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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-71.英雄になる者、だった者
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71-(7) 違和感

 それは梟響の街アウルベルツを発つ前、ホームの自室で薄闇の中眠ろうとしていた最中、不意にアルスから

切り出された会話だった。

『向こうへ発つ前に、聞いて欲しいことがあるんだ』

 照明も落とし、何より二段ベッドの底板を挟んでいて相手の顔を見えない。だがジークは

その声色から、彼が何か真剣な話をしようとしているのは分かった。

『……何だよ? 改まって』

『兄さん。クロムさんの話だと“結社”の目的は“大盟約コード”をこの世から消し去ることだよね?』

『ああ、そうらしいが。奴らの言う世界を在るべき姿にってのはそういう意味なんだろ?』

 そしてその為に、彼らは世界各地の聖浄器を集めている。何故かは分からないが。

『そうなんだけど……。でも、それだと妙なんだ。考えれば考えるほど、僕にはどうしても

奴らが“不自然”に思えてならない』

『……? 何が変なんだよ? 一般には見せてくれない代物だから、無理やりでもぶん取ろ

うって事じゃねえのか?』

『だから変なんだよ。もし奴らが“大盟約コード”消滅という目的の為に聖浄器を手に入れようと

しているなら“もっと上手くやる”ことは出来た筈なんだ。目的に絞って考えれば、あちこ

ちでテロや内乱を起こす必然性が無い』

 寝入り前という事もあって、ジークは内心頭の中が混乱していた。

 上手くやれた筈? テロを起こさなくてもよかった?

