはなった。ぐっと歯を噛み締め、まるでこのまま詰られ処罰

されても構わないという程の鬼気迫る姿だった。

「……どうか、頭を上げてください」

「そうです。神父さまが私達にそうまでする必要なんてないんですよ?」

 たっぷりの間。戸惑い。

 しかしセディナ夫妻は寧ろ優しく諭そうとしていた。許そうとした。

 娘の肩を抱く。元より彼らにはハロルドに対する憎しみなど無かったのだ。それは只々娘

の将来を案じ、幸せに生きて欲しいと願った悲痛なまでの親心である。

「私達こそ謝らせてください。お礼を言わせてください。娘をレナを、今まで守ってくれて

ありがとうございます」

「この子が持って生まれてきた宿命さだめを、私達だけではとても守りきれませんでした。怠慢だ

ったんです。なのに神父さま、貴方は私達のそれをその半生を賭けて引き受けてくださいま

した。どうして責められましょうか。謝るべきは、私達の方です」

 本当にすみませんでした──。今度はカインとクラリス、セディア夫妻が低く低く頭を垂

れる番だった。結果、互いが互いに向かって土下座をする形になる。

「……」

 言葉こそなかったが、ハロルドは確かに震えていた。最初夫妻が娘に再会して感極まって

いたのと同じように、彼もまた十九年越しの赦しを受けて啼いていたのかもしれない。

「いえ……。少なくともこの子を引き取った日々に後悔はありません。たとえ血は繋がって

いなくとも、娘を、家族を持てたことは私にとって大きな財産でした」

「……兄貴」

「お父さん……」

 ゆっくりと、静かに顔を上げるハロルド。その言葉にリカルドと、夫妻の傍らに座ってい

たレナがめいめいに呟き、くしゃっと顔を歪ませていた。ジークがイセルナ達が、優しい微

笑みで互いの顔を見合わせながら小さな安堵を吐いている。

『──』

 だがこの時、一同はまだ気付いていなかったのである。

 セディナ家の壁に耳を澄ませ、これら会話の一部始終を聞いていた村人達の一団に。


「──違反者全員、確保しました!」

「ご苦労。キャンプまで連行してくれ。くれぐれも手荒を手荒では返すなよ?」

 時を前後して。とある国のとある都市。

 統務院直轄警護軍・正義の盾イージスの長官ダグラスは、この日開かれた統務院議員らのタウン

ミーティング会場を守っていた。

 そして案の定、反戦や開拓反対を訴えるデモ隊が周辺に現れ、喧伝する。まだそれだけな

ら注意深く見つめているだけで済んだのだが、興奮したメンバー達が一部暴徒と化して部下

達に危害を加えてしまったのである。

 こうなると彼らは動かない訳にはいかない。公務執行妨害の現行犯でこの者達は取り押さ

えられ、縄で一繋ぎになって連行されて行った。はっ! 去り際、兵士の一人にそう念を押

してやったが、はたして実際と相手側の実感というものは大分乖離している。

(やはりキリがないな。一体いつになれば終わるのだろう……)

 ぼやっと、堅く着こなした軍服の手袋を引っ張り、ダグラスは思う。

 細かい部分はバラけているが、この手のデモ隊──「反分子」の主義主張はここの所過激

になる一方で収斂しているようにみえる。現状に対するノーだ。尤もそこに具体的な代替策

がない以上、受け入れる訳にもいかないのだが。

 連鎖しているようでならない。渦巻く戦いと憎しみの連鎖。

 本当にこれでいいのか? この“結社”との戦いの先にはたして希望はあるのか?

