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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-69.羽捥げし、蒼染の鳥(ブルートバード)
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69-(1) 後の祭り

「ハロルドと……リカルドさんが?」

 地底武闘会マスコリーダ決勝の翌日。

 ジーク達はラグナオーツ市内に入院しているイセルナとミアを見舞っていた。そして皆を

代表し、事の報告を預かっていたダンが一同に、現在遠くホームで起きているトラブルにつ

いて話す。

 白く清潔なベッドの上で、イセルナは静かに驚いていた。隣で同じく座っているミアも寡

黙なままながら、その瞳はぐらぐらと確かな動揺を宿している。

「ああ。マジモンの決闘だったみたいぜ。特にリカルドはまだボロボロにされたまま目を覚

ましていないらしい」

 それに──場のジーク達とて、そうした驚きは同じだった。

 彼とイヨが何やら深刻そうな表情かおをして話を切り出したかと思うと「二度手間になるし、

向こうで話す」と出発前にお預けを食らっていた分、身構えていた以上に予想斜め上の方向

から告げられたその話に、正直それぞれがまだガツンと頭を殴られたかのような心地になっ

ている。

 団長不在の中、夜の梟響の街アウルベルツ郊外で起こったエルリッシュ兄弟の私闘。

 理由は片方が目を覚まさず、もう片方が今も硬く口を噤んでいる所為で不明だが、少なく

とも勝敗は兄・ハロルドの勝利──それもあと少しで彼を、実の弟を殺している所だったと

も聞く。

 そんな馬鹿な。

 あのクランの知恵袋リカルドさんが……?

