表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-72.集結と叫びとそれぞれの善(ドグマ)
30/436

72-(6) 俺にできること

 はたして、彼らは三人を待ち構えていた。

 魔都ラグナオーツ郊外、南西の谷間にある導きの塔。地上へ向けて出発したイセルナ達を待っていたの

は、リストン保守同盟からの刺客、その本隊らしき軍勢だった。

 ザラリ。剣を抜き銃を構え、顔下半分を覆面で覆った者達が殺気を放って展開している。

『……』

 充分に距離を取って、イセルナ達はこれと相対した。彼女の両脇でリオが、ミアが鞘から

太刀を抜きかけ、拳をもう片方の手で包み、睨み返している。

「結局こうなるのね」

「ああ。よほど俺達に倒されたいらしい」

「遠回りしている暇はない……押し通る。レナが助けを待ってる」

 最寄の塔では確実に張られているだろうと踏み、それでもせめて自分達以外に巻き添えを

食わないようにと考え、この南西の塔を選んだ。

 しかしそんなこちらの腐心は、彼らには全く届かなかったようだ。分散かそれとも同数の

兵力を配置しているのか。念の為にと他の二塔にも陽動用の人員を頼んで向かわせておいた

のだが、どうやらそれもあまり意味はなかったらしい。

「イセルナ・カートン、ミア・マーフィだな? そしてかの“剣聖”……」

「お前達は地上へは帰さん! 我々が始末してくれる!」

「全ては……在るべき世界の姿を取り戻す為に!」

 刺客達が駆け出してきた。雄叫びを上げてこちらに猛進して来る。

 戦うしかないのか。ここでようやくイセルナも腰の剣を抜いた。リオがゆらりと、ミアが

握り締めた両拳を構えて迎え撃とうとする。

「──えぶっ?!」

 だが次の瞬間だったのである。轟。刺客達の第一陣がこちらに飛び込んで来ようとしたそ

の寸前、突如として真上から何かが降ってきた。

 舞う土埃、地面に大きな陥没を作って白目を剥いて伸びている刺客の一人。

 イセルナ達は目を見張った。硬く結晶化した、この刺客に叩き付けられた右拳。竜のそれ

である巨大な翼。

 ディアモントだった。ディアモント・フーバー。地底武闘会マスコリーダの本選にてジークと戦い、敗

れた“金剛石”のディアモントである。

「あなたは……」

「よう。暫くぶりだな。加勢に来たぜ」

「加勢? 何で……?」

「何でってお前、そりゃあ助ける為だろうよ」

 驚くイセルナやミア。しかし対する当のディアモントは呵々と笑っていた。何故を問うて

くるミアに、一度はこの闖入に後退りした他の刺客達が襲い掛かってくるのを、まるで世間

話でもするかのように軽々といなし、次々とその《晶》の拳を叩き込みながら答える。

「一度正々堂々と拳を交えた相手はダチだ。ダチを助けるのに……理由が必要か?」

 ぱちくりと目を瞬き、そしてイセルナはフッと苦笑わらう。ミアも気難しそうな顔をしつつも、

敵ではないと分かって警戒は解いたようだ。すると直後「おぉぉぉッ!」と谷の左右から

武装した冒険者達が現れ、押し寄せる。

「我らクラン・クオーツパーティ、義あって助太刀する! こいつらは俺達に任せろ。あと

爺さん達もな」

「? 爺さん……?」

 更に加勢は続いた。次の瞬間、場に残っていた刺客達が一瞬にして目の前から消え失せ、

代わりに老齢の魔導師とハーフヘルムを被った少女が現れたのだった。

 アシモフと、彼によって作られた被造人オートマタ・キャメルだった。彼らもまた同じく地底武闘会マスコリーダ

の本選にてイセルナと戦い、敗れた者達である。

「……あの時の戦闘用オートマタか」

「お父さんとグノーシュおじさんを場外にした奴……」

「そう殺気を向けるでない。儂もお主らの加勢に来たんじゃ。そこの熱血馬鹿にしつこく誘

われての」

「はははは! その割には結構ノリノリだったように見えたが?」

「……勘違いするな。儂はただ、キャメルを負かした者がこんな所でまごつかれるなど癪に

障るだけじゃ」

