73-(6) 進路を取れ
ルフグラン号を駆り、ダン率いる南回りチームは南方へと飛ぶ。
数字をかけて世界樹を迂回し、渦巻く霊海を越え、一行は南方の諸浮遊大陸をその眼下に
捉えていた。
視界一杯に点々と広がるのは、深い緑と濃い土色に彩られた大地たち。
四方に分岐する巨大魔流の一つ、緑の支樹による影響だ。地の力を強く宿すこの南方一帯
は古くから肥沃な土壌に恵まれ、それが故の豊かな食糧事情に裏打ちされたゆっくりとした
時間が流れる。
「緑が綺麗……。話には聞いていたけれど、本当に豊かな土地なんですね」
「そうだな。まぁ逆を言えばそれ以外何も無ぇってことでもあるんだが」
「皆さ~ん、そろそろ着陸しますよ~」
「これから高度を下げていく。しっかりと掴まっていてくれ」
サムトリアン・クーフ。
そんな南方の中でも屈指の都市であり、且つサムトリア共和国の首都でもある街だ。
ダン達は先ず最初に此処を訪れ、ロゼッタ大統領と面会する予定だった。事前の根回しと
いう奴である。これから南方を中心に聖浄器回収の任に当たるにおいて、現地の首領に挨拶
の一つもしないというのは拙かろう。
人気の少ない、疎らな木々に囲まれた平地の中にルフグラン号は着陸した。タロップが降
りてダン達が出てくる。「陣」を敷く時の為に同行する技師数名を除き、レジーナ達は留守
番だ。一つ用事が済むまでは船を守りつつ待機して貰う。
森を抜け、緩やかな丘を臨む開けた場所に出た。すると視界の向こうにはずらっと件の都
サムトリアン・クーフの全景が見える。
やや遠巻きに四方を勾配のある丘に囲まれ、だだっ広い緑の中にはたと街並みが展開して
いるかのようだった。都市は東西南北にほぼ真四角で、上下左右に渡された幾つもの水路と
相まってさも自然の城壁にもみえる。周囲は他の周辺各国の例に漏れず、広大な農地が翼を
広げるようにどこまで続いていた。
「じゃあ……行くぜ。準備はいいな?」
荷物から変装用の衣類や小道具を取り出し、一行は進み始めた。
更にダンやグノーシュ、クロムを中心に全体を複数の班に分け、互いにアトランダムな距
離を置いて進む。言わずもがな、道中素性を隠し、人々にそれと勘付かれぬ為だ。聖都とは
随分離れているとはいえ、信者達がいない訳ではない。避けられるゴタゴタは避けて通るの
が目下の方針であった。
「聖女様を、ブルートバードから助け出せ!」
「豊かな土地を守ろう! 開拓派の専横を許すなー!」
「戦・争・反・対! 政府は民衆の声を直視しろ!」
はたして案の定、こちらにもデモ隊と括れる各種勢力が街の周辺を練り歩いていた。
クリシェンヌ教徒の強固派らしき、レナ奪還を訴える人々。かねてより在る反開拓・保守
派の市民デモ。そしてこの二年で数を増した、対“結社”の戦い自体を否定するグループ。
ダン達はそんな騒がしい者達を横目で見遣りながら、クーフ市内を時折迂回しながら目指
す場所へと進んだ。主張・目的は厳密にみればバラバラだ。しかし耳に届いてくる言葉をざ
っくりと噛み砕いて整理すれば「ブルートバードは奴らの手先」となる。
それでもまだマシなのは、彼らとの直接的な水際にある他の市民らが概してこれらを冷や
やかな眼でみているようだという事だ。巻き込んでくれるな──さもそう言いたげにそっと
眉を顰め、気持ち早足で場を通り過ぎていく。温和な土地柄に裏付けられたゆったりとした
時間も、今日の諸々の「闘い」の波には霞んでしまうのだろうか。
「──ようこそ、遠路遥々サムトリアへ。お話は伺っております。……先日は大変なことに
なってしまいましたね」
「久しぶりね。二年ぶり……あの総会以来かしら?」
そして事前に連絡を取り、指定された場所で待って、迎えに来た鋼車に乗り込むとそのま
ま大統領府へと直行。
エントランスでは大統領ロゼッタとその用心棒、七星の一人ロミリアが待っていた。左右
には職員達もずらりと並んで出迎えの体制。ダンとグノーシュが代表して、彼女らとがっち
りとした握手を交わす。
「まぁ、その辺はイセルナ達が上手くやってくれるさ。俺達は俺達で、こっち側の“任務”
の為に来た。ともかく、宜しく頼む」
「“黒姫”殿も元気そうで。早いもんだな、時の流れってのは」
されどパフォーマンスはこれまで。下手に番記者などに嗅ぎ付かれぬよう、早速一同は場
所をより奥まった密室に移して本題へと入る。
「二年前の総会の決議、統務院による決定──私どももその一員である以上、皆さんの聖浄
器回収の任には可能な限り協力させていただきます。……それが長い目で見た時に、泥沼の
戦いを終わらせる事に繋がるのであれば」
木造やレンガ造りの家屋が建ち並んでいた市中とは少々趣が変わり、大統領府内は黒や濃
茶の木材・石材をふんだんに用いたモダンなデザインだ。伊達に四大盟主の一角が使う部屋
だけあって、通された応接間はシックながらも気品漂う佇まいだった。ツヤ出しの効いた木
製テーブルを挟んでロゼッタが真剣に──生真面目な面持ちで言う。
