73-(0) 怒りの末
※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2016.5/11
「……今、何て」
「本気かよ。あの教団を敵に回すって事だぞ……?」
導信網を通じて、ブルートバートとクリシェンヌ教団の対立は現在進行形で人々の知る所
となった。
据え置き或いは携行型の端末、画面の前。世界のあちこちで期せずしてこの前代未聞の瞬
間を目の当たりにした人々は思わず手を止め、目を疑い、ジークがエイテルに向かって言い
放ったその姿を何度も確認するように見つめている。
『き、貴様……! 今自分が何を言ったのか分かっておるのか!?』
『ミュゼ、ダーレン、ヴェスタ! そやつを捕えよ! 我らが信仰の敵ぞ!』
当然ながら、画面の向こうの枢機卿達は怒り狂った。絶対優位であった筈の、優位でなけ
ればならない自分達の思惑が導信網に曝され、何よりも出自は皇族とて今は一介の冒険者で
しかないこの青年からの宣戦布告──プライドが傷付かない訳がなかった。
『止しなさい!』
しかし叫んだ枢機卿と、弾かれたように駆けようとしたミュゼら現地ホームの神官騎士達
を止めたのは、他ならぬエイテル教皇であった。
一触即発。イセルナ、ミア、リオを始めとしたクランの面々が来るなら来いと得物に手を
掛けて構えたままの格好だった。ぴしゃりと大きな声で窘められ、両者は寸前で睨み合った
まま硬直している。
『……人々が見ているのですよ? 激情のまま傷付け合ってどうするのです』
「教皇様……」
「で、ですが……!」
『武器を収めなさい。先ず祈るべき我々神官が、力に頼ってしまってどうするのです』
『……っ』
ぐうの音も出ないようだった。画面の向こうで枢機卿達が苦虫を噛み潰したような表情で
めいめいに視線を逸らし、ミュゼ達も武器をしまい直して一歩二歩とその場から退く。こう
なるとイセルナ達とて攻撃できない。同じく、いやようやくその臨戦を緩めることができ、
武器をしまって初めて二・三、安堵の息が漏れる。
「……」
それでも、当のジークはじっとエイテル達を睨んだままだった。指差した手はもう下ろし
ていたが、その眼は敵意──レナを幾度となく苦しめた咎を許してはいない。
『ジーク皇子。発言を撤回するのなら今ですよ。お互い、感情的になり過ぎたのでしょう』
たっぷりと間を置き、見つめ、エイテルが言った。
つまりは彼女がそれだけ冷静であり続けていたということだ。誰がどうやってまでは分か
らないが、ブルートバードの側でこの非公開の会談が漏れてしまったのだ。教団という威光
を借りて水面下で取ろうとしていたマウントを、強硬策を、人々は知ってしまった。今この
まま当初の作戦をごり押せば、自分達に対する心証は最悪に近い失墜を招くだろう。
だがジークは、そんな相手方の内心・思惑を解っていたのかいなかったのか、結局首を縦
には振ろうとしなかったのである。
「そっちこそ、もうレナにちょっかい出さねぇって約束しろよ。大体、何で俺が謝るような
真似しなきゃいけねぇんだよ。先にこんな面倒事持ち込んできたのはてめぇらじゃねぇか」
『っ、貴様……!』
『お止しなさい。……あくまで、我々と敵対するのですね?』
「ああ。そうやってこっちの質問をはぐらかし続けるってんなら、な」
周りの枢機卿達を抑え、エイテルは少々淡々としている程に落ち着き払って訊ねていた。
ジークもジークで、腰の剣唾をそっと親指で持ち上げながら、当て付ける。
暫くの間、両者はじっと睨み合っていた。枢機卿や神官騎士達、クランの面々やディノグ
ラード邸の仲間達、セイオン・ヨーハンらもその様子をそわそわと、或いは一言一句見逃さ
ないように視線を微動だにせず注ぎ続けていた。
『……。覚悟はできている、という事ですか……』
そして先に沈黙を破ったのは、エイテルだった。枢機卿や画面の向こう、ホーム現地の神
官騎士達を見遣り、呟く。
『神官騎士ミュゼ、ダーレン、ヴェスタ。一旦聖都へ帰還しなさい。宣戦布告されたからに
は備えなければ。我々とて、信徒の皆さんを守護する義務があります』
いいですね? 彼女はミュゼ達に念を押し、そしてずっとそれまで控えていたリザにも小
さく訊ねて了解を得る。
ざわざわ。ホーム現場の神官騎士達は動揺していた。こちらが退いてしまうのはプライド
が許さないのではないか?
しかし、さりとて組織のトップからの命令だ。リザも頷いて促すので従わない訳にはいか
ない。ミュゼやダーレン、ヴェスタ達はやがて部下達に命じて撤収を始めた。落ち着いて考
えれば今ここで“蒼鳥”や、下手すれば巻き込んでしまった形でディノグーラド家──七星
の一角とやり合い、敵に回すのは得策ではない。
『……』
尤も三人の隊長格の中でも血の気の多いダーレン、そして気高いヴェスタなどは、この撤
退命令にも正直不服だったようだ。去り際、あからさまに怨念や敵意の籠もった瞳でこちら
を睨んでは、ガチャガチャと防具の音を鳴らして踵を返していく。
そうして、史の騎士団は一人残らずいなくなった。本山と繋がる通信・映像もぷっつりと
消えてなくなり、ただ場に残ったのはホームとディノグラード邸、双方の半ば呆然とした仲
間達の後ろ姿だったのである。
「……やれやれ。とんでもない事になったわい」
ジークが尚も、こちらに背を向けたまま先頭で立ち尽くしている。
たっぷりと間を置いて嘆息をつき、やがてそうガラドルフが、誰にともなくごちた。




