72-(2) 連絡の最中
「──リュ、リュカさん。もも、もう駄目です! 助けてくださぁい!」
時を前後して、梟響の街のホーム。
導話の掛かってきた携行端末にすがりつくようにして、イヨが半泣きになり叫んでいた。
ホーム酒場の中。周りではシフォンやグノーシュ、クロムやリカルド以下団員達がしきり
に外の物音に気を配りながらも、彼女のやり取りを見遣っている。
『イ、イヨさん落ち着いて。どうしたんです? 何があったんですか?』
「どうしたも何も……今こっちは大変なことになってるんですよぉ。この前の史の騎士団の
騒ぎの再来です。今朝から人が押しかけて来ていて、このままじゃ……!」
導話の向こうでリュカが怪訝を零して焦っている。イヨ達は訴え、そしてまた再三の騒音
に身を強張らせ、内何人かの団員がそっと窓の外を覗き見た。
「何だ? レナちゃんはいないのか?」
「みたいだな。何か用事でジーク皇子達と遠出してるとかで」
「おーい、皆帰れ~! 本人がいないんじゃどうしようもねぇよ!」
「聖女様がいない?」「どういう事だ?」
「まさかブルートバード、この期に及んで閉じ込める気か……?」
「やっぱりそうか! だから荒くれどもは信用ならないんだ! 聖女様を解放しろーッ!」
「聖女様を、お前達の戦いに巻き込むなーッ!」
「だーっ、五月蝿ぇ! 何だよお前ら、ぞろぞろと。レナちゃんの苦労も知らないで」
「れ、レナちゃん……?」
「お前、聖女様に対して……!」
「知るかよ。聖女様だろうが何だろうが、あの子はこの街で暮らしてきた女の子だ。会見を
聞いてようやくホイホイやって来た奴らにあれこれ言われる筋合いは無いね」
「何だと……!」
「ちょっ。そこの方達、落ち着いて! 手錠を掛けられたいんですか!?」
「捌けて捌けて! そもそもこんなにたむろしてたら通行人の皆さんに迷惑ですよ! いい
から一旦、この場から離れてくださーい!」
酒場『蒼染の鳥』が面する表通りは、今朝のエイテルの会見後からさもすし詰め状態の混
雑となっていた。
現代の“聖女”がいると聞いて顔を出してきた野次馬達、信仰心から彼女を一目見ようと
集まってきた近隣の信徒達。
彼らの一部はその憧憬と共にクラン・ブルートバードが彼女を独占、特務軍という危険に
巻き込もうとしていると捉え、反戦デモ隊と化していた。更にそんな彼らに反発した街の住
民らが大挙して対抗し、あちこちで険悪なムードが漂っていた。
飛び交うシュプレヒコール、罵声。それに対する駆けつけた守備隊らの奮闘とこの騒ぎを
冷ややかな目で見ている通りすがりの者達。いつぞやの三つ巴。
はたして聖女再誕の報は、少なからぬ人々を様々な向きへと駆り立てていた。そんな膨大
な人の数に押され、イヨたちホーム内の団員達は迂闊に外に出ることもできない。
『うわ……。何これ……』
『あーあ。ものの見事に釣られてるなぁ、こりゃ』
導信網で動画を検索したのだろう。導話の向こうでリュカがホームの現在の様子を見て困
惑していた。傍ではダンの呆れた声も聞こえる。連絡を取り合う為に彼女と同席していたの
だろう。
『で? 現状どうなってる? まさか徒党にぶち破られてやしないだろうな?』
「はい。そこまではまだ。伯爵が早めに守備隊の皆さんを出してくれたこともあって、暴発
だけは何とか防いでいる状態です」
「だが限界はあるだろうね。二度三度と押し寄せれば、正面衝突もあり得るかもしれない」
「喫緊の問題はアルス皇子とリンファ隊長ですね。今は学院ですが、これでは帰って来る事
もままなりません」
そして同じくイヨの横で、シフォンとアスレイが付け加えた。うーむ……。導話の向こう
でダンが唸っている。つまり下手をすれば学院側にもこの混乱の余波が及ぶ可能性がある。
『まぁ学院長は結構アルス──自分とこの学生には味方してくれるから対応を取ってくれる
にしても、分断されてる状況は変わらねぇか。ミフネ女史。リンにもこの事は伝えてあるの
か? 最悪、あっちはあっちで逃げ隠れして貰わねぇと』
「はい。今他の侍従が。リンの事ですから、しっかりお守りしているとは思いますが……」
『そうか。こっちも急いで出発の準備はしてるんだが、如何せん遠いしなあ』
ぼりぼりと後ろ髪を掻きながら、ダンは悩ましいといった感じでごちていた。導話の向こ
うはこちらと違って静かだ。お屋敷と聞いているから、多少の物音ではびくともしないので
はあろうが……。
『イセルナさんが戻って来ていればまた違ったのかもしれませんけど……。そちらにはまだ
戻って来ていないんですよね?』
「ええ。先日、退院して帰るという連絡は貰っているんですが、まだこちらに着いたという
連絡は……」
『そっか。仕方ねぇな。シフォン、グノ。イセルナ達が戻るまでリンと一緒に持ち堪えてて
くれ。俺達もなるべく早くそっちに着くようにするからよ。……くれぐれも外の連中には手
を出すなよ?』
「当たり前だ。一体表にどんだけの数がいると思ってる?」
「ああ、分かってる。レナの為にも、これ以上火に油を注ぐような真似はしないさ」
結局彼らにできるのは、それぞれの場所にいる仲間達と連絡を取り合う──何が起こって
いるかを共有することだけだった。学院のアルスと一緒にいる筈のリンファへ、現在進行形
で地上へ向かっている筈のイセルナ達へ、矢継ぎ早に通信を飛ばす。
「……んぅ?」
「あれは確か……」
『──』
だがしかし、ちょうどそんな時だったのである。
二人との導話を終えようとしていた中のイヨ達、その周りを囲む外の人ごみを遠巻きに避
けるように、ミュゼとダーレン、ヴェスタの隊長格・神官騎士三人組が、ホーム裏手の宿舎
へと続く路地に密かに入って行ったのだった。




