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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-72.集結と叫びとそれぞれの善(ドグマ)
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72-(5) 僕にできること

 塀を隔て、遠く街の向こうから穏やかではない気配が伝わってくる気がする。

 梟響の街アウルベルツ学院内。アルスはエトナやリンファ、ルイス、フィデロ、シンシアといったいつ

ものメンバーと共に昼食を摂っていた。食堂内ではやはり聞き及んでいるのか、他の生徒や

職員達も何処かそわそわとして落ち着き切れていない。

「しっかし、予想以上に大事になってるな。家に帰れるのか?」

「そうだね……。少なくとも今日は何処か別で宿を取らないといけないかも」

 もきゅもきゅ、フィデロがハンバーグを口に含みながら言う。アルスは苦笑しながらつい

フォークを握る手が止まっていた。ルイスやシンシア達も、自分を気遣ってくれてあまり気

楽に話を振ろうとはしない。それが却って、互いの重い沈黙を生んでしまうのだと分かって

いても。

 先日の朝刊、ここ数日の報道でレナの出自──“聖女”の生まれ変わりであるという情報

が大々的に世界に伝わってしまった。その時点で既にホームへ覗きに来る人々はいたが、今

朝教皇エイテルが会見で一連の報道を認めたことで人々への伝播は加速度的に増した。

 自分達はそれでもいつものように、朝早い内に宿舎を出たので巻き込まれずに済んだが、

後で連絡を受けた所によるとホーム前は今現在進行形で野次馬や信者、反戦デモ隊と彼らに

反発する市民、騒ぎを収めようと出動した守備隊といった面々でごった返しているという。

 戻るにも戻れない。ちりちりと罪悪感のような感慨が後ろ髪を引いている。

 ……これでは自分だけが、逃げるように学院に来てしまったようではないか。

 元よりそれが学生としての本分ではあるにしても、やはり申し訳なさは否めない。

「不利が続くな……。イセルナもダンも、それぞれ向こうにいてすぐには戻って来れない。

シフォンやグノーシュ、クロム殿もいるし、素人相手に後れは取れらないとは思うが……」

「素人相手なら、ね」

「そうだな。お兄さん達が改めて出払ったこのタイミングでの報道──ただの偶然とは思え

ない」

「えっ? え……? 何の話だ?」

 シンシアやルイスが続いて呟いている中、フィデロだけはその意図する所を理解していな

かったようで、頭に大きな疑問符を浮かべていた。

 アルスは喉から出ようとした言葉を一度慎重になって引っ込め、しかしもう隠し通す必要

もないだろうと思って話し出す。

「あくまで推測だけどね。多分この騒動は意図的に引き起こされたものだよ。それも教団が

自分からリークして。もしかしたら嗅ぎ付けられたかもしれないけど、レナさんの生まれに

ついては僕らと彼らの間でしか知られていなかった筈だから」

「つーことは……あれか? 自作自演か?」

「うん。そうだとしたらこの状況も全て綺麗に説明がつく。レナさんを確実に自分達の手中

に収める為だと思う。駄目押しというか、意趣返しというか。神官騎士達を街に残していっ

たのも、いざとなればホームの皆をごっそり人質にするつもりだったからだよ」

 ぽかんとするフィデロ。ルイスやシンシア、リンファ達も少なからず険しい表情でこちら

を見、遅々として料理を口に運んだり手が止まったりしている。

 これは更に推測だ。教団からすれば、この二年という時間は“結社”による各国への反転

攻勢──統務院の「武」の力に圧倒された時間だったと思う。「心」だけでは暴走する時代

を止められず、以前に比べてその威光は少なからず削がれてしまったのではないかと思う。

 だからこそ、ハロルドとリカルドの私闘を契機とする“聖女”の出現を、彼らが見過ごす

筈はないと思うのだ。後々で聞いた話だが、統務院総会サミットの前には各国に王器を守るよう親書

を送った。彼らは彼らなりに災いに備えようとしたのだろう。たとえその動機が純粋な正義

感ではなく、組織としての是・保身にあったとしても。

「うーん……。何とかできねぇのかな?」

「難しいだろうな。今回に限った話でもないが、皆それぞれが自分達の“最善”の為に動い

ている。届かないさ。僕らが割って入っても、徒に騒ぎをややこしくするだけだ」

「それに、この前の一件で先生達にも随分絞られてしまいましたしね……。当面は守備隊の

皆さんに頑張って貰うしかないのではありません?」

「それは……。だ、だけどよぉ」

「……」

 友人達が話し合っていた。何か自分達にできないかと自問しとい、されど状況を変えられる程

の力も機会も持ち合わせていないことを嘆く。

 アルスは口を噤んでいた。食事も喉を通している場合ではなく、ただ余計な気遣いだけは

されまいと必死にポーカーフェイスを装う。

 歯痒さを抱いているのは自分も同じだ。ホームの皆がいつ動画で見たような人の波に押し

倒されるか知れないという以上に、騒ぎの中心であるレナに対して。

 似ているのだ。

 かつての、これまでの自分たち兄弟と、突如として明らかになった彼女の出自を重ねる。

 皇子と生まれ変わり。内容も程度も違うけれど、自分達もその出自、受け継いだ血筋によ

って今まで多くの困難に直面してきた。血を恥じる訳ではない。だがこの身分によって被っ

てきた、人々に向けられた視線と重圧はそう誰にも代われるものではない筈だ。

 そんな重荷が、今度は彼女に圧し掛かろうとしている。

 哀れであったし、辛かった。そして同時に、一方でそうして変わることのない世の人々に

対して、自分は心の何処かで「怒り」を感じている。これは表に出してはいけないものだ。

そう明瞭に認識している筈なのに、自分という一個の人間はその義憤を叩き返したくて堪ら

ないのだ。

 欲するねがう。自分にも何かできることはないか?

 一連のリークが教団の自作自演ならば、彼らは必ず自分達に対し交渉の場を打診してくる

筈だ。外堀を埋めて有利な状況を作り、その上で彼女を差し出せ等と要求してくる筈だ。

 現代に再誕した“聖女”という大看板と、自分達の知りうる聖浄器の真実。

 だが兄さんはきっとレナさんを──仲間を見捨てない。真っ直ぐな人だから。たとえ教団

を敵に回してでも、彼は彼女の意思を守ろうとするだろう。

「……リンファさん」

 開口。そしてたっぷりと友人達のやり取りの中で沈黙を保った後、アルスははたと傍らに

控えていたリンファに言った。彼女が、フィデロ達がこちらを見遣っている。

「端末、貸して貰っていいですか?」

 覚悟なら出来ている。

 ……何でしょう? 彼女の神妙な声色に、彼はそうゆっくりと口を開いた。

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