73-(4) 散光の村(ランミュース)
そしてこの日、特務軍としてのクラン・ブルートバードはようやく本格的な活動──聖浄
器回収の任務を開始した。
お披露目から更に三日ほど。旅支度を整えて。
ジーク達はルフグラン号が鎮座する件の郊外に集まっていた。出発とあって、深く掘り下
げされた地面を除き、船体には組まれていた足場や機材などはすっかり撤去されている。
「じゃあダン。例の書庫についてはお願いね」
「ああ。先生さんやクロムもいるし何とかなるだろう。そっちこそ、上手いこと教団と話つ
けてこいよな」
別れ際の挨拶。南北それぞれのチームを率いるイセルナとダンは互いの健闘を祈る。
予め話し合った通り、ジーク達は大きく二手に分かれて行動する。聖都へと赴き一連の対
立に終止符を打つ、イセルナ率いる北回りチーム及び、サムトリア共和国領内にある“賢者”
リュノーの書庫を目指す、ダン率いる南回りチームだ。尚ルフグラン号は後者が乗って行く。
地理的にも移動距離が大きいのがその主な理由である。
「……気を付けてね? 兄さん、皆」
「ああ、分かってる。お前は何も心配しなくていい。後は俺達に任せろ」
「リンさん、イヨさん。アルスを頼みます」
「うむ。言われずとも」
「せ、精一杯善処しますっ!」
ジーク自身もアルスら留守番組に見送られ、ミアの言葉にリンファとイヨが並び立ちつつ
も対照的な反応をみせる。
場には残る三隊長や団員達、アトス兵や街の守備隊達までが足を運んで来てくれていた。
少なくとも、ここにいる面々は自分達に比較的友好的な側なのだろう。形式的な礼の為に
顔を見せている者もいようが。先ずダン達南回りチームがレジーナとエリウッドの案内で船
に乗り込む。人々からめいめいに旅の無事と活躍を祈るエールが送られる。次いでイセルナ
達北回りチームがそれを背にしながら歩き始めた。梟響の街の管轄区域外はすぐそこだ。
街が少しずつ遠くなっていく。空に駆動音を立てながらルフグラン号が真っ直ぐ上昇して
いくのが見える。
直後加速をつけて見えなくなる船体、かつての造船スペースから届く人々の歓声。
イセルナ以下、ジーク達はそれを肩越しに眺めながら荷物に手を伸ばし、目深なローブな
どを被って早速めいめいに変装する。途中怪しまれぬよう乗合馬車では複数の便を利用して
分乗・待ち合わせを繰り返し、ジーク達は一路陸路を南下、北方南部の盆地沿いにある聖都
クロスティアへと向かう。
しかしあの“宣戦布告”により、教団は自分達を警戒している筈だ。
事実、道中聖都に近付くにつれて、方々で教団を擁護するデモ隊──反レノヴィンの集団
を見かけた。おそらくは敬虔な信徒だった者達だろう。ハロルドはさも興味がないといった
様子で話していたが、当のジークや渦中のレナにとっては居た堪れない。それが流石に何度
も続いてくると彼女が変装の下で目を潤ませ始め、ぽんぽんとジークがそれとなく励まして
やるといった場面が散見された。
……それでも、当初の予想に反してそうした勢力があまり多い訳でもなかったのは都合の
良い状況かもしれない。
間違いなく、アルスが機転を利かせてあの非公式会談をオープンドにしたことが効いてい
るとみえる。少なくともジーク達が遠巻きに見る限りは、デモ隊に対する周囲の態度は往々
にして冷めているようだった。元から一定数無関心な層はいるのだろうが、よほど頑なに信
心を持つ者でなければ多かれ少なかれ、今や教団に対して薔薇色の幻想を持てなくなってい
るのだろう。
(このまま、押し切れりゃいいんだがな……)
道中人々を観察しながら、ジークは思った。
だがあまり楽観的に構えられないというのも分かっていた。精々イーブンというくらいが
巷の心証なのだろう。だからこそ何かの切欠で今のパワーバランスが崩れてしまうかもしれ
ないし、そうなってしまわない内に教皇と直に話をつけて来ないといけないのだ。
「──寄り道?」
なのに、途中そんな提案がハロルドからなされた。
曰く聖都へ着く前に寄っておきたい場所があるというのだ。あまりのんびりしている暇は
ないと分かっている筈なのに……。彼を除くジーク達は訝しがる。
「そういう事は早めに言っておいてくださいよ……。何なんです? 何か、連中相手に立ち
回る為の秘策でも?」
「いや、そうではないんだが……。義理立ての為にね」
「貴方がそこまで言うならいいけれど……。何処なの?」
皆で地図を囲む中、ハロルドはぴっとある一点を指差した。それはクロスティアと山一つ
を挟んだ、方角的に北西の郊外に位置する村だった。
「“散光の村”──レナの実の両親が住む場所だよ」
はたしてそこは小さな寂れた村だった。山一つ向こうに世界屈指の都市が広がっていると
は到底思えない。
緊張し、しかし急く想いで村に足を踏み入れるレナを先頭に、ジーク達はこの人気も疎ら
な村の中を進んでいった。
「……その。随分と殺風景だな」
「この辺は大体こんなもんさ。聖都が発展し過ぎてるんだよ。偶々あそこがクリシェンヌの
生まれ故郷だったからってだけで、元々この辺り一帯はこれといった産業もなかった。ここ
らの平均的な姿だよ」
レナの手前、多少遠慮がちにサフレが呟く。しかしそれを受け取ったリカルドは何の気な
いと言った感じで自嘲っていた。粗末な平屋が点々と建ち、周囲には決して豊かとは言えな
い田畑が風に吹かれている。
「ここが、レナの故郷」
「大丈夫かな? 私達が来てびっくりするんじゃない?」
「でしょうね。でも今回の旅を考えれば、ご両親にきちんと経緯を伝えることは何も間違っ
てはいない筈よ」
レナが村の只中できょろきょろと辺りを見渡している。その少し後ろをハロルドが見守る
ようについていき、じっと黙してジーク達に後ろ姿を晒している。
思い出しているのだろうか? 以前彼から聞いた話では、ここに住む実の両親からレナを
託されたそうだが……。
「──神父、さま?」
「ッ!?」
そして、次の瞬間だったのである。
偶然なのか必然なのか、一行の姿を認めて恐る恐るといった様子で声を掛けてきた人物が
いたのである。レナが驚いて振り返る。ハロルドが、更に後ろから追いついて来るジーク達
がその声のする方向を見遣り、この主を目の当たりにする。
『……』
畑仕事の帰りだろうか。一組の男女だった。
暮らしぶり故か、その背中の翼も身なりも薄汚れた、鳥翼族の夫婦だったのである。