 ハーフヘルムの片目に仕込んだ転座の法リプレイスを使ったのだろう。塔の前を固めていた刺客達は

ごっそりと遥か頭上の崖に移されていた。

 突然の事で何が起こったのか彼らは分からず、おろおろとしている。結果として場にいる

兵力は大幅に減らすことができた。ディアモントは笑いながら、自らのクランの部下達と共

にこの残存兵力を撃破しに掛かっている。

「行け、イセルナ・カートン。お主らの事情は大よそ聞き及んでいる。こやつらは儂らが片

付けておいてやろう」

「そういうこった。行け! 例の聖女ちゃんのこと、しっかり守ってやれよ!」

「……。ありがとう。恩に着るわ」

「言われなくても。……感謝する」

「行こう。時間が惜しい」

 アシモフの魔導と、盾と剣を構えたキャメルがこれに合流した。

 二人に促され、イセルナ達はそのまま急ぎ、塔の中へと駆け出していく。


「──責任者を集めてくれ。大事な話がある」

 突如として裏手からホームを訪れた、件の三人の神官騎士。その代表としてダーレンが、

そう警戒するイヨやシフォン以下団員達に告げた。

『こんにちは。初めまして……ですね。私は現クリシェンヌ教団教皇、エイテル・フォン・

ティアナです』

 通信を繋ぎ、ホーム宿舎内の会議室とジーク達のいるディノグラード邸を結ぶ。

 総じて顰めっ面な一同が顔を揃える中、中空のホログラム画面に現れたのは、他ならぬ教

皇エイテルだった。

「ああ、直接にはな。それで? 一体どういうつもりだ? こんな時にいけしゃあしゃあと

出て来やがって」

 だが誰よりも早く、皆の思いを代弁するようにジークは噛み付いた。教団だろうが何だろ

うが、場数を踏んできた彼の辞書に物怖じという言葉は無い。

 されど対するエイテルは変わらず落ち着いていて、微笑さえ見せていた。

 寧ろこちらの不躾に反応していたのは画面の端々で見切れていた周りの枢機卿達だろう。

貴様、教皇様に何という態度を……! そんな小言が聞こえてきそうな渋面がこちらからも

十二分に見て取れる。

「レナのこと、バラしたのはお前達だろ? 分かってんだ。何であいつの言葉を信じてやら

なかった? 会いに行くって、約束してただろうが」

『バラした? 一体何の話でしょうか? 私達とて今回の事態には心を痛めているのです。

誰かは存じませんが、聖女様の存在を徒に記事に書いて広めた……。既に起こっている混乱

は周知の通り。聖女様におきましてはさぞ驚かれ、戸惑われたものと……』

 単刀直入に詰め寄る。だがエイテルはあくまで白を切り、代わりにそうレナに向かって慰

みの言葉を掛けた。

 枢機卿達と共にそっと胸に手を当て、小さく低頭。

 ……白々しい。ジーク達は憎たらしく唇を尖らせ、眉間に皺を寄せて罵倒を呑み込んだ。

 あくまでリーク云々に関しては知らぬ存ぜずという心算か。尤も、そう出てくるであろう

ことは、既に予想がついていたが。

『今回こうして会談を設けさせていただいたのは他でもありません。この目下共通の懸案に

対し、皆さまに私どもから一つ提案をさせていただきたいのです』

「提案?」

『はい。今回の騒ぎ、聖女様の情報を然るべき時まで秘匿できなかった私どもの失態です。

ですので、信者以下市民の皆様の混乱は私どもが責任をもって収めましょう』

『その代わり、と言っては何ですが』

『クラン・ブルートバードの皆さまにおきましては“結社”と長く戦ってきた中で得た彼ら

の仔細、及び聖浄器について知り得ていることを全てお話いただければと……』

「──」

 そういう事か。エイテルの言葉を継ぎ、本題に切り込んできた枢機卿達からの要求を耳に

して、ジーク達はようやく彼女らの目的としている所を確信することができた。

 その場で、画面越しで。互いに顔を見合わせる。何よりも渦中にいるレナの、不安に歪ん

だ横顔をそっと見遣る。

 やはりその為の自作自演か。体勢を手直し、アドバンテージを取る為の。まだ公にされて

いない情報を掴み、他の勢力と差をつける為の。

 一方でジークは思った。何故こいつらはそこまでして「知る」ことに拘るのだろう?