 正義の剣カリバー達はいざ知らず、自分達が手を出しているのはテロリストではなく一般市民では

ないか。それとも喧伝する者達とは皆等しく排除すべきなのだろうか。

 一進一退。聞こえはいいがその実停滞しつつある戦線。

 だが聞く所によると、クラン・ブルートバードが先日、いよいよ特務軍の一員として本格

的に動き出したという。

 彼らと言えばクリシェンヌ教団との対立で騒動になっていた筈だが、任務に支障はないの

だろうか。どうやら北と南、聖都とサムトリア方面に分かれて行動しているようだが。

(……もどかしいな)

 少なくとも自分は、ヒュウガのように彼らを“防波堤”として使い潰して平然としていら

れるだけの胆力は持てない。先ずもって良心がズキズキと痛めつけてくるのだ。

 どうしてなのだろう? ただ災いから、暴力から、悪意から人々を守りたいと願っただけ

なのに、次から次へと戦いは起こる。時々分からなくなる。本当に“結社”だけが「悪」な

のだろうか? つまり自分は市民にまではたとその疑念を延長してしまう時がある。

「……」

 ポケットに手袋越しの左手を突っ込み、ダグラスはゆたりその場から歩き出した。

 自分達はどうすればいい──よかったのか。

 “結社”は一体何故、このような戦火を起こすのか。


 事件は、その日の夜に起こったのである。

 皆がすっかり寝静まった頃だった。セディナ夫妻に懇願され、半ばその厚意に押し切られ

る形でこの日の宿を彼らの家に決め、夕食のあと床に就いて暫くした時だった。

『せ、せめて一晩だけでも……』

『見ての通り、満足におもてなし出来るような家ではありませんが……』

 娘の恩人(と言われると恐縮なのだが)をむざむざと帰す訳にはいかないという彼らなり

の仁義なのだろう。そしてジーク達としても、折角の親子の再会を、出来る限り長く設けて

やりたいという情があった。

 しかしそんな判断は、結果一行を窮地に陥れた。瞼の裏に明るみを感じる。それに何やら

外からパチパチと音──まるで火を焚くかのような物音も聞こえる。

 ジークはこれまでの暮らしから染み付いた直感で瞬間、飛び起きた。同時に枕元の六華を

手に取って腰に差し、姿勢を低くしていつでも戦える体勢を取る。イセルナ以下、仲間達も

同じく察知したようで、程なくしてこれに続いた。何よりもレナとセディナ夫妻を庇うよう

に陣取り、ジーク達は意を決して家の外へと飛び出す。

「出て来たぞ! レノヴィン達だ!」

「聖女様は? カインの娘はどうした!?」

「中だ! まだ家の中にいるぞ!」

 そこにいたのは、夜闇を照らすように幾つもの松明を焚き、ぐるりとセディナ家を包囲す

る村人達だった。更に拙いことにその集団に目を凝らすと、ダーレンとヴェスタ、史の騎士

団の例の隊長が二人、手勢を率いてその中心に立っていたのだ。

「っ、お前ら……」

「やあ。寝覚めはどうだい?」

「中々来ないなと思ったら、こんな所で油を売ってるとはな。随分と余裕こいてくれるじゃ

ねぇの」

 オズやハロルドが夫妻を守りながら後ろから出てくる。共に状況はすぐに察したようで、

その表情には緊迫と、殺気立った気色がそれぞれ浮かんでいる。

「聞いたぞカイン! お前の娘が聖女様だったなんてな!」

「そんな話、聞いてねぇぞ!」

「まだ赤ん坊の頃、里子に出したのは知ってたけど……」

「例の本山の騒ぎ、つまり元を辿ればお前らのせいじゃないか! どういう心算だ? この

ままだったら俺達は咎人を匿った罪人ってことになるんだぞ!?」

「冗談じゃねえ! 巻き込まれて堪るか!」

「この事が余所に知られてみろ。この村は今度こそお終いだ……!」

 次々に叫ぶ、夫妻を責め立てる村人達。

 なるほど。ジークは眉間に皺を寄せ、内心彼らに容赦なく唾を吐く。要するに我が身可愛

さで二人を売り、自分達だけでも助かろうと企んだ訳だ。

 腰の剣に手を伸ばそうとして……止める。仲間達も同じだ。ここで下手に暴れ回ってしま

えばそれこそ夫妻の立場を悪くすることになるだろう。

「……てめぇら。それでも人の親かよ……」

 さりとて怒りは沸々と込み上げる。レナがぎゅっと二人にしがみ付いている。

 にたり。村人達と共に一行を取り囲むダーレンとヴェスタが、憎たらしい笑みをその口角

に浮かべたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