 眉間に皺を寄せて、ジークはごそっと気持ち毛布から身を迫り出させながら上段のアルス

を見つめた。これまでの連中の悪行じっせきと弟の思考、聞く限りはまるで噛み合っていないそれを、

ジークは何とか咀嚼しようとする。

『……そりゃあテロ組織だからじゃねぇの? 頭数を揃えるにはでっかいことをして注目を

集めなきゃいけないんだろうし。“大盟約コード”にしろ何にしろ、人手が足りないと色々困るん

だろ』

『だから、それだと手段と目的が逆なんだよ。いい? 奴らの目的は“大盟約コード”の消滅。どう

やって実行するかまでは分からないけど、少なくともその為に──手段として奴らは聖浄

器を集めている。……秘密裏でもよかった筈なんだ。僕らが知りもしなかった高度な転移技

術、強大な兵力──密かにそれらを駆使すれば、何も世界にテロリズムの種を撒かずとも目

的に近付いていくことは可能だったんじゃないかな? なのに奴らはそうはしていない。だと

すれば、合理的に考えて本来の目的とはもっと別の目的──理由があるからと仮定した方

が綺麗に説明できる。……時々思うんだ。奴らは、“結社”を率いてるボスは、まるで自ら

悪役を演じているような気がして……』

『……』

 神妙であるのは変わらない。だがそう語る弟の声色は、次第にやる方ない哀しみを少なか

らず孕んでいくように感じられた。奴らは“敵”なのに……。彼に、自分に言い聞かせるよ

うにして、されどジークもまたそんな板挟みの念を覚えずにはいられない。

『だがなあ。だからといって奴らのやってることを正当化できる訳でもねぇんだぜ? 奴ら

が何を考えてようが、実際問題数え切れないくらい怪我人・死人が出てる。ファルケンの奴

じゃねぇけど、今更釣り合いが取れるとは思えねえ』

『そうだね……。でも、ただ“敵”だからってやっつけても、僕らは本当に平穏無事でいら

れるのかな? 次から次へ、また嫌なことが繋がっていくだけな気がする』

 ジークは黙っていた。弟の漏らす懸念はおそらく間違ってはいないのだろう。それはこれ

までの旅、戦いの中で何度となく経験してきた。悔しいが、一度分かたれてしまった人と人

との溝を埋め直すには、自分達人間の一生はあまりにも短過ぎる。

『……結局、分からないことが多過ぎるんだよな。何で聖浄器を狙うのかってのもそうだけ

ど、奴らの親玉──“教主”が何処の誰かも分からずじまいだし、大都バベルロートの騒ぎに至っては

ダグラスのおっさんが言ってた“フードの男”まで出てきた。……正直、俺には訳が分かん

ねぇよ。もしかしたら同じ人間なのかもしれねぇし、全くの別人なのかもしれねぇし……』

『そうだね。あの話ではフードの男は“精霊王ユヴァン”の名を騙っていたけど、史料だと当の彼は

皇帝オディウスと相打ちになって死んだとされている』

 ジークは大きく嘆息をついた。半身を毛布で被せたまま、吐息と共に胸が一旦凹んでから

また息を吸い込んで膨れる。アルスも声音を落としていた。持ち前の学で、そう兄を援ける

ように補足してくれながらごちる。

 フードの男イコールユヴァンという話。大都消失事件の直後、聞かされた証言だ。

 あの時はダグラスらに強く口止めをされたというのもあり、これまであまり活発に言葉に

することは少なかった。だが今、改めて他ならぬアルスによってその不可解が横たわる。彼

が兄達から話を又聞きした直後、推測したのは勘違いと詐称、或いは本当に本人──現在語

られている歴史とは違い、実は魔人メア神格種ヘヴンズとなって生き延びている可能性である。だがど

ちらにしても、この第三の推測は荒唐無稽過ぎた。だからこそ、あれ以来アルス自身、これ

ら“結社”に関する思考はずっと頭の中でのみ繰り返されてきたことだったのだが──。

『ねぇ、兄さん』

『うん?』

『今度ヨーハン様に会ったら一つ、訊いてみて欲しい事があるんだ』

『ああ。言伝か? いいぜ。何だよ?』

 そして夜闇の自室の中、ジークは底板越しにアルスに頼まれる。

『──“志士十二聖は、本当にもう貴方一人だけなのですか?”って』


「……」

 ヨーハンは黙していた。じっとこちらを見据えて答えを待っているジークの眼を見つめ返

し、ただ次の言葉を慎重に選んでいるかのように見えた。

 仲間達も、セイオンも目を見開いて驚いたり、眉を顰めてこれを見ている。

 だが暫くして、他ならぬヨーハンがようやく口を開いた。しかしその口調は、最初ジーク

達にみせた好々爺な面である。

「ほっほっほっ。随分と面白いことを訊くのう。儂らがあの戦争を戦ったのはもう千年も前

の事じゃ、普通に考えて大抵の人間は死んどるわい」

 若干の苦笑い。だがそれは暗に、その質問は受け付けぬという意思表明であったのかもし

れない。或いは本当に面白い──真面目に答えるに足らぬものだと言ったのかもしれない。

「アゼルやエブラハム殿辺りは、二百年ほど前まで生きていたのう。だが二人が亡くなった

