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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-73.彼女という起源(ルーツ)(前編)
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73-(5) 扇動者(アジテーター)

「このように、放出された魔流ストリームの変化と予め規定された術式、この場合第八から十九節まで

とを照らし合わせる事で対象者の患部が“正常”ではないと同期され──」

「……」

 ジーク達が旅立った翌日、学院にて。

 アルスは教室で、他の学院生らに混じって講義を受けていた。今や当たり前となった日常

である。しかしこの日ばかりは、アルスは中々授業に集中できないでいた。

 言わずもがな、兄達のことである。

 ぼうっと教卓の講師の言葉が遠くに感じる。そしてハッと我に返り、ノートの続きを取り

直すというパターンを何度も繰り返した。

(兄さん達、大丈夫かな……)

 ちらと窓の外に横目を遣る。塀で遮られて見えはしないが、今朝からずっと街の方から物

騒な物音と叫び声が聞こえている。

 例の“宣戦布告”以来、街には徐々に兄に対するデモ隊がたむろし始めていた。

 自分達の信仰を揺るがし、あまつさえ教団に喧嘩を売ったジーク・レノヴィンへの反発。

 新生トナン皇国の第一皇子──これまで何度となく旧来の秩序を破壊し、世の中を騒がせ

てきたジーク・レノヴィンへの反発。

 或いは対“結社”の急先鋒となり、今や統務院肝煎りの切り込み隊長としての各地に戦火

の不安を撒き散らすジーク・レノヴィンへの反発。

 クリシェンヌ教徒の強硬派、イデオロギー上の保守派、反戦活動家。もう今に始まった事

ではないが、振り返ってみるとよくもまぁこんなに“敵”が増えてしまったものだ。

 アルスは頬に手を当て嘆息をついていた。ペンをノートの上に走らせる気力が湧かない。

 怒りを通り越して、呆れの感情が勝っている。兄さんの何を知っているのさ? これまで

皆がどんな思いで戦ってきたと思っているのさ?

 まるでごった煮と化す反レノヴィンの徒党。だが先日、案の定仲間を見捨てなかった兄を

アシストする形で会談を導信網マギネットに放流したことで、その風向きも逆転とまではいかずとも大

きく跳ね返せたと思う。

 団長・イセルナ不在のタイミングを狙い澄ました卑怯さ、レナ本人を置き去りにして組織

の威光を回復しようと躍起になっていた事実。そうした内情が明るみになり、件のデモ隊ら

に対する市民の目は少なくとも歓迎しない──白眼視の側に寄っていると感じる。

 作戦は効いている。

 たとえそれがその実、単に個々ミニマムなレベルへ逃避していく人々の“保守的”な性質だとして

も、これから教団と直接対峙するであろう兄達を援けることになるのなら有利に働く筈だ。

「……」

 しかし一方でアルスは思う。

 それは即ち、自分が人心を操っていることではないのか? 意図的に印象を操作し、さも

巷の人々を愚かな駒としてしか思っていないのではないかと自問・自罰するのである。

 レナさんを、仲間達みんなを守りたい。

 誰かを、感情的にしたくない。争って欲しくない。

 そっと手を添える。胸の奥がズキズキと痛むような心地を覚えた。

 どうしてこの二つはこうも両立しないのだろう? やっぱりそうじゃないか。自分たち兄

弟は彼らの言う通り、世の中を引っ掻き回して心乱す、厄介者じゃないか。

 ……もっと他にやりようはなかったのだろうか? もっと誰も傷付けずに解決に導く一手

を探すべきだったのではないか?

「む? 時間か。では、今日はここまで。各自しっかり復習しておくように」

 そして気付けば、いつの間にか授業の終了を告げるチャイムが鳴っていた。板書をしてい

た講師がぴたっと動きを止めて教卓に戻り、慣れた手つきで教本をまとめながら生徒達に念

を押している。

 目を落とせばノートは半端な状態で止まっていた。しかし書き写そうにも既に周りは緊張

の糸が切れてめいめいに立ち上がり、ざわめきが強くなっている。

「……はあ」

 静かに嘆息。残りの内容は諦めた。のそのそとノートや筆記具を鞄に押し込み、この人の

波に紛れるようにして教室を出て行く。普段から予習・復習を欠かさない生活でなければ、

もうこれだけで一回分は後れていた筈だ。


“何故、自分は此処にいるのだろう?”


 旧い講義棟の廊下に出る。モダン調のエントランスを突っ切って正面と裏口、掲示事項を

貼る為のスペースがあり、外に向かって学院生達が思い思いの服装とグループを作って無数

のお喋りを奏でている。

 ……何処か遠い世界の出来事のようだった。彼らと、まだしつこく塀の向こうから耳に届

くデモ隊の叫び声や鳴り物が混じり合い、きんとつんざく不快さを呼び起こす。

 それでも人ごみの向こう、駐輪場の片隅にリンファの姿があった。別の講義から合流して

きたのか、フィデロにルイス、シンシアもこの傍に立っている。

 こちらの姿を認めて彼女達が小さく頭を下げ、手を振ってくれている。アルスはホウッと

顕現してでてきたエトナに訝しがられながらも促され、講義棟の正面玄関を潜って歩いていた。

 視界に、脳裏に浮かぶ。

 向こうにいる仲間達に友人達、今は遠くに行ってしまった兄達、或いはこの街やもっと別

の街に暮らし、生きている名も知らない他人びと。

 兄さん達はどうしているだろうか? あれから特にニュースに出ていないという事は少な

くとも道中に支障は出ていないことになるが、それでもやはり心配である。もっと自分にで

きる事はないのだろうか? しかしその一念で飛び出し、たくさんの人々に迷惑を掛けてし

まった先例が記憶にはっきりとあるため、そういった二の轍を踏む訳にもいかない。

 皆の笑顔があった。そのさも背景にデモ隊ふおんがある。

「──」

 コツコツ。一歩また一歩。この時アルスは思っていた。

 それは決意。ぼんやりとしている、だけども自罰という意味で半ば無意識に弾き出された

彼の回答こたえであった。

 コツ、コツン。

 この街の誰もが傷付かず、悲しまずに済む方法とは、何だ?

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