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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-73.彼女という起源(ルーツ)(前編)
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73-(2) 巨船ルフグラン号

 レジーナやエリウッドに連れられて、ジーク達は街の郊外に設けられた造船スペースへと

やって来た。この二年の間にすっかり見慣れてしまった風景だ。辺りを警備してくれている

アトス軍の兵士達に会釈をしつつ、一行はその中央に鎮座している巨船を目指して周囲に組

まれた足場を上っていく。

 ぞろぞろ。最終調整が済み、後は旅立つだけとなっただけあって足場は一頃に比べるとす

かっり取り除かれて疎らになっている。早いものだな……。感慨深げに船内へと入っていく

ジーク達の一番後ろを、黙したまま衣を翻す剣聖リオが続く。

「うわぁ……」

 最初の一歩、全体からみれば甲板に降り立った一行が漏らしたのはそんな感嘆だった。

 とにかく広い。外からも見上げるほどの大型船であることは分かったが、実際に足を踏み

入れてみてその視界一杯に広がる床の平坦さを思い知る。

「ここ、飛行艇の上だよな?」

「その筈だろ。まるで何処かの平原にでもいるみたいだ」

「ああ。それに……空?」

 めいめいに団員達が驚き、戸惑い、零す。

 甲板部分にずらっと広がる人工の地面の向こうに左右、大きな建物が見え、更に頭上を見

上げれば眩しい日の光と空さえ見える。

 ……おかしい。確か外観の時点では、ドーム状の建造物が行く手にあった筈だが。

「どうなってるんだ? まさか俺達は甲板じゃなくて屋根の上にいるのか?」

「ふふ。違うよー。ここは正真正銘、船でいえば甲板の部分。あそこに映っているのは全部

外から撮った映像だよ。流石に霊海を飛び回るのに野ざらしで暮らすのは無理だからねー」

 すると待ってましたと得意げにレジーナが言い、ジーク達が「えっ!?」と一様に驚いて

目を見張った。

 つまりここはドーム状の天井に包まれた巨大な室内ということになる。

 映っている──レジーナはこの視界一杯に広がる空が全て映像器と無数の照明で再現され

たものだと教えてくれた。マジか……。ジーク達は唖然として暫くこの人工の空を見上げて

いる。そう言われればなるほど少し本物とは違うように思うが、逆に何も言われなかったら

作り物だとも気にならない程の精度でもある。

「で、あそこにずらっと建っているのが新しいホームだよ。皆が寝泊りできる宿舎や食堂、

トイレやお風呂は勿論、図書室から娯楽室まで一通り揃えてあるよ。あとここからは見えな

いけど、地下には食料や武器、メンテ用の機材の保存庫が並んでるよ」

「それと、宿舎棟に囲まれたあの長方形の建物は訓練所です。中は空間結界を張れるように

なっていますので、皆さんの日々の鍛錬に使ってください」

「あ、間違ってもこの場所──広場でドンパチやっちゃ駄目だからね? 航行中にドームに

穴が空きでもしたら外に吸い出されちゃうよ?」

 飛行艇ルフグラン号。

 レジーナが長年温め続けた“夢の船”にして、ジーク達クラン・ブルートバードの新しい

拠点となる空の要塞。

 イセルナが特務軍の一角として建造を依頼し、その資金を出させた時点で皆にもある程度

話はされていたのだが、まさか本当に町を一個丸々船の上に作ってしまうとは。ジーク達は

改めてその技術に唖然とし、只々これに目を見張ることしかできない。

「凄いな……。機巧技術というのはこんな事までできちゃうんだ」

「うーん、それは違うかな。確かに船自体はうちの技術だけど、動力炉やら内装なんかは魔

導なしには成り立たないよ。訓練所もそうだし、そもそも飛行艇ってのは飛びながら周囲の

魔流ストリームを取り込みながらエネルギーにしてるからねえ」

 だからぽつりと、アルスが皆に混じって呟いていた。

 しかし当のレジーナは、天井知らずに天狗になることをしない。皆が素直に驚いて称賛し

てくれることに照れている節もあるのあろうが、いち技術者として自分達のできる事とでき

ない事には明確な分別があるのだ。

