73-(3) 残された言葉
「ああああ! またか、またレノヴィンなのか!?」
「ただでさえ拗れていたというのに、何故また自分から火をくべるような真似を……!」
時を前後して、統務院本部の議事堂。
クラン・ブルートバードと史の騎士団の間で起こった衝突騒ぎに王や統務院議員達が頭を
抱える中、はたとエレンツァの部下を経由してやって来た新たな報せに、彼らの多くはまる
で発狂したかのように再びの悲鳴を上げていた。
議事堂に直参していた議員、中空のホログラム映像越しの王達。
基本疎らでがらんとしている堂内にそんな面々の悲喜こもごもが響く。
『ははは! やりやがる。全く、飽きさせない連中だよ。いいんじゃねぇの? サミットの
時には教団に踏み絵を掛けられたしな。いい機会だ。今後の力関係の為にも、なるべく弱っ
て貰おうぜ?』
『そう上手くいくといいがな……。だが確かに、この映像を見る限り元々の非は教団の側に
あるようにみえる』
ファルケン王と、ウォルター議長は笑い、ごちていた。
前者は言葉の通り今回の一件で今や厄介な勢力である教団の力が削がれる──自分達の戦
いが円滑に進むことを期待し、後者は後者で早速導信網上にアップされた件のやり取りを確
認しつつ、頭の中で算盤を弾いている。
『な、何を考えているのでしょう? 皇子は。相手はあの教団ですよ? 最悪クリシェンヌ
ゆかりの聖浄器に二度と近付けない可能性だってあるのに』
『それもまた、あいつら次第って事さ。少なくとも誰かがぶち当たらなきゃ、あそこの聖浄
器は確保できねえ。まぁ教団が絶対に“結社”から守り抜いて、俺達の戦いにも協力してく
れるってんなら話は別だけどよ?』
特に四大盟主の内ロゼッタは、なまじ清廉で良識人な分、ジーク達の起こした前代未聞の
それに大分参っているようだった。呵々と笑い、一方でファルケンはありもしないと分かっ
ていながらそう言い、寧ろ事の推移を愉しもうとさえしている。
『……』
そして彼らのリーダー、老練のハウゼン王は黙っていた。
そっと目を閉じ、先ずは方々から漏れる他の王や議員達の声・意見を分け隔てなく聞き入
れることから始めようとしている。
(さて、どうしたものか。こう彼らばかりに試練を負わせるのは少々酷だろうか? いや、
かと言って介入の時期を見誤れば儂らの関係は益々拗れてしまうだろう……)
「──分かっておるのか? このようなこと、前代未聞だぞ!」
そして現在。件の宣戦布告から数日。
王都クリスヴェイルの玉座の間。ハウゼンはそう眼下で口角泡を飛ばすベテランの臣下達
の声に意識を向け直し、そんな彼らの口撃の矢面に立たされているセドを見た。
「その成立以来、あの巨大組織とまともに争おうなどという者はいなかった……」
「それが何故、またお前の友の子らばかりなのだ!? エイルフィード!」
されど当の本人は自身の序列に着いたまま平身低頭。ただ彼らの罵声にじっと耐えている
のか聞き流しているのか、ぴくりとも反応しない。
「……そこまでにしておけ。こやつを責めた所でどうなる。別にジーク皇子に直接あのよう
な指示を与えた訳でもあるまいに」
「ぬぅっ」
「それは、そうですが……」
なのでハウゼンは見かねて、そう彼に助け舟を出してやった。興奮する臣下達も、王の直
接の言葉とあれば矛を収めるしかない。
とはいえ、彼らはやはりというべきか不満だった。
理由なら分かっている。今回の件も含めて、レノヴィンという英雄にして問題児をさも匿
っているかのような立場にあるこの国に対し、陰ながら煙たく思う者達が少なからずいるの
もまた事実なのだ。
「……申し訳ありません、陛下。私もジーク達の動向については随時報告が上がるように指
示しているのですが」
「構わんよ。情報が上がってくるだけでも充分だ。彼らが冒険者で、今あるしがらみに囚わ
れぬ動きが出来るからこそ、彼らはこれまで我々の成し得なかった戦果を挙げてきたのだと
も言える」
あくまで“臣下の礼モード”で接してくるセドに、ハウゼンはそうやんわりとフォローを
入れてやっていた。尤も内心は言葉にした所の半分程度なもので、彼の頭の中には既にこれ
から起こるであろう懸念材料が一つ二つと列挙されてしまっている。
幸い、今回の一件でクリシェンヌ教団の強硬──焦りが故の先走りが明らかにされる結果
となった。これにより人々の中には以前よりも教団の威光に疑問を持つ者達が出てくること
だろう。だがしかし、その一方でより頑なになる者達もまた出てくる筈だ。彼らはその拠り
所をレノヴィン達に傷付けられたと感じるだろう。思うに信仰というものの恐ろしさの一つ
とはそこにある。
だからこそ、どれだけ他国から批判されようとも、我が国も統務院も今下手に動くのは得
策でないのである。あの時ヒュウガ・サーディスが自分達に当てこすった台詞も、故にあな
