71-(5) 教皇の一手
「──な、何という事だ……!」
一方、聖都を臨むクリシェンヌ教団本部。
史の騎士団団長リザ・マクスウェルは、教皇エイテル臨席の下、教団上層部に事の顛末を
報告していた。中央の玉座に佇むエイテルはじっと落ち着き払って一連の話を聞いている。
だがその周囲に取り巻く枢機卿達は、その少なからずが大いに焦り、驚き、そして怒りすら
も露わにしてリザへと向けてくる。
「聖女様の確保に失敗した挙句、正義の剣と交戦……!?」
「拙いぞ……拙いではないか。またしても統務院にカードを与えてしまう」
「いや、それよりも“青龍公”だ。何故こんな時に? 統務院はともかく、ディノグラード
公までを敵に回してしまえば失ってばかりだぞ?」
「ええい! マクスウェル、お前の失態だぞ! 我々はお主らの力量を買ってこの特命を授
けたというのに……!」
だが当のリザは、片膝をついて低頭したまま、じっと黙っていた。
分かっていた事だ。梟響の街での任務に邪魔者が入って完遂できなかった時点で、彼らが
怒り狂うことは目に見えていた。
……やはり教皇様にはまるで及びませんね。リザは内心思う。
枢機卿達は焦っているのだ。この二年というもの、統務院は“結社”との対決姿勢を鮮明
にし、彼らに関する情報を一手に握るようになった。
聖浄器も然り。その少なからずが王器として各国に祀られている以上、その保全に足並み
が揃わない状況こそ続いているが、自分たち教団が“結社”と距離を付けられてしまってい
るのは否めない。勿論、彼らに同調するなどという事ではなく、彼らが想定・既知であろう
世界の「災い」についてという意味で。
尤も、そこへ危機感の軸足を置いている枢機卿達はその実どれだけいるか。多くはただ単
純に教団と統務院、信仰と政治、両者が人々に及ぼす影響力の相対的低下を恐れている。要
するに己が威光が揺るがされるのを恐れている。
「……その点に関しては、誠に申し訳なく。ですが聖女様より、直々に近く教皇様以下皆様
への謁見が提案されました。僭越ながら既にこちらで承諾し、先約のディノグラード公との
面会が終わればこちらへ足を運ぶとの言質を取ってきました」
「ぬぅ。それは、そうなのだがな」
「ブルートバードとて、もう我々を警戒してしまっているのだぞ? こちらへ来るとしても
聖女様を如何にして我々の下にお迎えする?」
密偵達による事前の調査と、現地での接触を経て、レナ・エルリッシュが“聖女”と同じ
魂を持つ生まれ変わりであることは確定した。加えてその養父ハロルドが実弟でもある尖兵
リカルドを手に掛けようとし、しかし和解して当のリカルドがブルートバード側に感化され
てしまったことも。
リザは答えた。枢機卿達はレナ本人の表明である事もあって辛うじて渋面だけで収まって
いるが、やはり警戒心──彼女を存分に利用できない現状には不満であるようだった。
「聖女様直々のお約束が信頼できませんか? 現在部下達をあちらに残し、クラン・ブルー
トバードを監視させております。もし向こうに不審な動きがあれば、聖女様の安全を守ると
名目を打ち、こちらへお連れしましょう」
正直、枢機卿達の権力がどうなる云々はあまり興味はない。自分は騎士で、教団とその教
えに忠誠を誓った身だ。ただ帰依し、祈り、そして祈るだけでは届かないものを人々に代わ
って掴み取る存在だ。
「しかしその不審な動きとやら、本当にあると思うか?」
「そ、それよりも先に統務院や、ディノグラード家から圧力が掛かって来たら──」
「……何を仰りますやら。賢明な皆様におかれましては、今回の既成事実化が孕むリスクなど
充分ご理解なされていたでしょう。その上で先の任、お受けした心算です。よもや万が一
となった際の責任の在り方を、考えなかった訳はないものかと」
ぬぅっ……。あくまで膝をついたまま低頭。丁寧に応じたリザの言葉に、枢機卿達は思わ
ず苦虫を噛み潰したような表情をするしかなかった。
そう言われてしまえば、詰れない。
見透かされた上での発言、皮肉だとは流石に彼らも理解したが、これへの反論も徒に積み
重なった分厚いそのプライドの所為でままならない。暫く両者は、静かな低頭と必死の睥睨
をぶつけて押し黙っていた。リザはただ待つ。我が主の言葉を。
「その辺りにしておきなさい。起こってしまった以上、もう状況を元に戻す事などできない
のですから。正義の剣もセイオン公も、我々の予想外でした」
はたして、エイテルがようやく口を開く。尤も正義の剣に関してはこちらの動きを知った
上で、敢えてぶつかるように自ら乗り込んできたらしかったが。
「次へ向かって動こうではありませんか。もし今彼らの不遜を詰り、一挙に衝突に繋げてし
まえば、これまで神官騎士リカルドを通じて維持してきたブルートバードとのパイプを失う
事になります。そうなれば肝心の来たる災いについて、私達は一層真実から遠退いてしまう
でしょう。それだけは、避けなければなりません」
本末転倒である──エイテルは静かに、力強くそう言った。
リザは勿論、周囲の枢機卿達も仰々しく畏まる。ただそれは単に教皇の言葉だというだけ
でなく、各々の野心をそこはかとなく咎められたように感じられたからだったのだろう。
清廉であった。それこそ、俗人には眩し過ぎるくらいに。
「神官騎士リカルドとハロルド元司祭が兄弟であることも、それが故に彼の側へと靡く可能
性があったことも元より承知の上での人選です。橋渡し役として機能しなくなるかもしれず
とも、その血縁がブルートバードとのパイプを作り易くする可能性を、私達は選びました」
気持ち静かに深呼吸をして、スッとリザ達を見据えて。
エイテルは語って整理する。なるべく論理的に、合目的的に。
「元使徒クロム曰く、かの“結社”の最終目的は“大盟約”の破壊です。そして何故か、彼
らはその目的の為に各地で暗躍し、聖浄器を集めてきた……」
「はい……」
「それが、未だ腑に落ちぬ所でありますな」
「おそらく我々が知るべき真実とは、その辺りに在ると思われます。もう少しなのです。力
を蓄えることも重要ですが、それを振るう為の知がなければただの暴力でしかない」
『……』
再び耳の痛いお言葉──さもそう言いたげに顔を顰め、気持ち俯き、枢機卿達は一様に押
し黙った。ちらりと互いの顔を見、されど水面下で誰かが一番非があるのか、既に責任の被
せ合いが始まっているようでもある。
「とはいえ、聖女様の御身が心配なのは私とて同じです。折角マクスウェル団長が約束を取
り付けて来てくれたことですし、より確実に守っていただけるよう“環境を整える”必要が
あるでしょうね……」