 意趣返し、というだけでは大仰に過ぎる。やはりあの後リュカ姉やサフレが話していたよ

うに、教団という組織を維持する為か。……くだらない。そんな理由の為に女の子一人の心

をぐちゃぐちゃにしていいと思っているのか。聖女様。何て薄っぺらい。結局は手前らが手

前らの為に、体よく利用したいというだけじゃないか。

『以前親書にもしたためました通り、私どもは皆さまと対立したい訳ではないのです。ただ

この世界の謎を解き明かし、災いに備えたいのです。それが開祖クリシェンヌが我々に遺し

た遺志であり、使命なのです』

「……と、向こうさんは言っているようだが?」

「駄目だよ、ジーク! 乗っちゃ駄目!」

「そうだな……。これは交渉じゃない。脅迫だ」

「大層な使命感だ。感服するよ。でもそれは本当にレナの、目の前の女の子一人を散々に踏

み台にしてまで行うことかい?」

「……ヒトは変わらぬな」

「別に驚くことじゃない。あそこは昔からこういう集まりさ」

「教皇様……。俺は……」

 エイテルがあくまで平和的を装う。だがホーム宿舎とディノグラート邸、仲間達もとうに

堪忍袋の緒が切れていた。相手の権力も省みず次々にジークに向かって叫び、或いは冷笑と

嘆息、躊躇いの声が漏れる。

「……」

 しかしジークはそんな皆の言葉を聞きながらも、結局首を縦には振らなかった。

 静かに視線を向けている先はレナである。不安そうにこちらを見返し、それでもふるふる

と自分達を心配して首を横に振る仲間の少女である。

 確かにこれは交渉ではなく脅しだろう。生まれ変わりの件は公になった。ホームには現在

進行形でエイテルの息が掛かった部下達が居合わせている。

 小さく息を吐いた。言葉とは裏腹。願いは自分とて皆と同じだ。

 だからジークはすっくと画面の中のエイテルを見上げる。仲間を救う為に、口を開く。

「知ってること全部と言ってもな……。そもそもお前らがどこまで知ってるのかっていうの

もあるんだが……」

「ジーク!?」

『ま、待て。策略に──』

「俺の持ってるこいつ、六華も知っての通り聖浄器だ。母さんに託されてからずっと使って

きたから、俺なりにこいつらがどんなものかってのはぼんやりとだが分かってきた」

 腰に差した太刀・脇差、三対の剣。

 そっとその鞘に触れながらジークは語り始めた。ステラやシフォン、仲間達が慌てて制止

しようとするが聞く耳は持たない。枢機卿達が小さくほくそ笑んでいる。

 腹は今さっき括った。

 知っていること──昨日この館で、今後ろでじっと座って事の成り行きを観ているヨーハ

ンの言葉を思い出し、訥々と言葉にしていく。

「こいつらはただの道具じゃねえ。心を……魂を持った武器だ。はっきりそうだって聞いた

訳じゃねぇし、俺個人の見たイメージなんだが、どうもこいつらは望まぬ形で聖浄器になっ

たっぽいんだよな。化身っていうのかな。多分その辺りが“結社”がしつこくこいつらを狙

ってくる理由なんじゃねぇかと思うぜ。つーか歴史云々はそっちの方が詳しいだろ」

 喋っちまった……。仲間達が目を丸くして頭を抱え、或いは要求に屈したようにみえる彼

に唇を噛む。

「……それよかよ」

 だが、直後一同はそんなショックは前振りでしかなかった事を思い知らされる。

 一見馬鹿正直に打ち明けてしまったと思われた次の瞬間、ジークはギロリと画面の向こう

のエイテルや枢機卿達を睨んで言い放ったのである。

「自分達が何をしたか、分かってんだろうな? レナを泣かせた、苦しめた。ハロルドさん

とリカルドさん、兄弟の仲を危うく永遠に引き裂きかけた。うちの仲間達にも手を出した。

何一つ、許されるもんじゃねえ」


「……ッ!? おい、今すぐ会談を止めさせろ! 回線を切れ!」

「うん? いきなり何を言って──」