がち間違ってはいないのだ。
政治家として最善の手を考える。そんな時真っ先に浮かぶのは、レノヴィン兄弟とクラン
・ブルートバードに対教団という局面において防波堤となって貰うことだ。それに諍いとは
往々にして、大きな看板を背負う者同士が割って入ると寧ろ泥沼化してしまうものだ。少な
くとも今ではない。願わくば「落ち度」でイーブンとなった両者が落とし所を探そうとする
段階となり、そこで可能な限り教団からの助力を勝ち取れればいいのだが。
……とはいえ、これまでの経験上あの兄弟がこちらのシナリオ通りに動いてくれたことは
皆無だった。見守るだけだ。自分達にできることは推移を見守り、そして何よりもそうした
状況の変化の中からより多くの人々の安堵を担保する術を探し出し、選ぶということ。更に
言えばそうして選ぶということは、一方で何かを誰かを選ばないということでもある。
「陛下。お言葉ですが、では我々はどうすれば宜しいのでしょう?」
「ただ待てと? 逆を言えばエイルフィード伯を通じてレノヴィン達に介入できる立場にあ
るというのに、何もしないのでありますか?」
考える。そんな最中、口々に臣下達が低頭し直しては顔を上げ、低頭しては顔を上げなが
ら問い詰めてくる。
だろうな。ハウゼンは思った。要するに何か手を打たなければ不安なのだ。
気持ちは分かる。自分とてこのまま傍観を続けて事態が好転するとは信じ切れていない。
ただ今回は不作為の方が悪化を抑えられると判断したからだ。レノヴィン達を盾にすれば、
少なくとも直接的な被害は最小限に済むと打算するからだ。
「では訊くが、仮に我が国としてクラン・ブルートバードに働きかけ、あの兄弟がすんなり
と言うことを聞くか? 今は我が国ではなく、統務院全体として“結社”との戦いを遂行し
ている最中なのに。……示しがつかん。我々が自国の利のみで動けば、他国もそんな向きに
追従していくだろう。この二年でようやく落ち着いてきた統制をまた乱してもいいのか?
はたして得るものと失うものは釣り合うのか? 私はそうは思えない。少なくとも今介入の
時期を見誤れば、事態は一層拗れたものになるであろう」
『……』
ハウゼンの言葉。セドを含めた臣下達が、驚いたようにその朗々とした語りように圧倒さ
れていた。
珍しいことだ。彼がこれほど明確にその意図・目論見を詳らかにするのは珍しい。それだ
け今回の事態に緊迫感をもって臨んでいるということだ。思慮を重ねているということだ。
はっ……。臣下達は一斉に低頭し直した。賢君の本領発揮という所か。当のハウゼンは内
心そういった特別視をあまり好んではいなかったが、その点はもう今に始まった事ではなく
否が応にも慣れてしまった。
「我が国としても、統務院としても、暫くはクラン・ブルートバードの動向を注視すること
にする。動くのであればもし彼らが教団によって大きく損われた時だ。その時は特務軍──
友軍を救うという名目で外交なり、軍事なりで動くこともできよう」
ははっ……! 改めて場の一同が胸元に手を当てて恭順の意を示した。王の意思が表明さ
れたからか一層拗れるとのフレーズが効いたのか、ようやく口撃ばかりの議論は終止符を打
つこととなる。
「エイルフィード。信じていいのだな? お前の、友の子らを」
「……はい。私の名に賭けて」
小さく息をつき、ハウゼンが問う。
たっぷりと間を置いて顔を上げ、セドが力強く頷く。
「──また、面倒な事になっているようですね」
その頃、白咆の街・ディノグラード邸。
やや遅れて地上の情報が新聞となって届き、セイオンがその紙面を開きながらすとすとと
部屋の中を突っ切ってきた。
煌々と焚かれた暖炉、キシキシと揺れるロッキングチェア。
ヨーハンはいつもの指定席に座り、そう話しかけてくる玄孫をちらと見遣っていた。しか
しその細めた皺くちゃの目はこの日は何処か上の空で、また正面に戻ると再びじっと暖炉の
火の方へと向けられていく。
「どうにも試練に愛されている者達のようです。彼女が──レナ・エルリッシュが騒動の渦
中にあるというのは、大爺様には他人事ではないかもしれませんが」
「……そうだの」
ぽつり。ヨーハンは言う。
しかし大爺様の聖浄器が後回しになったのは、それはそれで彼らにとっても良かったのか
もしれませんね──。だがそんな彼の様子を知ってや知らずか、セイオンもまた紙面に目を
通しながらあらぬ方向をむいて呟いている。
「……」
ヨーハンはずっと頭の中で繰り返していた。先日ジーク・レノヴィンとその仲間達がこの
館を訪れた際、会談の終わり際に放ってきた一言である。
『うちの弟から一つ、あんたに伝言を預かってる』
繰り返す。
『十二聖はもう、本当に“あんたしかいない”のか?』