「……本当、感謝してる。皆のお陰であたしの夢が叶ったんだ。あたし達の力だけじゃ絶対

に着工すら出来なかっただろうし」

「レジーナさん……」

 フッと真面目に、だけど心の底からの思いで微笑んだ表情になる。ジークがアルスが、場

に集まった団員達皆がその吐露に引っ張り込まれかける。

「……な~んて。ふふ、まだそんな面をするのは早過ぎるかー。寧ろこれから先が本番だも

のね。ささ、次行くよー! 肝心な話がまだ残ってるからさ?」


 甲板部──もとい広場から船首方面に向かって階段を登り、突き当たった建物に入る。

 そこは操舵室のようだった。先程までとは打って変わって無数の機材が部屋一面に設置さ

れており、ルフグラン・カンパニーの技師達が揃って出迎えてくれていた。

「見ての通り、ここが操舵室だよ。普段あたしやエリはこっちに詰めてるから、用があった

ら来るか内線で連絡して」

「広場を通るか、地下スペースにも往来できるルートは幾つか用意しています。尤も部屋の

すぐ下が機関室になっているので、できれば触らずにいてくれると助かります」

 へぇ……。物珍しさも相まって、ジーク達は室内の装置をぐるりぐるりと見渡していた。

 正面には分厚いガラスの窓が外の風景を映し、眼下の掘り下げられた地面や更に奥の街の

姿を小さな点の集まりに見せている。

「じゃあ、そろそろ本題に入ろっか。エリ、例の物を皆に渡してあげて」

「ああ」

「……?」

 するとそんな中レジーナは、両手を腰に当てたままジーク達を見渡すと、エリウッド以下

部下達に何やら指示を飛ばし始めたのである。

「これは……」

「腕輪の、魔導具?」

 それは一人に一つずつ配られた、腕輪型の魔導具だった。

 手渡され、嵌めてみて各々がそこに刻まれた文様ルーンを見ている。表面は妙なつやを持って静

かに輝いており、汎用的に流通するそれとは違う力を感じさせる。

「レジーナさん、これは……?」

「うん。言ってしまえば“転送リング”かな。ほら、今まで“結社”が使ってた何でもあり

みたいな転移能力。あれを何とか自分達でも使えないかなーって試行錯誤したんだよ」

 ジークが代表して問い、その答えに団員の少なからずが元使徒クロムを見た。

 クロムは黙ったまま同じようにリングを嵌め、コクリとこちらに向かって頷いている。次

いでレジーナが「いいかな?」と続きを受け取り、説明を始める。

「彼の話だと、あの転移能力は個人のものじゃなく“結社”が手下達に端末になるものを登

録させることで可能にしてたそうなの。ざっくり言うと仕組みはこう。先ず世界規模で中心

となる座標──地点を決める。そこから各地の座標を算出すれば、後はそこへ転移魔導を使

って対象を飛ばすって仕組みになる訳」

「なる訳って……。え? そんなホイホイ簡単にできるモンなのか?」

「普通は相応の設備がないと難しいですね。それだけ“結社”は現代の僕達が知らなかった

技術を、或いは失われた技術を持っているのかもしれない」

「だから苦労したんだよ? クロムさんは勿論、リュカさんやミレーユ学長、あとこっそり

統務院の魔導師達にも手を貸して貰ってねえ……」

 ダンが目を瞬く中、エリウッド、そしてまたレジーナに戻りながら彼女らは言った。

 曰く、ワールドワイドな自分達だけの転移ネットワーク。その為の受信器だと。

 ジーク達はこの知らぬ間に進んでいた“秘策”に、クロム以下関わっていた仲間達の方を

見た。一様に澄ましていたり、苦笑いを浮かべていたりする。イセルナもその中に含まれて

いたことから、どうやら当初からクラン全体が別行動することは想定にあったようだ。

「流石に“結社”のそれには及ばないかもしれないけど、そのリングを付けていれば自由に

この船に戻って来れるよ」

「そして逆も然りだ。尤も事前に『陣』を敷設した場所だったり、魔流ストリームが安定している場所

でないと飛ばせないのだけど」

「そっか……。つまりこいつを使えば、南北に分かれててもこの船で落ち合えるって事か」

「うん。そういう事」

「転移で行き来する際には、宿舎内にある専用の設備棟を使う。また基点はこの街のホーム

にしてある。その意味で攻められた場合のリスクもあるが……他に安心して基点を敷設して

おける場所は見つからなかった」