 嘘だと言ってくれ。イセルナは勿論、ジーク達も最初は心の中で言葉の詰まる喉の奥でそ

う願ったが、目の前のダンの様子はとてもではないが冗談だとは思えない。

「……何でだよ。何でそんな大事なこと、今の今まで教えてくれなかったんだよ?」

「すまん。途中で話していたら、お前達の試合に──修行の締め括りに支障が出ると思った

んだ。最初伝えてくれたミフネ女史に頼んで、口止めして貰ってた。……俺の独断だ」

 苛立ちに変わり、ジークが言った。

 だがそれはとうに想定の範囲内だったのだろう。普段は豪胆なダンが、すぐに小さく仲間

達に頭を下げて詫びた。イヨも「……すみませんでした」とこれに倣う。ジーク達もそんな

出方をされれば二の句を継げられない。

「それは仕方ないわ。ちょうど私が搬送こんなことになった後だもの。状況からも指揮権は貴方に渡っ

ていた筈だし……。それに向こうでも詳しい事が分かっていない以上、まだ下手に情報を漏

らしてしまう訳にはいかないわ」

「……ああ」

 手負いながら、団長イセルナは冷静だった。ダンの判断を追認し、それでいて的確に当面の

方針をそれとなく皆に示す。

 顰めっ面を崩せず、ダンはただ言葉少なげに頷くしなかった。そうした場の一同を、リオ

は気持ち遠巻きの位置から眺めている。

「それにしても参ったね。あのハロルドがそんな無茶をするなんてよっぽどの事だよ」

「そうだな。地底武闘会マスコリーダも終わっていよいよという時に……」

 シフォンとリンファ。同じくクラン創設以来の幹部達も揃って困惑と嘆きを零す。他の皆

も、さてどうしたものかと互いに顔を見合わせている。

 驚きから疑問へ。不安、恐怖、或いはこの先の算段。

 ジークとアルス、兄弟もその漠然とした気持ちに漏れなかった。一度は苛立ちという形で

ダンに問うたジークだったが、今は自ら落ち着くように努め、ちらとこの頭の切れる弟に目

を遣って次の言葉を求めている。

「……一体、何故そんな強硬策に出たんでしょう? お二人が少なからず因縁のある兄弟ら

しいというのを含めても、何故今なのか」

「さてな。さっきも言ったが、辛うじて動けるハロルドの方がだんまりだからなぁ……。そ

れでも手掛かりがあるとすれば、二人をしょっ引いてきた“青龍公”だが──」

 ダンがはぁとため息をつきながら、ガシガシと首筋を掻く。

 曰く、ホームの留守番組からの報告によれば、当夜決闘でボロボロになった二人を連れて

帰って来たのは、七星が一人“青龍公”ディノグラード・F・セイオンだったのだそうだ。

そして彼は現在もそのままホームに滞在し、自分達の帰りを待っている……。

「何でまた七星が。それも、基本天上層うえで活動してる筈のあいつが……?」

「そっちについても本人がだんまりだ。ただ皆が伝えてきた話だと、どうもレナに用がある

みたいでな。それで養父オヤジである所のハロルドに話を通しに来たらしい」

「わ、私に……?」

 ピクン。そう名指しされて、当のレナが若干緊張した様子で息を呑んだ。

 さらりとした淡い金髪。白鳥系鳥翼族ウィング・レイスの白い翼。

 ローブの胸元に手を当て、ダンと、ジークら仲間達から一斉に注がれる視線に思わず動揺

隠せずにいる。

「レナに? 何でまた」

「だよねぇ。てっきり特務軍繋がりかと……。でもそれならジークやイセルナさんの名前を

出してくる筈だし。う~ん……」

 怪訝と、彼女を慮るが故の警戒に細めた両目。

 ジークの再びの呟きに、ステラら女性陣も大いに頭に疑問符を浮かべて唸っていた。情報

ではありながら、結局現状、謎が一つ余計に増えただけのような気がする。

「ああ。だがそれより妙なのは“青龍公”が振ってきた質問だよ。──彼女の色装は《慈》

ではないか? そう皆に訊いてきたそうだ」

「えっ」

「……? 何でそれを団員でもねぇあいつが知ってんだ?」

「レナさん。以前誰かに話しましたか?」

「ううん。お父さんからもみだりに話すなって言われてたし……そんな事は」

 更に不可解なのは、そんなホームの留守番組からの証言。

 故にジークが、アルスが、代わる代わるでレナ本人に訊ねた。彼女はふるふると不安そう

に首を横に振っている。……無理もない事だ。彼女だけに限らず、色装の銘とはその者が持

つ能力の正体である。知識なり文献を事前に照らし合わされてしまえば、戦いにおいて存在

したであろうアドバンテージをみすみす手放すことになる。

「……ディノグラードが、か」

「私も修行中、レナが口外していないのは確認している。大会が始まるまで互いの色装を知

っていたのは私達だけの筈だ」

 それまで言葉の少なかったリオも、またクロムもそう証言し、眉を顰めた。

「うーん。レナさんの色装が何だっていうんだろ……?」

「《慈》……。うん……?」

 ぶつぶつ。アルスやリュカも、それぞれに呟き、何やら必死にその記憶の引き出しの中を

探し回っている。

「……ともかくだ。大会も終わった事だし、少なくとも早くホームに戻った方がいいのは確

かだろうな」

「イセルナとミアはどうする? まだ出歩ける状態ではないが」

「しゃーねぇだろう。俺達だけでも一足先に戻る。誰か、何人か付いててやってくれると有

り難いんだが──」

「ならば俺が残ろう。お前達は急いで戻れ」

「ん。分かった。あんたが居てくれりゃあ百人力だしな」

 されどこのままウジウジしてばかりもいられない。ダンが再び音頭を取り、皆に足早の帰

還を打診した。そうなると未だ入院中のイセルナとミアを残すことになるが……それはリオ

が立候補してくれた事ですぐに解決した。

「……ごめんなさいね。二人の、クランのピンチだって時に」

「気にすんな。今はしっかり怪我を治すのが仕事だろ。……それにお前はミアを庇ってくれ

たんだ。責める理由なんてあるかよ」

「──」「……そうね。ごめんなさい」

 ミアがごくごく僅かに、シーツの下の手を握り締めた。あくまで事なげも無く言ってみせ

るダンに、イセルナはフッと静かな笑みを浮かべる。

「よし。そうと決まったら早速宿に戻って荷造りするぞ」

『応ッ!』

「ダン、リン、シフォン」

 はたっと。気合を入れ直し、一斉に病室を後にしていく直後。残されるイセルナはベッド

の上からダン達の背中に声を投げた。

 ぴたり。彼らが肩越しにこちらを見て立ち止まっている。哀しげな、あくまで気丈に微笑

を解かない彼女は少し間を置き、言う。

「その。二人の事だけど」

「ああ」

 ダンが応える。言わずとも知れていた。何せ長い付き合いだ。

「俺に、任せてくれるか?」

「ええ。でも……」

「分かってる。結成前からの付き合いなんだ」

 リンファ、シフォン、更に先を行こうとするジーク達も頷き、見遣っている。

 再び歩を進めながらダンは言った。娘も見送り、何か言いそうで言葉はない。猫系獣人の

大きな背中が語っていた。

「ただ外に弾き出して丸く片付くなんてモンなんて無いんだ。そうだろ?」

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