と報せを受けて以来、かつての仲間達の話はとんと聞かなくなってしもうた。もう儂以外に

十二聖と呼ばれた者達はおらぬ筈じゃよ」

「……。そうッスか」

 改めて返答。そこまで言われればジークも矛を収める以外にない。

 仲間達は戸惑い、或いは窘めようかどうか迷っているようだった。セイオンの眼光という

のも大きいが、にわかに場の空気がキリキリと居た堪れぬ捻じれを帯び始めたように感じら

れる。

「セイオン。彼らを屋敷の者に話して客室へ通してやってくれ。よければお前も泊まってい

くといい。今夜は久々に楽しい宴となりそうじゃ」

 ……仰せのままに。言われて頷き、セイオンに促される形でジーク達はそのまま部屋を後

にしていった。広大ながら何処か物寂しい屋敷の奥へ、閉じる扉がヨーハンを覆い隠す。


 ──だが事件は、そんな滞在の最中に起こった。

 “勇者”ヨーハンとの対面から一夜、歓迎の宴もたけなわとなって更けゆき、屋敷に一泊

したその翌日、ジークは宛がわれていた部屋へ突如して駆け込んできたサフレとマルタに叩

き起こされたのだった。

「何だよ……まだ昨夜の酔いが残ってるってのに……」

「しっかりしろ。今はそれ所じゃないんだ」

「ここ、これを見てください!」

 顰めっ面の眠気眼で身体を起こしたジーク。そんな二人にすぐさまある物を突き出され、

その眠気は一挙にして吹き飛ぶことになる。


『速報! 聖女再誕!』

『混迷の時代に現れた生まれ変わりの少女──レナ・エルリッシュ』


「……何だよ、これ」

 それは大きく号外と記された新聞だった。そこには一面にレナが“聖女”クリシェンヌの

生まれ変わりと判明した旨、体内魔力オドが完全に一致しているとの情報が細かな字面の中に書

き込まれていた。

「レナの出自がバレたんだ。何処の誰かは分からないが、おそらくリークされたんだろう。

さっきリュカさんも端末で調べていたが、界隈ではかなりの騒ぎになっている」

「それにさっきから、エイテル教皇がこの件に関して会見を開くって情報が流れてきて、皆

が映像器の前に集まってるんです。ジークさんも、早く!」

 ぶすっと不快を顔に浮かべたサフレ、わたわたと慌てているマルタ。

 ジークは飛び起き、急いで着替えると二人と共に屋敷のリビングへと向かった。ただでさ

え大きな室内で、故に壁に掛かっている映像器もかなりの大型だが、既に集まっていた仲間

達やセイオン、使用人らやヨーハンといった面々が場に揃っていることもあり、一見した認

識では実際よりも寧ろ手狭にすら感じられる。

「来たか。ジーク」

「ちょうど会見が始まる所よ。さあ、こっちに」

「……」

 使用人達やヨーハン・セイオンの間、前を抜けて皆の下へ。

 その時ちらと当のレナの横顔を確かめてみたが、やはり心ここに在らずといった様子だっ

た。ステラやリュカがそっと肩に触れて宥めているものの、彼女は胸に手を当ててぼうっと

突っ立ったまま画面を見つめ続けている。

『ではこれより会見を始めます。教皇様、どうぞ』

『……皆様、本日は急な会見にも拘わらず足を運んでくださり有難うございました。皆様に

集まっていただいたのは他でもありません。既に一部報道に出回っている、聖女様の生まれ

変わりが現れたという件に関して──』

『教皇! それは本当なのですか!?』

『速報が出た事で、各地の信者や市民に少なからぬ動揺が生じているようですが……!』

 画面の向こう、設えられた白布のテーブルに座るエイテルら教団幹部に向かって、早速会

見に出席していた記者達の質問が飛んだ。

 ……お静かに。エイテルの傍に控えていた男が、キッとそんな彼らの不躾を睨むようにし

て制する。だが当の彼女はこれらに目に見えて動じることもなく、ただ静謐なほどに落ち着

き払って答えたのだった。

『結論から申せば──事実です。内々にではありますが、件の少女が記録に残っている我ら

が開祖・クリシェンヌと同一波長の体内魔力オド──その源泉たる魂の持ち主であるという結果

は、調査し明らかになったことであります』

 ざわ、ざわっ……。すんなりと教団のトップ、教皇エイテルが認めたことで会場は隠し切

れぬ動揺を受けてざわめき始めた。大慌てで広げたメモ帳にペンを走らせる記者達、肯定さ

れた瞬間に写姿器のストロボを焚く光と音。尚も静かに佇んでいる彼女とは対照的に、その

全てが忙しない。

『冒険者クラン・ブルートバード所属、レナ・エルリッシュさんは間違いなく、我らが開祖

“聖女”クリシェンヌの生まれ変わりであります』

 画面の前でジーク達が、唇を奥歯を噛んで立ち尽くす。

 報道各社が集まった記者会見の場で、教皇エイテルはそう確かに全世界に向けてその事実

を明らかにしたのだった。

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