しかしおそらく、その内心は額面ほどあまり歓迎はしていないのだろう。
詰まる所、人が良過ぎるのだ。その真面目な表情には一抹の不安というものが滲んでいる
ようにも捉えられ、秩序全体としての決定には従うものの「自国でトラブルを起こされるの
はちょっと……」という本音を邪推してしまう。
「同感だ。協力感謝する。それで、あんたに訊きたいんだが、こっち方面で在り処がはっき
りしてるのってはあるんだろうか?」
「無い訳ではないですが、それはらおそらく北や西の方が確実ですね。連邦朝には“忠騎士”
レイアの、王国には“大戦士”ベオグの聖浄器がそれぞれ王器として祀られていると記憶
しています」
「鎧戦斧ヴァシリコフね。消失事件の時、ファルケン王が自ら使っていたのだけど」
「あ~……そうだっけ?」
「うん。以前にアルスから聞いた。現れた“教主”達を攻撃しようとして」
「……相変わらず無茶苦茶な王様だなあ」
ロゼッタとロミリアの情報に、うん? とダンが眉根を寄せる。
代わりに隣のミアが補足してくれていた。それを聞いてダンは苦笑しながらも妙に納得し
てしまう。
「申し訳ありませんが、彼らとは違い、我が国の王器は聖浄器ではありません。文献によれ
ば大昔に用いられていた豊穣を願う祭具だそうです」
「他の国は……あまり分からないわね。未だにどこも詳しい事は隠したがるから」
どうせ結社にはバレてるでしょうにね……。ロゼッタの言葉を引き継ぎながらロミリアは
言った。ダン達は然りと頷く。各国が一致して戦うというのは所詮文面上のものであろうし、
何より正義の盾・正義の剣や自分達に肝心の部分を押し付けている時点で実情は明らかだ。
「でも領内にはあるだろ? “勇者”様から勧められたんだ。この国には“賢者”リュノー
の書庫があるんだろ? 翠風の町って場所だそうだ。先ずはそこへ行って色々知って来いっ
てな」
「……ディノグラード卿が?」
どうやらその話に関しては初耳だったらしい。ロゼッタは目を瞬き、しかしすぐに扉の傍
に控えていた職員に命じて地図を持って越させた。テーブルの上に広げ、ちょうどサムトリ
アン・クーフを中心に描いた頁を開く。
スッ。そして都から指を這わせて示されたのは、そこから北北西の沿岸部方面。
そこには確かに、やや小さく翠風の町と書かれた地名と、点があった。
「此処です。マルセイユ侯爵領、アルノー殿が治める町です。ここからだと北北西──ヴァ
ルドーの南端にも近い位置になりますね。ですが……」
丁寧に自ら指し示してくれた後、しかし一旦言葉を切ったかと思うとロゼッタは言った。
ステラやマルタが頭に疑問符を浮かべている。地図をなぞっていた彼女の指がまた南東に戻
り、もう一つ別の場所を指す。
「その前に“導都ウィルホルム”を訪ねては如何でしょう? ご存知の通りこの街は魔導の
最高学府であり、十二聖の一人・ユヴァンにも縁のある場所です。確か書物では彼は戦いの
前、この街で聖浄器を手にしたとも聞きます。翠風の町へ向かうルート上でもありますし、
行ってみて損はないかと」
「ふむ。言われてみればそうだな……。どうする? 行くか──って何だよ、グノ」
それは彼女からの提案だった。
導都ウィルホルム。魔導師の総本山・魔導学司をその中核に擁く学問の聖地であり、人に
よってはこのクーフ以上に有名かもしれない。
ダンはゆっくりと頷き、顎を擦りながら代表して皆の意見を聞こうとした。なのに振り向
いた先ではグノーシュが皆に混ざって何やらニヤリと笑っており、されどその意図が分から
ないでいるダンをミアが軽く瞑った眼で傍観している。
「いんや? まぁ俺はいいと思うぜ。少しでも取っ掛かりがあるに越した事はないしな」
「そうですね。私も一度は行ってみたかった場所でもありますし……」
「? どうしたんです、クロムさん? 急に難しい顔してますけど……?」
「……何でもない。私も、賛成だ」
リュカが若干自身の知的興味も含めて頷き、マルタがふと違和感を覚えて問うに構うこと
なく、クロムがじっと一人眉間に皺を寄せて賛同の意思を示していた。
ぐるりとダンが一同を見渡す。サフレやミア、他の仲間達も特に異論はないようだ。なら
ばとダンはロゼッタに向き直って頷き、この提案を素直に受け入れることにする。
「分かった。ウィルホルムにも寄ってみよう。その話の通り、ユヴァンの聖浄器の行方につ
いても何か判るかもしれない。翠風の町には後で連絡を入れとく」
かくして大まかな旅程が決まったのだった。
導都と翠風の町。この二点を中心に一行はサムトリア領内を斜め方向に北上する。
「ただお気をつけください。導都は確かに我が国の領土ではありますが、あそこは自治区の
扱い──事実上の異国でもあります。私達も事前に協力を要請してはおきますが、必ずしも
彼ら魔導学司が協力してくれるかは保証できません」
……了解。
あれやこれや、少々人の良過ぎる大統領・ロゼッタの忠告。これをしかと受け取り、ダン
達は今一度気を引き締めるとコクリと頷くのであった。