「ハッキングだ! 攻撃されてる! この通信、いつの間にかローカルネットからブロード

キャストにされてる! 世界中に発信されてるぞ!」

 一方その頃、教団本部でこの会談の通信を繋いでいた技術者の一人が気付いたのだった。

同席していた他の同僚らが頭に疑問符を浮かべる中、自身の制御卓コンソールに映った警告の表示を見

せつけて叫んでいる。

「ふふふ。今更気付いても無駄無駄。あたし達の技術力を舐めないでよね!」

 犯人はアルスだった。リンファから端末を借り、至急レジーナたち機巧技師らに協力を要

請していたのだ。造船現場に持ち込まれていた何台もの大型端末。それらを彼女らは即席で

繋ぎ、教団からジーク達に繋がっていた回線を密かに乗っ取っていたのである。

(……兄さん。僕は、僕らはその覚悟に応えるよ。だから全力でぶつかって。僕は僕のでき

ることで、兄さんをサポートする)


「何だと……? お前達、一体何をした!? 探せ、止めさせろ! くそっ、謀ったな!」

 程なくしてこの緊急事態は、会見の場にいたダーレンやヴェスタ、ミュゼら神官騎士達に

も伝わった。生来の気性を発揮し、部下達にクランの面々に怒鳴り散らすダーレン。だが当

然ながらアルスの半ば独断で取られたこの反撃を、仲間達は知らない。ただにわかに彼らが

慌てふためいていると分かって顔を見合わせている。

「落ち着きなさい。おそらく他のメンバーです。この場の者達の確保を。この時の為に私達

が待機していたのですから」

 そしてミュゼの指示で神官騎士達が武器を抜き、ホーム側の仲間達を捕らえようとする。

 シフォン、グノーシュ、クロム、リカルド及びイヨら。一同は身構えてあわや互いの得物

がぶつかりそうになったが──結果的にそれは起こらなかった。

「……間に合った」

「随分と騒々しいな」

「ミアちゃん! リオさん!」

「ただいま。……さて皆さん。私がいない間に随分と好き勝手してくれたようですね?」

「だ……」

「団長~ッ!!」

 半ばドアや窓をぶち抜いて割って入ってきたのはイセルナやミア、そしてリオ。刺客達の

妨害を跳ね除け、この混乱の只中まで帰って来た三人だった。

 二本の剣と、突き出して吹き飛ばした拳。

 仲間達に襲い掛かろうとした騎士達の剣を、彼女らは不敵な笑みと共に受け止めている。

『何……だと?』

『おい、それは本当か? 外に漏れているのか?』

『教皇様、一旦お退きください! このままでは全てが台無しです!』

「おい待てよ。逃げんのか? 俺の話はまだ終わってねえぞ」

 どうやら内々で繋いでいた回線が、知らぬ間に世界中の人々に知れる所となったらしい。

 ジークは殆ど直感的に理解していた。アルスだ。弟が、うちの頭の切れる弟が分断された

状況を逆手に取って上手くやってくれたらしい。

「よう、教皇さんよ。お偉いさん方よう。随分と喧嘩売ってくれたじゃねぇか」

 ずいと数歩進み出る。画面の向こうで枢機卿達が慌てふためいている。それでもエイテル

だけは、流石に浮かべた微笑を曇らせて眉間に皺を寄せていたが、じっと冷静にこちらを見

返していた。

「……あったまきた。下手に出てりゃあいい気になりやがって。そんなに手ぇ出したいんな

らこっちから出向いてやるよ。望み通りにな」

 枢機卿達が、少なからぬ団員達が、ぞっと引き攣った顔で固まっていた。

 ジ、ジーク?

 お前、何を……?

 言葉にならぬ言葉が、ホームの会議室にディノグラード邸に湧き上がっては漂っていく。

「レナの未来を取り戻しに行く。首揃えて待ってろ。ついでに……お前らの聖浄器もな」

 愕然。閉口。エイテルを指差すジーク。

『え……。えぇぇぇぇーッ?!』

 そして次の瞬間、敵味方を問わない叫びが、けたたましく場に満ち響いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