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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-71.英雄になる者、だった者
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71-(6) 勇者ヨーハン

(……何だか案外、気さくな感じ?)

(そうですねえ。もっと怖い人なのかと思ってました)

 生ける伝説、存命する最後の十二聖──“勇者”ヨーハンことディノグラード・ヨーハン

は、レナと共に目通りしてきたジーク達を見て穏やかに表情を綻ばせていた。

 赤茶の絨毯広がる部屋の中、ロッキングチェアに腰を下ろす竜族ドラグネスの老人。

 これはどういう事なのだろう? この目の前の人物は、老いて尚強い存在感を醸し出して

いるにも拘わらず、その向けてくる眼差しはとても好意的だ。それは他ならぬ、レナという

かつての戦友ともに瓜二つだという少女の存在が故なのだろうが、ジーク達は只々圧倒され戸惑

う他ない。

 ひそひそと、ステラとマルタもそう小声で互いの顔を見遣っていた。想像していた人物像

と随分違ってしまったのは、やはり子孫セイオンのそれが影響しているのだろうか。

「えっと……。その、アイリスって何だ? レナ──クリシェンヌじゃねぇのか?」

「アイリス・ラ=フォン・クリシェンヌ──彼女のフルネームだよ。死後、教団が作られた

際に姓の方が有名になってしまったけどね」

 一方でジークがふと頭に浮かべた疑問符に、ハロルドが補足してくれた。へえ……。無知

というか、今まで縁のなかった話題だから知らなかったが、やはり十二聖というのは後世の

自分達にも多大な影響を残しているらしい。

「あ、あの。初めまして、ですよね? レナ・エルリッシュと申します。こ、この度は私な

どを招待いただき、恐悦至極で──」

「ふふっ。そう緊張しなくていい。別に取って喰いなどせんよ。ただ……友の魂を継いだ子

に直接一目会ってみたかった。それだけじゃ」

 レナが、主賓として代表として、慣れぬ所作で挨拶を試みようとする。

 だがヨーハンは、これを微笑ましく見つめながら言った。曰く一行を招いた理由はそれを

除いて他意などないという。

「ああ……。まさかもう一度会えるとはな。魂だけでなく、姿顔立ちまで若い頃のアイリス

そっくりとは。ふふ、これは良い冥土の土産ができた。向こうにいる皆もきっと喜んでくれ

るじゃろうて」

「……大爺様、滅多な事を言わないでください。貴方様なしにどうしてこのディノグラード

家がありましょうか」

「ははは、冗談じゃよ。何も本当にポックリ逝きはせんわい。相変わらず真面目な奴じゃの

う、お前さんは」

 それほど嬉しい対面だという事なのだろう。つい口から出たフレーズに、それまでジーク

達の傍らで控えていたセイオンがヨーハンを窘めた。哄笑。だが当のヨーハンはこの玄孫を

逆にからかうように笑い、白灰の顎鬚を触った。……そしてフッと次の瞬間、それまでの穏

やかな好々爺といった面持ちがにわかに神妙になり、両手をそっと前に組んで言う。

「さて……残りの喜びは後に取っておくとしよう。改めて白咆の街(グラーダ=マハル)へようこそ。代表領主と

して我々は君達を歓迎する。よく来てくれた、クリシェンヌの魂を継ぐ者よ。そして冒険者

クラン・ブルートバードとジーク・レノヴィン君──シキの血、その妹の末裔よ。これまで

の活躍はかねがね耳にしている。本来ならば一国の皇子として、もっときちんとした礼を尽

くすべきだとは思うのだが……」

「あ~いや、別に気にしないでくれ。俺もそういうの、あまり慣れてなくってさ。爺さんも

多分、さっきの方が地だろ?」

 お前──?! なのに割とざっくばらんに遮り、気遣い無用と応えたジークに、セイオン

は頬を引き攣らせて動こうとした。はは、よいよい……。だが当のヨーハンはそんな臆せぬ

姿勢が気に入ったのか、特に咎める訳でもなくまた人好きのする笑いを浮かべていた。

「大物だな……お前。まぁ実際皇族そうなんだけども……」

「? 本人がそれでいいって言ってくれてるんだからいいんじゃねぇの?」

「あ、ははは……」

「うーん。レナも苦笑わらってる場合? あーもう、緊張して損した……」

 そしてダンら仲間達も、ここに来てようやく英雄に相見えるという緊張が解れてきたよう

だった。苦笑したり、ガス抜きされて地が出てきたり。ヨーハンはそんな一同を静かに目を

細めて見守っていた。キュ、キュッと椅子を揺らし、再び語りだす。

「しかしすまなかったの。セイオンから報告は受けとる。どうやらあちらでは大変な事にな

っておったようで。余計な迷惑を掛けてしまった」

「あ、いえ……」

「その点はご心配なく。ヨーハン様がセイオン殿を派遣してくれたことで、僕達の仲間を誰

も失わずに済んだんです」

 十中八九、それは先の三つ巴騒動に関してだろう。期せずして正義の剣カリバーと共に史の騎士団

と相対した一人なのだから。

 だがジーク達はすぐに頭を振った。サフレの言う通り、もし梟響の街アウルベルツにセイオンがやって

来なければ、先ずハロルドは実の弟を殺してしまっていただろう。そうなれば史の騎士団か

らの攻勢もあの程度では済まなかった筈である。今回の招待を伝えるという目的があったに

せよ、二人を諭し、守ってくれた。こちらこそ感謝してもし切れない。

「……そうかの? なら良かった。ただ儂は、地底武闘会マスコリーダの中継に彼女が映っているのを見

て、どうしても確かめられずにはいられなかったんじゃ。そこでセイオンに頼み、可能であ

れば連れて来て欲しいと」

「……そうだったんですね」

 という事は、本当に偶然が重なったという訳か。

 千年以上の時を生き、今やかつての戦友とももいなくなってしまったヨーハン。その彼が擬似

的とはいえ再会できるかもしれないと思った時、どれだけ心躍ったか──レナは胸元に手を

当てちょっぴり、いやかなりジーンと貰い泣きされかけている。

「だが、あまり儂の個人的な都合で長く留めておく訳にもいかんのう。またすぐに特務軍へ

参加するのじゃろう? 二年間の修行も、先の大会で終止符を打ったと聞いておるが」

「ええ。これから厳しい戦いになると思います。俺達も、できる事は何でもやって“結社”