「気にすんなって。まぁ全くのノーリスクで実現できるものでもねぇだろうしな」

「シカシ、ソウナルトセキュリティガ気ニナリマス。腕輪ヲ奪ワレレバ敵ニ進入サレル危険

ガアルノデハ?」

「ああ、それなら大丈夫」

「よーく見てくれれば分かるけど、そのリングには一つ一つ、術式以外にも持ち主の魔力の

波長を記録してあるの。いわば指紋ね。それこそ全く同じオーラを持つ人間でもない限り、

リングは作動しないようになってるわ」

「ナルホド……。悪用防止デスネ」

「へえ。つまり一個一個が専用の──特注品になるのか」

「そうだね。まぁその分、製造単価はぐーっと上がっちゃったけど」

 指で輪っかを作り、そうレジーナがぺろっと舌を出しておどけてみせる。

 そんな贅沢が出来るのも特務軍──統務院という巨大スポンサーがあるからこそだろう。

技術者としてはやりたい放題だったのかもしれない。

 そう言えば修行中何度か、オーラを測るとかいって色んな電極を付けられたっけ……。

 ジークは思い出し、今になってその時の不思議に答えを見出していた。

「はは、そいつはいいや。俺達専用の帰還アイテムって訳か。これで安心して任務にも集中

できるな」

「ええ。だから時々此処やホームに戻って、それぞれの状況を報告する場を持ちましょう。

これから先の戦いは一つでも確かな情報が欲しくなるわ。戦いを終わらせる為にも、結社の

目論みを知る為にもね」

『……押忍ッ!』

 ジークやオズを始め、団員達はイセルナの言葉に頷き、返事を重ねた。にわかに一同の面

持ちは真剣さを増し、これから激しくなるであろう戦いを頭の中でシミュレートする。

「リオおじさん。おじさんも、これを」

「……いや、いい。もう俺の役目は済んだ。この二年でお前達は色装を習得し、奴らに対抗

しうる力を備えられた。これ以上俺が介入すべきじゃない」

 だからふと、アルスがじっと皆の輪の外で立っているリオを見つけてリングを差し出した

時、彼がこれを受け取らなかった事に一同は少なからず驚いたのである。

 これ以上介入すべきじゃない。

 それは、つまり──。

「リオ……」

「おじさん……」

「何を泣きそうな顔をしている? 元に戻るだけだ。また暫く、あちこちを回ろうと思う。

この二年で世界は確実に変わっているからな」

 水を差すようだった。だがそれ以上に“仲間”が一人突然いなくなると言い出した事が皆

にはショックだった。これほど頼りになる戦力はないという以上に、二年の間寝食を共にし

た仲間が、まだ完全に自分達に心を開いてくれてはいなかったのかという落胆があった。

「おじさん!」

 リオが衣を翻してその場を立ち去ろうとした。にわかに沸き始めた感情にすぐに引き留め

る言葉を面々が起こせない中、逸早くアルスがそう彼の名を叫んでいた。

「……本当に、行っちゃうんですか?」

「ああ」

「だったら……。皇国トナンに、父さんと母さんの傍についてあげてくれませんか? おじさんが

戻って来てくれれば、きっと皆喜びます」

「……俺はもう爵位を返上した身だ。それに今更、国に戻った所で……」

 何て頑ななのだろう。アルスが懇願したものの、リオはその頼みに首を縦に振ろうとはし

なかった。

 政争に嫌気が差して国を出、狂気に堕ちる姉を救えなかったかつての日々への罪悪感か。

 だがとアルスは思う。ジーク達は思う。もう誰も、その事で貴方を責めようなどとは思っ

ていない。あの内乱も貴方がいなければ、成し得なかった奪還ではないか。

「でも、おじさんはおじさんです」

 多くは言葉にすまい。ぎゅっと唇を噛み、アルスはただそれだけを言った。

 背中を向けたままリオは黙っている。深い黒色の衣が二度三度と微かに揺れ、彼はじっと

慎重に返す言葉を選んでいるかのようだった。

「……考えておく」

 歩き出した。二年の時を共に過ごした剣聖リオが立ち去っていく。

 アルスが、ジーク達がその後ろ姿を只々見送っていた。

 正直を言うと寂しい。

 だが救われたのは、立ち去るその間際、垣間見えた横顔に少しだけ──ほんの少しだけ綻

びが見えたような気がしたことだった。

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