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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-73.彼女という起源(ルーツ)(前編)
31/436

73-(0) 怒りの末

※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2016.5/11

「……今、何て」

本気マジかよ。あの教団を敵に回すって事だぞ……?」

 導信網マギネットを通じて、ブルートバートとクリシェンヌ教団の対立は現在進行形で人々の知る所

となった。

 据え置き或いは携行型の端末、画面の前。世界のあちこちで期せずしてこの前代未聞の瞬

間を目の当たりにした人々は思わず手を止め、目を疑い、ジークがエイテルに向かって言い

放ったその姿を何度も確認するように見つめている。

『き、貴様……! 今自分が何を言ったのか分かっておるのか!?』

『ミュゼ、ダーレン、ヴェスタ! そやつを捕えよ! 我らが信仰の敵ぞ!』

 当然ながら、画面の向こうの枢機卿達は怒り狂った。絶対優位であった筈の、優位でなけ

ればならない自分達の思惑が導信網マギネットに曝され、何よりも出自は皇族とて今は一介の冒険者で

しかないこの青年からの宣戦布告──プライドが傷付かない訳がなかった。

『止しなさい!』

 しかし叫んだ枢機卿と、弾かれたように駆けようとしたミュゼら現地ホームの神官騎士達

を止めたのは、他ならぬエイテル教皇であった。

 一触即発。イセルナ、ミア、リオを始めとしたクランの面々が来るなら来いと得物に手を

掛けて構えたままの格好だった。ぴしゃりと大きな声で窘められ、両者は寸前で睨み合った

まま硬直している。

『……人々が見ているのですよ? 激情のまま傷付け合ってどうするのです』

「教皇様……」

「で、ですが……!」

『武器を収めなさい。先ず祈るべき我々神官が、力に頼ってしまってどうするのです』

『……っ』

 ぐうの音も出ないようだった。画面の向こうで枢機卿達が苦虫を噛み潰したような表情で

めいめいに視線を逸らし、ミュゼ達も武器をしまい直して一歩二歩とその場から退く。こう

なるとイセルナ達とて攻撃できない。同じく、いやようやくその臨戦を緩めることができ、

武器をしまって初めて二・三、安堵の息が漏れる。

「……」

 それでも、当のジークはじっとエイテル達を睨んだままだった。指差した手はもう下ろし

ていたが、その眼は敵意──レナを幾度となく苦しめた咎を許してはいない。

『ジーク皇子。発言を撤回するのなら今ですよ。お互い、感情的になり過ぎたのでしょう』

 たっぷりと間を置き、見つめ、エイテルが言った。

 つまりは彼女がそれだけ冷静であり続けていたということだ。誰がどうやってまでは分か

らないが、ブルートバードの側でこの非公開の会談が漏れてしまったのだ。教団という威光

を借りて水面下で取ろうとしていたマウントを、強硬策を、人々は知ってしまった。今この

まま当初の作戦をごり押せば、自分達に対する心証は最悪に近い失墜を招くだろう。

 だがジークは、そんな相手方の内心・思惑を解っていたのかいなかったのか、結局首を縦

には振ろうとしなかったのである。

「そっちこそ、もうレナにちょっかい出さねぇって約束しろよ。大体、何で俺が謝るような

真似しなきゃいけねぇんだよ。先にこんな面倒事持ち込んできたのはてめぇらじゃねぇか」

『っ、貴様……!』

『お止しなさい。……あくまで、我々と敵対するのですね?』

「ああ。そうやってこっちの質問をはぐらかし続けるってんなら、な」

 周りの枢機卿達を抑え、エイテルは少々淡々としている程に落ち着き払って訊ねていた。

ジークもジークで、腰の剣唾をそっと親指で持ち上げながら、当て付ける。

 暫くの間、両者はじっと睨み合っていた。枢機卿や神官騎士達、クランの面々やディノグ

ラード邸の仲間達、セイオン・ヨーハンらもその様子をそわそわと、或いは一言一句見逃さ

ないように視線を微動だにせず注ぎ続けていた。

『……。覚悟はできている、という事ですか……』

 そして先に沈黙を破ったのは、エイテルだった。枢機卿や画面の向こう、ホーム現地の神

官騎士達を見遣り、呟く。

『神官騎士ミュゼ、ダーレン、ヴェスタ。一旦聖都こちらへ帰還しなさい。宣戦布告されたからに

は備えなければ。我々とて、信徒の皆さんを守護する義務があります』

 いいですね? 彼女はミュゼ達に念を押し、そしてずっとそれまで控えていたリザにも小

さく訊ねて了解を得る。

 ざわざわ。ホーム現場の神官騎士達は動揺していた。こちらが退いてしまうのはプライド

が許さないのではないか?

 しかし、さりとて組織のトップからの命令だ。リザも頷いて促すので従わない訳にはいか

ない。ミュゼやダーレン、ヴェスタ達はやがて部下達に命じて撤収を始めた。落ち着いて考

えれば今ここで“蒼鳥”や、下手すれば巻き込んでしまった形でディノグーラド家──七星

の一角とやり合い、敵に回すのは得策ではない。

『……』

 尤も三人の隊長格の中でも血の気の多いダーレン、そして気高いヴェスタなどは、この撤

退命令にも正直不服だったようだ。去り際、あからさまに怨念や敵意の籠もった瞳でこちら

を睨んでは、ガチャガチャと防具の音を鳴らして踵を返していく。

 そうして、史の騎士団は一人残らずいなくなった。本山と繋がる通信・映像もぷっつりと

消えてなくなり、ただ場に残ったのはホームとディノグラード邸、双方の半ば呆然とした仲

間達の後ろ姿だったのである。

「……やれやれ。とんでもない事になったわい」

 ジークが尚も、こちらに背を向けたまま先頭で立ち尽くしている。

 たっぷりと間を置いて嘆息をつき、やがてそうガラドルフが、誰にともなくごちた。

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