の暴走を止めてみせるつもりです」

「ただその前に、今度は聖都クロスティアへ出向く事になりそうですが。あんなことがありましたし、教

団との関係修復も急務ですので……」

 やや余所行きの風にダンが、先の不安を思いリュカがそれぞれ言葉を返した。

 ヨーハンが「そうじゃの……」と小さく眉を伏せる。あまり一から十までを話す義務もな

いのだが、おそらくセイオン経由で大方の状況は把握されている筈だ。

「アイリ──いや、レナ。念の為に訊きたいんじゃが、お主はアイリスだった頃の記憶は持

っているのかの?」

「えっ? いえ……すみませんが全く。つい最近まで私が聖女様だなんて気付きもしません

でしたから。まさか私の色装が、そんなに大事になるなんて……」

 言って、じっと掌の目を落とす。

 レナは言葉通り戸惑い、しかしヨーハンという魂の上での旧友と会ったからか何処か冷静

になり始めていた。

 掌からくゆるオーラの揺らぎ。

 もし一旦彼女が念じれば、それらは瞬く間に差し伸べた相手のオーラと同化するだろう。

 操作型、万能のマナ輸血能力。これほど治癒系の魔導と相性の良い色装は他にない。

「戸惑うのも無理はない。だが君が、アイリスの魂が再び今この時代に戻って来たというの

は、儂にはただの偶然には思えなくてな……」

『……』

 憂いを帯びた横顔。ヨーハンの呟きにレナを含め、ジーク達は黙り込んでしまった。

 そうなのだ。何処かで考えてはいたこと。

 自分達はこの新しい変化を、いや秘められていた力を、如何使えばいいのだろう……。

「アイリスの魂が今の時代を憂い、戻って来たというのはあまり考えたくはないのだがの。

彼女を死後も縛り、呼び戻してしまうほど、世界は相も変わらず争いを繰り返しておると自

ら認めるようなものじゃて」

「……それって、やっぱ“結社”のこと、だよな?」

「ああ」

「なら一つ訊かせてくれ。何で結社やつらは聖浄器を狙う? あいつらにとって聖浄器って何なん

だ? 俺達は特務軍として、その回収を頼まれてる」

 いいよな、訊いても……? ジークが目配せで求めてきた許可に、ダンやリュカが小さく

頷いて応じた。

 十二聖──聖浄器を実際に使い、解放戦争を生き抜いた本人だ。“結社”がそこまでして

狙う理由とやらに、何かしら心当たりがあるかもしれない。

 ジーク達は代わる代わる、これまでの戦いと旅、出会いの中で知った多くをヨーハン達に

話して聞かせた。クロムが明かした“結社”の目的──“大盟約コード”の消滅、それを数多の犠

牲を出してまで遂行することに一体何の意味があるのか。

「……。その一端はもう、君には分かっているのではないかな? その護皇六華もまごう事

なき聖浄器の一つじゃ。本来の使い方を……しているのじゃろう?」

 しかし肝心のヨーハンはたっぷりと押し黙り、逆にジークに向けてそう投げ返してきた。

 気のせいだろうか。“大盟約コード”の話で一瞬強く目を細めたように見えた。名指しされ、仲

間達が「えっ?」と突っ立つジークの姿を見る。

「……かもしれねえ。でもはっきりとはしねぇよ。あんまし学もねぇからな」

 ジークは肯定はしたが、確かな事はまだ何も言えなかった。ぼんやりとしか、自身の経験

でしか測りかねない。

 それはおそらく、六華との「対話」の事だと、思うのだが……。

「あの……。ヨーハン様」

「うん? ああ、お前さんは確かクラウスの娘じゃったの。随分と前に隠居してしもうたっ

きりじゃが……。どうした?」

「はい。僭越ながら。先程お話したように、私達は特務軍の一員として各地の聖浄器を回収

する任に就くことになっています。そしてその対象は、ヨーハン様たち十二聖が使っていた

ものも含まれておりまして……」

 ジークがそれ以上特に応答を広げるでもなく、ただ難しい表情かおで立ち尽くしているのを見

かねたのだろう。やがてリュカが意を決して、ヨーハンにそう切り出していた。

 十二聖ゆかりの聖浄器。その回収は本来正式に特務軍に編入されてからの仕事だが、折角

こうしてその本人が一人の前に立っているのだから、先に所在を確認しておいても文句は言

われまい。

「ああ、そういう事か。確かに我が一族が保管しておる。『絶晶剣カレドボルフ』と『絶晶

楯カレドマルフ』の二つじゃ」

「っ! じゃあ……」

「じゃがお主らに渡す事はできん。今はまだ、の」

「? どういう事です?」

「……大爺様の聖浄器は、普段はこの竜王峰上層にある宝物殿にて封印されている。道中お

前達も見てきたように、この山は冬山だ。季節もそろそろ本降りに入る。今山に入れば宝物

殿に辿り着く所か、遭難して絶命するのがオチだろうな」

 若干嘆息を含んでいるようにも見えた。ヨーハンが言う。だがその含んだ言い方にダンら

が小首を傾げると、そうセイオンが彼の言葉を継いで淡々と応答した。

「えぇ!? じゃあ来たついでにっていうのは無理ってことですか?」

「うむ。そうなるのう」

「そうですか……なら仕方ないですね」

「豪雪地帯の中に封印か……。なるほど、つまり天然の盗難対策でもある訳か」

「ああ。そういう事だ」

 残念だが、今ここでごり押しても無駄だろう。ジーク達は先んじての聖浄器回収は早々に

諦める事にした。ヨーハンはまた、気持ち俯き加減になって陰を作っている。

「……それに、あれはもう使われるべきではないからの」

「? 一体それはどういう……?」

 意味深な呟き。だがジークが訊ねるも、彼はその問いに答える事はなかった。

「……それでも、今この時代にアイリスが、友が現れたことに意味があるのなら……」

 代わりに重い腰を持ち上げるように、暫し思案してからセイオンを呼び、懐からとある物

を大事そうに取り出すと渡してくる。

「これは……?」

「鍵、じゃよ。名付けるなら“志士の鍵”とでも言うべきかのう。戦争が終わった後、皆の

聖浄器を封印する際に使った代物じゃ。儂ら十二聖の『血』とこの鍵を併せて用いることで

施された封を解く事ができる」

 そんな大事なものを……!? ジーク達は驚き、思わず掌から零しそうになった。

 代表してレナが受け取る。はたしてそれは一見すると小さな琥珀色の珠だった。だがよく

よく目を凝らせば、その内部には無数の導力の回路が走り、常人には計り知れないほどの緻

密な力が秘められているのだと知る。

「よく聞いてくれ。君達はもっと、世界を知る必要がある。もし儂らの、各地の聖浄器を集

めようというのなら、先ずはサムトリアの翠風の町セレナスという町を訪ねるといい。あそこは我が

親友とも、リュノーが賜った領地じゃ。その書庫を見せて貰え。あやつがその生涯をかけて集め

た様々な書物がある。きっとお主らの役に立つじゃろうて」

「賢者、リュノー……」

「十二聖の頭脳と言われた名軍師ですね」

 故に、ジーク達は互いの顔を見遣ってパァッと表情を明らめた。彼の聖浄器はお預けにな

ってしまったが、有力な情報とその為の“鍵”を得られたのだから。

 ありがとうございます。一同は深く頭を下げて礼を述べた。何、構わんよ。ヨーハンは変

わらずロッキングチェアの上で穏やかに微笑わらっている。

「老いぼれの、せめてもの助力──お節介じゃ。この時代の混沌を払う一助になるのなら皆

も文句は言わんじゃろう。ともあれ、遠路遥々ご苦労じゃった。せめて今夜くらいは泊まっ

ていってくれ。地上に比べれば地味かもしれんが、ご馳走するぞい」

「本当ですか? やったー!」

「よ、ヨーハン様からのお呼ばれ……。流石に緊張するわね……」

「まぁいいんじゃねえの? ホームに連絡だけ入れといて、一旦長旅の疲れを癒させて貰お

うぜ?」

 ワイワイ。緩急忙しない会談がはたとして終わりを迎え、一行はにわかに安堵の息を漏ら

し始めた。各々に胸を撫で下ろし、笑い、或いは改めて緊張しかけている。

「…………。なあ、爺さん」

 だがそんな時だったのである。気分が緩む仲間達の中で、ただ一人ジークだけは尚も神妙

な面持ちのまま、この生ける伝説・ヨーハンを真っ直ぐに見据えて口を開いたのだった。

「アルス──うちの弟から一つ、あんたに伝言を預かってる」

 そしてそれはあまりにも衝撃的で、当のヨーハンやセイオン、仲間達が思わずぐらりと目

を見開くほどの内容だったのである。

「十二聖はもう、本当に“あんたしかいない”のか?」

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